第9話:野村千佳というノイズ
八月のうだるような熱波が和らぎ、九月に入ると、夕暮れの風にわずかな秋の気配が混ざり始めていた。
だが、季節の移ろいなど無関係であるかのように、真壁莉乃の身の回りは派手な虚飾の熱気に浮かされ続けていた。
フォロワー十万人を達成して以降、莉乃の生活は一変していた。
企業から毎日のように届く無償のコスメやブランド服のギフト、数万円から十数万円単位で振り込まれるPR案件の報酬。
そして何より、彼女が渇望してやまなかった「周囲からの羨望の眼差し」。
前期の単位を軒並み落とし、教授陣から冷ややかに見放されている帝都女子大学のキャンパスにあっても、莉乃は取り巻きの女子学生を引き連れ、まるで女王のように闊歩していた。
その取り巻きの筆頭に躍り出たのが――野村千佳だった。
千佳は莉乃と同じ学部の同級生であり、自身も三万人ほどのフォロワーを抱える美容系インフルエンサーだった。
華やかな巻き髪に、計算し尽くされたドール風メイク。常に最新のトレンドを押さえたハイブランドの小物を身につけ、人懐っこい笑顔と舌足らずな甘い声で周囲の懐にするりと入り込む。
だが、その愛らしい瞳の奥には、莉乃と同等――いや、それ以上に冷徹で狡猾な承認欲求の炎が渦巻いていた。
千佳にとって、莉乃は「昨日まで地味で浮いていたくせに、突然バズって自分を遥かに追い抜いていった目障りな存在」に他ならなかった。
表向きは「莉乃ちゃんすごーい!」「本当に尊敬しちゃう!」とおだて上げ、親友面をして擦り寄りながら、その実、莉乃のフォロワーを自分のアカウントへ流入させる機会と――莉乃が失脚する決定的なスキャンダルの尻尾を、虎視眈々と狙っていたのだ。
そして、その日は突然やってきた。
平日の午後二時過ぎ。
昼の『Noir』での家具修繕の業務を終え、実家へ戻っていた私は、エプロンを締めてキッチンのパントリーの整理をしていた。
乾物の在庫を記録し、調味料の残量をチェックする。すべては、毎朝の完璧な撮影と、無駄のない家計管理のために欠かせない私の日常だった。
ガタガタッ、と玄関のドアが乱暴に開く音が響いた。
「莉乃ちゃん、お邪魔しまーす! わあ、ここが莉乃ちゃんの実家なんだぁ!」
高く通る、甲高い甘ったるい声。
続いて聞こえてきたのは、莉乃のどこか引き攣った、取り繕うような笑い声だった。
「う、うん……! ちょっと古い家なんだけどね! 上がって上がって!」
居間の引き戸が勢いよく開け放たれた。
飛び込んできたのは、淡いミントグリーンのミニワンピースを着た野村千佳だった。
手には最新型のスマートフォンが握られ、小型のジンバル(手ブレ補正機)にセットされたカメラが、すでに起動して赤い録画ランプを点滅させている。
「千佳ちゃん、本当に急に来るんだもん、びっくりしちゃったよ〜」
莉乃が背後から靴を脱ぎ散らかして入ってくる。その顔は笑っていたが、瞳の奥には隠しきれない焦燥の色が張り付いていた。
それもそのはずだった。
真壁家の実家は、築三十年を超える木造住宅。
莉乃がSNSに投稿している『丁寧で洗練された洋風のおうち時間』の写真は、すべて私がキッチンの限られた一角にリネンクロスを敷き、自然光の角度をミリ単位で計算し、背景の古びた壁や柱を徹底的に画角から排除して撮影したものだった。
生活感の塊であるリビング全体を見られれば、それだけで「丁寧な暮らし」のハリボテが露呈しかねない。
千佳は部屋の中をキョロキョロと見回しながら、わざとらしい感嘆の声を上げた。
「だってぇ、今日の講義が休講になっちゃったんだもん! 莉乃ちゃんがいつも『おうちでゆっくり過ごすのが好き』って言ってたから、フォロワーのみんなに莉乃ちゃんのリアルな暮らしを見せてあげたいなーって思って! サプライズ突撃リール動画、絶対バズるよ!」
千佳はスマホのカメラをリビングからキッチンへと向け、ツカツカと足音を立てて歩み寄ってきた。
そして、パントリーの前に立つ私に視線を止めた。
「あれ? ……こんにちは。莉乃ちゃん、こちらの方は?」
千佳の瞳が、細く鋭く光る。
地味な黒髪を後ろで束ね、糊の効いたリネンエプロンを着けた私。
飾り気のないその姿を、千佳は一瞬でスキャンするように値踏みした。
莉乃が慌てて割って入る。その声には、露骨な軽蔑と苛立ちが混ざっていた。
「あ、それ……うちのお姉ちゃん。高卒で家にいて、家事の手伝いをしてるの。気にしないで!」
「へえ……お姉さんなんだ。初めまして、莉乃ちゃんと同じ大学の野村千佳ですぅ♡」
千佳は口元だけで笑い、ペコリと形式だけの会釈をした。
私は深く頭を下げ、完璧な無害さを装った控えめな声で応じた。
「いらっしゃいませ、千佳さん。妹がいつもお世話になっております。散らかっておりますが、どうぞごゆっくりなさってください」
「はーい、ありがとうございまーす!」
千佳は私からあっさりと興味を失ったふりをして、再び莉乃へとカメラを向けた。
ここからが、千佳の真の狙いだった。
千佳はリビングのソファに腰掛けることもせず、莉乃の手首を掴んでキッチンのアイランドカウンターの前へと引っ張っていった。
「ねえねえ、莉乃ちゃん! せっかくお邪魔したんだからさ、あの動画撮ろうよ!」
「え……? ど、どの動画?」
莉乃の頬が引き攣る。
千佳は満面の笑みを浮かべ、カメラのレンズを莉乃の至近距離へと突きつけた。
「決まってるじゃん! 先月、莉乃ちゃんのアカウントで大バズりした、あの『奇跡のドレスオムライス』だよ! フォロワーのみんな、莉乃ちゃんがどうやってあの綺麗なドレープを作ってるのか、すっごく知りたがってるんだよね! ここで莉乃ちゃんが実際に作ってるところを、私のストーリーズで生中継しよ? コラボ配信!」
――ドレスオムライス。
半月前、『Rino_Life』で三万以上のいいねを獲得した、あの伝説の投稿。
薄焼き卵を菜箸で中央に寄せ、フライパンを滑らかに旋回させながら、まるでドレスのレースのように幾重もの襞を作り出してチキンライスの上に被せる、極めて高度な調理技術を要する一皿。
当然、それを作ったのは莉乃ではない。
私が前夜からチキンライスの具材をミリ単位で揃え、新鮮な有精卵のコシを丁寧に切り、油の温度を赤外線温度計で測りながら、一瞬の狂いもなく焼き上げたものだった。
「えっ……!? い、今ここで……!?」
莉乃の顔から、サーッと血の気が引いていくのが見て取れた。
唇が小刻みに震え、瞳孔が激しく揺れる。
「そうだよ! 冷蔵庫に卵くらいあるでしょ? 莉乃ちゃんの手作りランチ、私すっごく食べたいな〜! ね、いつもやってるみたいに、パパッと作ってみせてよ!」
千佳は無邪気さを完璧に装いながら、莉乃の逃げ道を一切塞ぐように、スマートフォンの画面をライブ配信の待機画面へと切り替えた。
レンズの向こう側には、千佳のフォロワー数万人が待ち構えている。
「あ、あのね……今日はちょっと、お買い物の前だから、食材が……」
莉乃は掠れた声で言い訳を探そうと、冷蔵庫の取っ手に手をかけた。
だが、その手はガタガタと震えていた。
冷蔵庫を開けたところで、どこに何が入っているのかすら、莉乃は知らない。
卵のパックがどの棚にあるのか、チキンライスに使うケチャップやバターがどこにあるのか、調味料の配置すら把握していないのだ。
「卵なら、ほら、ドアポケットにいっぱいあるじゃん! フライパンはどれ使うの? これ?」
千佳が容赦なく、コンロの横に置かれていた鉄のフライパンを指差す。
莉乃は息を呑み、立ち尽くした。
額から、冷たい汗が一筋、ファンデーションを崩しながら流れ落ちる。
(どうしよう……どうしよう! 作れるわけないじゃん、あんなの! 火の付け方だって、この古いコンロのひねり方よく分かんないのに……!)
莉乃の喉から、声にならない悲鳴が漏れそうになっていた。
逃げ出したい。けれど、ここで「作れない」と言ってしまえば、十万人のフォロワーの前で、自分がゴーストライターを使っている嘘つきであることが一瞬で暴かれてしまう。
虚栄心の怪物が、自ら築いた嘘の檻の中で、窒息しかけていた。
千佳の瞳の奥で、嘲笑の色が濃くなっていく。
千佳は最初から、これを見に来たのだ。
莉乃が普段、自分の手で料理などしていないという決定的な証拠を掴むために。
重苦しい沈黙が、キッチンを支配しかけた――その時だった。
「――まあ、千佳さん。オムライスをお召し上がりになりたいのですか?」
静謐で、穏やかな声が、凍りついた空気を柔らかく切り裂いた。
私が、清潔な白い布巾を手に、二人の間へと音もなく歩み寄ったのだ。
その表情には、妹の窮地を心配する慈愛に満ちた姉の微笑みだけが湛えられていた。
「莉乃ちゃん、いけないわ。千佳さんにオムライスを振る舞うのは大賛成だけれど……今日、皮膚科の先生から何て言われていたか、もう忘れてしまったの?」
私の言葉に、莉乃が弾かれたように顔を上げた。
「え……? ひ、皮膚科……?」
「そうよ」
私は莉乃の震える両手をそっと取り、千佳に見えるように優しく包み込んだ。
「莉乃ちゃん、最近の撮影続きで、手の甲にひどい洗剤荒れと湿疹が出てしまっていたでしょう? お医者様から『今週いっぱいは強い油煙や熱気に手を近づけてはいけない、包丁を握るのも控えるように』と厳しく止められていたはずよ。……千佳さんをおもてなししたい気持ちは分かるけれど、もし火傷でもして跡が残ったら、インフルエンサーとしてのお仕事に差し支えてしまうわ」
完璧な、誰にも否定できない「免罪符」。
莉乃の手が震えていた理由を、「恐怖」から「皮膚炎の痛み」へと鮮やかにすり替える。
莉乃は一瞬で私の意図を理解し、狂喜に近い勢いでその蜘蛛の糸に飛びついた。
「そ、そうなの! そうなの千佳ちゃん! 私、すっごく作りたいんだけど、手が痛くて包丁が握れなくて……! ごめんね、ドクターストップがかかってて!」
莉乃はわざとらしく痛がるように、自分の手を胸元に引っ込めた。
千佳の眉が、ピクリと不快そうに跳ね上がった。
獲物の急所に食らいつこうとした瞬間、思わぬ横槍が入ったのだ。
だが、千佳もタダでは引き下がらない。
「えぇ〜、そうなんだぁ……残念。莉乃ちゃんの神業、生で見たかったのになぁ」
千佳は唇を尖らせ、疑わしげな視線をキッチンのコンロへと向けた。
「千佳さん、もしよろしければ」
私は穏やかに微笑み、エプロンの紐をキュッと結び直した。
「火加減の調節や卵の下準備など、熱気に触れる危険な工程だけ、私が代わりにお手伝いしてもよろしいでしょうか? 味付けや最後の仕上げのドレープの寄せ方は、莉乃ちゃんに横から指示を出してもらいますので。そうすれば、莉乃ちゃんの手を痛めずに、美味しいオムライスをお出しできますから」
「え……お姉さんが?」
千佳が訝しげに私を見つめる。
「ええ。妹のマネージャー兼アシスタントですから」
私は莉乃を促し、キッチンのカウンターの内側へと立たせた。
「莉乃ちゃん、横でアドバイスをお願いね」
「う、うん……! お姉ちゃん、ちゃんと私の言う通りにやってよね!」
莉乃は安堵のあまり、強気な態度を取り戻して胸を張った。
そして――私は動き出した。
その瞬間から、キッチンの空気の密度が一変した。
冷蔵庫から取り出した四個の新鮮な卵。
私はボウルを手に取ると、片手で卵をリズミカルに割り落とした。コン、パカッ。無駄のない美しいフォーム。
菜箸を持ち、白身のコシを断ち切るように、ボウルの底を擦る独特のストロークで滑らかに混ぜ合わせる。泡を立てず、かつ均一に混ざり合った卵液は、まるで絹糸のような美しい山吹色に輝く。
そこへ、隠し味の生クリームと、極少量の水溶性片栗粉を正確な比率で滴下した。
千佳が構えるスマートフォンのレンズが、私の手元に引き寄せられるようにフォーカスを合わせる。
鉄のフライパンに火をつけ、手のひらをかざして予熱の温度を測る。
バターをひとかけら落とした瞬間、ジュワッという心地よい音と共に、甘く香ばしい乳脂肪の香りが立ち上った。
煙が出る直前の、完璧な温度帯。
「莉乃ちゃん、火を中火に落とすわね。卵液を一気に流し込みます」
「あ、うん! そう、一気に入れて!」
莉乃が適当に相槌を打つ。
ジャーッという小気味よい音とともに、黄色い卵液がフライパン一面に広がる。
私はフライパンを右手で前後に小刻みに揺すりながら、左手の菜箸を中央に差し込み、円を描くように滑らせた。
中心に向かって、美しい渦が巻き起こる。
火が通り過ぎる寸前、余熱を計算してフライパンをコンロからふわりと持ち上げ、手首のスナップだけで卵の生地を螺旋状に回転させた。
一瞬の芸術。
フライパンの上には、まるで舞踏会のドレスのドレープのように、幾重にも折り重なった完璧な卵のレースが咲き誇っていた。
それを、あらかじめ温めておいた皿の上のチキンライスへと、滑らせるようにふわりと乗せる。
――トン。
湯気を立てる皿の上には、以前『Rino_Life』に投稿された写真と、何一つ違わない――寸分の狂いもない『奇跡のドレスオムライス』が完成していた。
調理開始から、わずか三分。
油の一滴すら飛び散っていない、磨き抜かれたキッチンの上で。
「……すご」
千佳の口から、無意識の感嘆が漏れた。
スマートフォンの画面越しではなく、生の肉眼で捉えたその一連の動作。
無駄が一切削ぎ落とされた、プロの料理人すら凌駕するほどの、圧倒的な技術と身体感覚。
「はい、お待たせいたしました。莉乃ちゃんのレシピ通りの、ドレスオムライスです」
私は一礼し、スプーンを添えて皿を千佳の前へと差し出した。
「わあ……! すごい、本当に写真のままだぁ……!」
千佳はカメラを回しながら、スプーンを口に運んだ。
一口食べた瞬間、千佳の表情がピクリと強張った。
完璧な味だった。
外側はふわりと火が通り、内側はとろりと半熟のままライスを包み込む絶妙な食感。
チキンライスの酸味と甘み、バターのコク、そして卵の濃厚な旨味が、完璧な調和を奏でている。
紛れもなく、ネット上で絶賛されている『Rino_Life』の味そのものだった。
「すごいね、莉乃ちゃん! お姉さんにこんな的確な指示が出せるなんて、やっぱり莉乃ちゃんって天才なんだね〜!」
千佳はカメラに向かって満面の笑みを作り、大げさにリアクションを取ってみせた。
「でしょ〜!? 莉乃がいつも作ってる通りに、お姉ちゃんにやってもらっただけだから!」
莉乃は自分が作ったわけでもないのに、すっかり調子を取り戻し、鼻高々に胸を反らせた。
「莉乃ちゃん、動画撮らせてくれてありがとね! すっごく参考になったぁ! じゃあ、私、次の予定があるからもう行くね!」
千佳はスマホを仕舞うと、早々に荷物をまとめて立ち上がった。
莉乃は「もう帰っちゃうの? また来てね〜!」と、上機嫌で玄関まで見送っていった。
バタン、と玄関のドアが閉まる。
リビングに残された私は、冷めかけたオムライスの皿を片付けながら、静かに息を吐き出した。
予定通りの展開。
莉乃の面子を保つふりをして、その実――最も嗅覚の鋭いハイエナに、決定的な「臭い」を嗅ぎ取らせることに成功したのだ。
その頃――。
真壁家の玄関を出たばかりの住宅街の路上。
秋の夕暮れの影が長く伸びるアスファルトの上で、野村千佳は立ち止まっていた。
彼女の顔から、先ほどまでの人懐っこい笑顔は、跡形もなく消え去っていた。
「……はっ。笑わせんじゃないわよ」
千佳は冷酷な眼差しで、手の中のスマートフォンを操作していた。
画面に表示されているのは、先ほど撮影した動画の数々。
千佳のスロー再生の指が、ある場面でピタリと止まる。
画面に映っていたのは――オムライスの調理中、横で指示を出しているはずの莉乃の姿だった。
莉乃は「そう、そこで回して!」などと適当な声を上げていたが、その視線はフライパンではなく、キッチンの壁を泳いでいた。
調味料の場所を聞かれた時、一瞬だけ困惑して視線を彷徨わせていた。
何より――エプロンを着けた莉乃の手元。
爪の先には派手なジェルネイルが完璧に残ったままで、皮膚炎の薬など塗られた形跡すら、どこにもなかったのだ。
そして、もう一つの決定的な違和感。
千佳の視線は、キッチンの隅、調味料ラックに並んでいた瓶へと注がれていた。
塩、砂糖、胡椒、コンソメ、オリーブオイル。
そのすべてが、完璧に手入れされたガラス瓶に詰め替えられ、残量が美しく揃えられていた。
そして、それらを迷いなく、一秒の淀みもなく手に取っていたのは――あの、地味な姉の方だった。
フライパンの振り方。
卵を割る手つき。
火加減を肌で感じる所作。
あれは、何百回、何千回と厨房に立ち続けてきた人間だけが持つ、本物の職人の動きだ。
対して、莉乃の立ち振る舞いは――ただカメラの前でポーズを取ることしか知らない、素人そのものだった。
「やっぱりね」
千佳の赤い唇が、三日月のように吊り上がった。
暗い瞳の奥に、獲物を完全に追い詰めた捕食者の、醜悪で甘美な悦楽が燃え盛る。
「全部、あのお姉ちゃんが作ってたんだわ。莉乃は、ただの操り人形……ゴーストライターを使ってるだけの、ペテン師」
千佳はスマートフォンの画面をタップし、自身の裏アカウントを開いた。
鍵がかけられた、ごく少数のインフルエンサー仲間しか見られない秘密のタイムライン。
そこに、短いテキストを打ち込む。
『某大人気おうち時間系女子大生(笑)の自宅に突撃してきたんだけど、マジで草。料理の手元、全部別人がやってた件。近いうちに面白いものが見られそう♡』
投稿ボタンを押す。
青い光が、千佳の冷え切った笑顔を不気味に照らし出した。
「いい気になりなさいよ、真壁莉乃。あんたが天辺まで登りつめたその瞬間に……私が、引きずり落としてあげるから」
千佳はヒールを鳴らし、夜の街へと消えていった。
真壁家の中に閉じ込められていた嘘の風船に、最初の、そして決して塞ぐことのできない「針の穴」が穿たれた瞬間だった。
そして――。
その亀裂の先に待つのは、物語の第1章を締めくくる、最大の罠の完成。
フォロワー三十万人への到達と、あの男――相沢航太の足音が、すぐそこまで迫っていた。




