第32話:家庭内暴力の発生
帝国グランドホテルでの豪華絢爛な披露宴を、わずか一ヶ月後に控えた二月の上旬。
夜の帳が下りた港区芝浦のタワーマンション四十三階のリビングには、高級ウイスキーのツンとしたアルコール臭と、どこか腐りかけた果実のような不穏な空気が充満していた。
「……くそっ。なんでだ……どうして経理が嗅ぎ回ってるんだ……!」
ダイニングテーブルの上には、半分以上が空になったシングルモルトのボトルと、氷の溶けきったロックグラスが無造作に転がっていた。
ネクタイを乱暴に引きちぎるように外し、ワイシャツの胸元をはだけさせた相沢航太は、充血した目でノートパソコンの画面を睨みつけながら、爪をガリガリと噛んでいた。
航太の精神は、ここ数日間で急速に摩耗し、極限の錯乱状態へと追い詰められていた。
第28話で実行した、あの社内不正――会社の予備プロモーション予算八百万円をペーパーカンパニー『ネクスト・クリエイティブ・ラボ』へ迂回させ、莉乃のアカウントの数字を偽装するために外国人フォロワー買いやボット投下に注ぎ込んだあの横領行為。
一時的には数字が跳ね上がり、社内を乗り切ったかに思えた。
だが、昨日から社内の空気が明らかに異様なものへと変貌していたのだ。
直属の先輩である津田貴志が、航太と一切目を合わせなくなった。
それどころか、経理部の監査担当が航太の過去三ヶ月分の経費精算書や外注先の発注書をすべて回収し、極秘裏に精査を始めているという噂が、同期の耳打ちによって届いていた。
誰かが社内監査へ密告したのだ。
自分の背後で、冷徹な法と社内コンプライアンスの縄が、じわじわと首を絞めるように狭まってきている。
もし横領が露見すれば、即座に懲戒解雇。
世田谷の本家屋敷で格式を重んじる母・静代からは確実に勘当され、相沢家の名籍から除籍される。
何より、大手広告代理店のエリートディレクターという、自らのアイデンティティそのものが完全に崩壊する。
恐怖。屈辱。焦燥。
逃げ場のないプレッシャーを紛らわせるため、航太は毎夜、胃を焼くような度数の高いアルコールをあおり、自らを麻痺させるしかなかった。
「……あーあ、お風呂気持ちよかったぁ♡」
その時、バスルームのドアが開き、甘ったるい蒸気とともに義妹・真壁莉乃がリビングへと戻ってきた。
シルクのバスローブをだらしなく羽織り、濡れた髪をタオルで拭きながら、素足でフローリングをペタペタと踏み鳴らす。
部屋の隅に山積みになったゴミ袋や、シンクに放置された汚れた食器など、彼女の目には一ミリも入っていなかった。
「ねえ航太さん、聞いてよー! 結婚式のウェディングドレスの最終フィッティング、やっぱりヴェラ・ウォンの特注レースをもう一着追加することにしたから! お父さんの退職金の前借り分で、まだ少し予算余ってるんでしょ? 一生に一度の晴れ舞台なんだから、莉乃、世界で一番贅沢な花嫁さんにならなきゃ気が済まないもん!」
莉乃は鼻歌交じりに、ガラステーブルの上に自分のスマートフォンをポイと放り出した。
そして、冷蔵庫から冷たい炭酸水を取り出すため、キッチンの方へと背を向けた。
航太の血走った目が、ピクリと動いた。
テーブルの上に無防備に置かれた、莉乃のiPhone。
その液晶画面が――不意に、短く震えた。
ブブッ。
薄暗いリビングの照明の下で、画面が青白く点灯する。
ロック画面の中央に、緑色のメッセージアプリのバナーがポップアップした。
送信者名――『野村 千佳』。
そして、通知領域に表示された、わずか二行のメッセージ本文。
『裏垢の愚痴やばいね笑 航太さんのことボロクソ言ってて草』
航太の呼吸が、喉の奥で止まった。
「……え?」
ロックグラスを握っていた航太の手が、硬直した。
アルコールで濁っていた脳のシナプスが、その一瞬で不気味な覚醒を果たした。
裏垢?
愚痴?
僕のことを……ボロクソに言っている……?
航太の視線が、キッチンの奥で炭酸水のボトルを開けている莉乃の背中へと向けられた。
莉乃はこちらに気づいていない。
航太は音もなく立ち上がると、獲物に忍び寄る獣のように、ガラステーブルの前へと歩み寄った。
震える指先が、莉乃のスマートフォンへと伸びる。
画面を持ち上げる。
パスコードロックがかかっていたが、同棲生活の中で莉乃が画面をタップする指の動きを、航太は無意識のうちに記憶していた。
莉乃の誕生日――四桁の数字。
カチリ、とロックが解除された。
「……おい、何を見てるのよ!」
冷蔵庫の前で振り返った莉乃が、航太の手元を見て金切り声を上げた。
「勝手に人のスマホ触らないでよ! プライバシーの侵害よ!!」
莉乃が慌てて駆け寄ってきた。
だが、航太はそれを左腕で乱暴に払いのけた。
大柄な男の腕力に弾かれ、莉乃はソファの上へと無様に倒れ込む。
「黙ってろ」
航太の声は、地底から響くような低く冷たい唸り声だった。
航太の指先が、メッセージアプリの通知をタップした。
開かれた千佳とのトークルーム。
そこには、千佳からのメッセージとともに、一枚のスクリーンショットが添付されていた。
千佳が第31話で潜入し、保存した、あの非公開アカウントの画面。
アイコンには、中指を立てて舌を出す真壁莉乃の自撮り写真。
アカウント名――『@toxic_princess』。
そして、航太の網膜を、心臓を、魂を直接焼き尽くすような、ドス黒い文字列がスクロールされた。
『航太マジで使えない。外面だけエリート気取ってて、ベッドも下手くそだし給料も安い。タワマンのローンでカツカツのくせに威張るなキモ男。早く事故って保険金だけ残せよ』
『トメ(静代)の顔見てるとマジで吐き気する。着物着たカビ臭いクソババア。息子の前では良い母ヅラして、裏でネチネチ嫌味言ってくるの死ねばいいのに。早く逝って遺産だけ寄越せ』
『フォロワーのブス共が私のパクリに気づかずに崇めててウケる。一生私の養分でいろよ底辺共』
『結婚式代で実家の親父の退職金五百万毟り取ってやったわww』
時間が、完全に停止した。
航太の全身の筋肉が、一瞬にして硬直した。
耳の奥で、キーンという激しい耳鳴りが鳴り響く。
視界の端が真っ赤に染まり、頭蓋骨の内側で、幾重にも張り巡らされていた理性のピアノ線が、一本、また一本と、凄まじい音を立ててブチブチと弾け飛んでいった。
給料が安い。
ベッドが下手くそ。
キモ男。
早く事故って保険金だけ残せ。
母親への、クソババア、死ね、遺産だけ寄越せという呪詛。
「……あ……あぁ……」
航太の喉から、空気の漏れるような掠れた音が漏れた。
自分が愛し、守ってやろうとした女。
大勢の友人に自慢し、母親に頭を下げてまで手に入れたはずの、可憐で儚いトロフィーワイフ。
自分の会社でのキャリアを賭け、横領という重罪に手を染めてまでその数字を守ろうとした、自慢のフィアンセ。
その女が。
自分の隣で寝息を立てていた女が。
裏では、自分を「事故って死ねばいいキモ男」と嘲笑い、自らの母を「死ね」と罵倒し、自らの父親を「貧乏人」と見下していた。
「……なんだ、これは」
航太の身体が、小刻みに、けれど激しく痙攣するように震え始めた。
眼鏡の奥の瞳が、血走りを通り越して、暗黒の狂気でドス黒く濁っていく。
「なんだこれはッッ!!!!」
鼓膜をつんざくような絶叫が、四十三階の静寂を粉々に引き裂いた。
航太はスマートフォンを両手で力任せに握り締め、ソファの上で怯える莉乃の顔前へと突きつけた。
「おいッ!! なんだこれは!! 説明しろ、真壁莉乃ッ!!」
莉乃の顔面から、サーッとすべての血の気が引いた。
画面に映し出された、自らの裏アカウントのタイムライン。
千佳のアイコン。
すべてを悟った瞬間、莉乃の心臓が凍りついた。
(千佳……!? あいつ、航太さんにチクったの……!?)
パニック。
言い逃れの余地など、一文字たりとも存在しない動かぬ証拠。
だが、莉乃の歪みきった防衛本能は、謝罪ではなく、相手への逆上という最悪の形で暴発した。
「み、見ないでよッ!!」
莉乃は飛び起き、狂ったように航太の腕に爪を立てた。
鋭く尖らせたネイルが、航太の手首の皮膚を深く引き裂き、赤い血がツッと滲み出る。
莉乃はスマホを力任せに奪い返そうと、喚き散らした。
「人のスマホを勝手に盗み見るなんて最低よ! プライバシーの侵害よ! 返して、返しなさいよ!!」
「痛ぇな、このアマッ!!」
航太は莉乃の手首を掴むと、容赦のない力でねじり上げ、リビングの絨毯の上へと叩きつけた。
ドサリ、と鈍い音がして、莉乃が痛みに顔を歪めて床を転がる。
「『給料安くてベッドも下手』だと!? 『早く事故って保険金残せ』だと!?」
航太は仁王立ちになり、床に這いつくばる莉乃を、踏み殺さんばかりの形相で見下ろした。
「俺の母親を……由緒ある相沢家の母を、『クソババア』『早く死ね』だと!? 貴様、どの口がそれを言ったんだ!! 俺が……俺がどれだけの思いでお前のために金を使い、会社で泥を被り、母さんに頭を下げてきたと思っているんだ!!」
航太のプライドは、完全にへし折られていた。
男としての自尊心。
エリートとしての優越感。
名家の息子としての誇り。
そのすべてを、最も見下していたはずの小娘に、最も下劣な言葉で土足で踏みにじられたのだ。
エリートの仮面は完全に剥ぎ取られ、そこに現れたのは、ただの暴虐な獣だった。
「言ってみろ!! 全部、お前が書いたんだろ!!」
床の上で手首を押さえていた莉乃は、激痛と恐怖の中で、ついにその本性を完全に剥き出しにした。
涙を流すことも、怯えることもやめ、鬼のような形相で航太を睨みつけたのだ。
「そうよッ!! 私が書いたのよ、何が悪いのよ!!」
莉乃の金切り声が、リビングに反響した。
「あんたがモラハラするからでしょうが! 外では爽やかなエリート気取ってるくせに、家の中じゃネチネチネチネチ、掃除しろだの料理作れだのって減点法で偉そうに説教ばっかりして! 息が詰まるのよ! ストレスで狂いそうだったから、裏垢で愚痴っただけじゃない!!」
莉乃は立ち上がり、胸を反らせて航太を指差した。
「偽善者! 外面だけのマザコン男! 母親の言いなりになって、私に五百万円も払わせたくせに! あんたなんか、最初から金と肩書以外に何の価値もないのよ!! 事故って死ねばいいって思ったの、本音よ!! 何が悪いのよぉぉッ!!」
決定打。
自らの手で、男の逆鱗を完全に引き裂いた瞬間だった。
航太の表情から、一切の人間性が消え去った。
「……そうか」
低く、乾いた、破滅の呟き。
「金と肩書以外に、価値がないか。……俺の金で買ったものを、よくもそんな口で……」
航太は莉乃を殴りつけることはしなかった。
その代わりに、彼はゆっくりと踵を返し、リビングの奥――ウォークインクローゼットへと歩き出した。
「な、何する気よ……?」
莉乃が怪訝そうに眉をひそめた、その時だった。
ガサガサッ、ドカッ!!
クローゼットの扉が乱暴に引き開けられ、中から次々と、色鮮やかな革の塊がリビングの床へと投げ捨てられた。
「あ……っ!?」
莉乃の息が止まった。
床に転がったのは、莉乃が航太に強請り、真壁家の資産を溶かして買い集めてきた、最高級のハイブランドバッグの数々だった。
ディオールのレディディオール、定価八十万円。
シャネルのマトラッセ、定価百二十万円。
セリーヌのラゲージ、定価四十万円。
サンローランのチェーンウォレット、定価二十五万円。
莉乃にとって、それらのバッグは単なる鞄ではなかった。
自らの美貌と影響力を誇示し、姉を見下し、世間にマウントを取るための、自尊心そのもの。
命よりも大切な、虚栄の戦利品。
「な、何するの!? 莉乃のバッグに触らないで!!」
莉乃が悲鳴を上げて駆け寄ろうとした。
――だが。
航太はアイランドキッチンの引き出しを開け、あるものを手に取っていた。
鈍い銀色の光を放つ、刃渡り二十センチのステンレス製牛刀。
肉や魚を切り分けるための、研ぎ澄まされた本物の包丁だった。
「……ひっ!?」
莉乃の足が、恐怖でピタリと止まった。
航太は感情の消えた瞳で、包丁の刃先を床に転がるディオールのバッグへと向けた。
「おい、莉乃。これ、僕のカードで買ったよな」
「や、やめて……航太さん、やめて……!」
「僕の金で買ったものだ。……僕がどうしようと、僕の勝手だよな」
ブスリッッ!!
鈍い、肉を裂くような音がリビングに響き渡った。
研ぎ澄まされた刃先が、ディオールの極上のラムスキンへと、無慈悲に突き刺さった。
「嫌ぁぁぁぁぁッッ!!」
莉乃の絶叫が木霊した。
航太は狂気に満ちた笑みを口元に浮かべながら、包丁の柄を力任せに引き裂いた。
バリバリバリッ!!と、硬い革と裏地のシルクが引き裂かれる凄惨な破壊音。
中から、詰め物の紙とスポンジがボロボロと溢れ出す。
「あはは! どうだ!? 痛いか、莉乃ちゃん!!」
航太は止まらなかった。
獣のように息を荒げ、次々とバッグを足で踏みつけ、包丁を突き立てていった。
シャネルのチェーンを力任せに引きちぎり、キルティングレザーを十文字に切り裂く。
セリーヌのハンドルを根元から切断し、サンローランのロゴ金具を刃の背で叩き割る。
「俺の金を貪り食った寄生虫め!! 死ね!! 死ね死ね死ね!!」
切り裂かれた革の破片、散乱する金具、ズタズタになったブランドロゴ。
総額三百万円を超える最高級バッグの山が、わずか数分のうちに、ゴミ捨て場の粗大ゴミの残骸へと成り果てていった。
「嘘……嘘よ……莉乃の……莉乃のバッグがぁぁぁッ!!」
莉乃は床に這いつくばり、頭を抱えて狂乱の涙を流した。
自分の肉体を切り刻まれているかのような、耐え難い喪失感と屈辱。
だが、刃物を持って息を荒げる航太の姿は、あまりにも恐ろしすぎた。
一歩でも近づけば、今度は自分の身体にあの刃が向けられるかもしれないという、本能的な死の恐怖。
航太は血走った目で包丁を床に投げ捨てると、呼吸を乱しながら、玄関を指差した。
「……出て行け」
その声は、氷よりも冷徹だった。
「出て行け!! この嘘つきの泥棒女!! 二度と僕の前にその汚らわしい面を見せるな!!」
「……っ、警察!! 警察呼んでやるわよ!!」
莉乃は這うようにして立ち上がり、泣き叫んだ。
「器物損壊よ! 傷害よ!! あんたを刑務所に送ってやる!! 東都広告にも全部バラして、人生終わらせてやるんだからぁぁッ!!」
莉乃は散らかったバッグの残骸の中から、辛うじて原型を留めていたスマートフォンだけをひったくると、コートも羽織らず、バスローブ姿のまま玄関へと駆け出した。
二重ロックを乱暴に解除し、重いドアを開け放つ。
「絶対に許さない!! 絶対に後悔させてやるわよぉぉッ!!」
罵声を浴びせかけ、莉乃はエレベーターホールへと逃げ出していった。
裸足同然の足で、深夜の冷たい共用廊下を駆け抜けていく。
バダンッッ!!
背後で、タワーマンションの重厚なドアが、二度と開かない鉄の棺桶のように、凄まじい音を立てて閉ざされた。
***
小雨の降る、凍てつく深夜の街。
莉乃はタクシーを拾い、着の身着のままで郊外の真壁実家へと逃げ帰った。
実家のリビングで、血を流す手首を見せ、母・恵津子と父・宗治に泣きつきながら「殺されるところだった!」「警察を呼んで航太を逮捕しろ!」と喚き散らした。
だが――。
真壁家も、相沢航太も、警察を呼ぶことはできなかった。
なぜなら――『破談にできない理由』が、両者の首に、逃れられない絞首刑の縄として巻きついていたからだ。
第一に、金銭。
帝国グランドホテルの披露宴まで、あと一ヶ月。
すでに父・宗治の退職金から五百万円が振り込まれており、今さらキャンセルすれば、数百万円規模の違約金が全額没収される。真壁家の全財産が、一瞬で消滅するのだ。
第二に、世間体。
親族、会社関係者、東都広告の役員、そしてインフルエンサー仲間――百二十名を超える招待客へ、すでに招待状は発送済みだった。
もし今ここで警察沙汰になり、婚約破棄となれば、航太は「暴力を振るって破談にした問題社員」として社内での居場所を完全に失い、莉乃は「狂言妊娠と裏垢がバレて捨てられたペテン師」としてネット上で永遠に晒し者にされる。
そして第三に――双方の、底なしの執着。
莉乃は「結婚式で勝ち組のプリンセスとして君臨し、姉を見下す」という見栄をどうしても捨てられず。
航太は「式さえ挙げれば、世間体を保った上で、この女を自分の完全な支配下に置いて復讐してやる」という歪んだ支配欲に取り憑かれていた。
憎み合い、殺し合い、包丁を向け合うほどの修羅場を演じながら。
二人は、自らが築き上げた虚栄の監獄から、一歩も出ることができなかったのだ。
互いを呪いながら、同じ処刑台へと手を取り合って登らざるを得ない――完全なる共依存の地獄。
***
芝浦のタワーマンション。
静まり返ったリビングの中央で、相沢航太は、ズタズタに切り裂かれた高級バッグの残骸の上に、一人で立ち尽くしていた。
手首から流れた自分の血が、白い大理石の床の上に、ポタリ、ポタリと落ちていく。
足元に転がる、ディオールの無残な残骸。
シャネルの引きちぎられたチェーン。
航太は血走った目を細め、暗闇の窓の向こう――深夜の東京の夜景を見つめた。
その唇が、狂気と憎悪に満ちた笑みを刻み始める。
「……もう、後戻りはできない」
航太の喉から、低く掠れた声が漏れた。
「キャンセルなんて、できるか。……式は、挙げてやるよ。帝国グランドホテルの、あの最高の舞台でな」
航太の拳が、爪が肉に食い込むほど強く握りしめられた。
「式さえ終われば……籍さえ入れてしまえば、逃げ場はない。
お前を、俺の母親の前に引きずり出し……一生、頭の上がらない奴隷にして調教してやる。
俺の人生を狂わせた代償を……骨の髄まで、支払わせてやるよ、真壁莉乃……!!」
破滅へのカウントダウンは、ついに一ヶ月を切った。
悪役たちが自らの首に縄をかけ合い、互いを道連れに奈落の底へと引きずり合っていく。
そして――。
その濁流の遥か外側で、主人公・真壁栞は、毒家族からの完全なる法的な脱出を完了させようとしていた。




