第31話:裏アカウントの流出工作
港区芝浦のタワーマンション、四十三階の一室。
深夜二時を回ったリビングには、冷房でも暖房でもない、人間関係が完全に破綻した密室特有の、息が詰まるような冷気が淀んでいた。
「……っ、ふざけんな。ふざけんな、ふざけんな……!」
ベッドの中で毛布を頭から被り、スマートフォンの青白い光を顔面一杯に浴びながら、真壁莉乃はギリギリと奥歯を噛み鳴らしていた。
指先は激しく震え、爪を噛む癖のせいで荒れ果てた親指の甘皮から、血がじわりと滲んでいる。
隣の寝室からは、ドア越しに航太の微かないびきが聞こえていた。
その音を聞くだけで、胃の奥から酸っぱい胆汁が逆流してきそうだった。
タワーマンションでの優雅なセレブ同棲生活など、最初から幻想に過ぎなかった。
第25話で露呈した家事無能による罵倒、第26話での姑・静代による抜き打ちチェックと屈辱的な家事実態テスト、そして第27話で父・宗治の退職金五百万円を無理やり前借りさせてまで決行することになった、帝国グランドホテルでの巨額の披露宴。
外堀を埋め、嘘を塗り重ねて手に入れたはずの「玉の輿のシート」は、今や莉乃の手足を締め上げ、身動きを封じる鉄の処女と化していた。
日中は、静代から毎日のように届く長文の説教メッセージに怯え、夜は帰宅した航太から「部屋が片付いていない」「僕のシャツをどうした」と減点法でなじられる。
食事は依然として作れず、デパ地下の惣菜や高級割烹の残骸を隠すのに汲々とし、SNSの投稿は海外クリエイターの画像を左右反転してトリミングする泥棒作業でしか維持できない。
何より、妊娠検査薬を偽装しただけの「狂言妊娠」という時限爆弾が、毎日チクタクと音を立てて心臓の真下でカウントダウンを刻んでいるのだ。
精神は、とっくに限界を超えていた。
誰にも言えない。母の恵津子に泣きついても「我慢しなさい、結婚式までの辛抱よ!」と怒鳴られるだけ。
フォロワー三十万人を抱える公式アカウント『@Rino_Life』では、今日も「丁寧な暮らし」「愛する夫との穏やかな夜」などという吐き気を催すような嘘のポエムを演じ続けなければならない。
だからこそ――莉乃には、ここしかなかった。
画面の上に開かれた、漆黒の背景。
公式アプリではなく、追跡を逃れるためにわざわざシークレットブラウザを経由してログインしている、極秘の非公開アカウント(鍵垢)。
アカウント名――『@toxic_princess』。
アイコンは、胸元の開いたキャミソール姿で中指を立て、舌を出して嘲笑う莉乃自身の生々しい自撮り写真。
フォロワー数はわずか十五人。大学の取り巻きの中でも、特に口が堅く、他人の悪口で盛り上がれるごく一部のギャル仲間だけに限定して許可を出している、莉乃の精神の汚水溜め。
莉乃の長いネイルが、画面のキーボードを狂乱の速度で叩き始めた。
『航太マジで使えない。外面だけエリート気取ってて、ベッドも下手くそだし給料も安い。タワマンのローンでカツカツのくせに威張るなキモ男。早く事故って保険金だけ残せよ』
送信ボタンを押す。
ドス黒い毒が、タイムラインへと放たれる。だが、それだけでは胸の奥の猛毒は収まらなかった。
莉乃は息を荒げ、次々と投稿を連射していった。
『トメ(静代)の顔見てるとマジで吐き気する。着物着たカビ臭いクソババア。息子の前では良い母ヅラして、裏でネチネチ嫌味言ってくるの死ねばいいのに。早く逝って遺産だけ寄越せ』
『フォロワーのブス共が私のパクリに気づかずに「莉乃ちゃん憧れです♡」とか言って崇めててマジで草。一生私の養分でいろよ底辺共』
『結婚式代で実家の親父の退職金五百万毟り取ってやったわww 娘の玉の輿のために一生タダ働きしろ貧乏人』
さらに、画面をスクロールした莉乃の指先が、大学のインフルエンサー仲間――野村千佳への罵倒へと向かった。
『てか野村千佳マジでウザい。親友面して動画手伝ってあげるとか言ってくるけど、顔面工事の失敗作のくせに調子乗るな。フォロワー数も私の足元にも及ばないブスのくせに。私の引き立て役として一生ヘラヘラ笑ってろよ』
画面に並ぶ、目を覆いたくなるようなヘドロの言葉。
夫への保険金殺人願望。
姑への殺意。
純粋に応援してくれるファンへの侮蔑。
身を粉にして働いてきた実の父親への嘲笑。
そして、親友面してすり寄ってくる仲間への剥き出しの敵意。
「はぁ……はぁ……っ」
すべてを吐き散らかし、莉乃は額の脂汗をシーツで拭った。
誰にも見られない。ここにあるのは、自分を全肯定してくれる閉ざされた数人の友人たちだけの世界。
そう信じ込み、莉乃は虚ろな瞳でスマートフォンの画面を伏せた。
――だが。
彼女は知る由もなかった。
その閉ざされていたはずの汚水溜めの蓋が、すでに外側から静かに、音もなく外されていたことを。
***
同じ時刻。
繁華街の裏路地に佇むアンティークサロン『Noir』の最奥、厳重に遮音されたプライベートオフィス。
ステンドグラスのランプが琥珀色の柔らかな光を投げかける中、二台の大型曲面モニターの前で、佐久間湊がキーボードを軽快に躍らせていた。
カタカタカタ、ターン、と規則正しい打鍵音。
私の隣には、淹れたてのエスプレッソを片手に持った黒木蓮が、革張りのアームチェアに深く腰掛け、煙草の紫煙をゆっくりと燻らせていた。
「……うん、今日も大漁だね」
佐久間がモニターの画面を指差し、眼鏡の奥の目を面白そうに細めた。
画面上には、莉乃が先ほど『@toxic_princess』に投下したばかりのツイートが、リアルタイムでミラーリング表示されていた。
タイムスタンプ、端末情報、さらには莉乃のiPhoneが接続している芝浦のタワマンのWi-FiルーターのMACアドレスまで、完璧に紐付けられた状態で。
「『航太マジで使えない、早く事故って保険金残せ』……か。相変わらず、語彙が治安の悪いスラム街並みだね。婚約者を金づるとしか見てないのが丸わかりだ」
佐久間が苦笑交じりに呟くと、蓮が低く冷ややかな声で応じた。
「航太だけじゃない。静代への『早く逝け』、父親の退職金の嘲笑、そして……野村千佳への誹謗中傷だな」
「ええ」
私は冷たいハーブティーのグラスに指先を添え、画面に浮かび上がる悪意の塊を静かに見つめた。
胸の奥にあるのは、怒りではない。
ただ、冷徹な外科医が患部の腫瘍の大きさを計測するような、絶対的な観察の視線。
「莉乃は、この裏アカウントだけが自分の唯一の安全地帯だと信じ込んでいます。表では『丁寧なおうち時間』を演じ、裏ではすべての人間を呪い殺すことで、辛うじて自尊心のバランスを保っている。……ですが、この毒の塊は、あまりにも純度が高すぎるわ」
「ああ、その通りだよ」
佐久間が椅子をクルリと回転させ、私に向き直った。
「料理の盗作やゴーストライターの証拠だけでも、インフルエンサーとしての莉乃は社会的に死ぬ。だけど、それだけじゃ『妹の未熟さ』とか『反省してやり直します』なんていう甘っちょろい涙で、世間の同情を引く余地がミリ単位で残ってしまうかもしれない。……でも、この裏垢の生データは別格だ」
佐久間の指先が、モニターのテキストを叩いた。
「夫を殺して保険金を取ろうとし、姑の死を願い、ファンを『ブス共』『養分』と呼び、父親の退職金を奪って嘲笑う。……これが白日の下に晒された瞬間、彼女を庇う人間はこの地球上に一人もいなくなる。完全なる社会的抹殺、倫理的死刑判決だよ」
「問題は」と、蓮が煙草を灰皿に押し付けながら口を開いた。
「これを、どうやって表に出すかだ」
蓮の切れ長の瞳が、私を射抜く。
その瞳には、私が傷を負わないか、法的な泥を被らないかを何よりも案じる、深い庇護の光が宿っていた。
「俺たちがハッキングしてネットにばら撒くのは簡単だ。だが、それでは『不正アクセス禁止法』の懸念が残る。それに、出所不明の流出データだと、莉乃側が『悪意ある第三者による捏造だ』『AIで作られたフェイク画像だ』と言い逃れをする口実を与えちまう」
「ええ、その通りです、黒木さん」
私は静かに頷いた。
私の復讐の絶対原則。
それは――『能動的な犯罪を行わない』こと。
私自身は法的に完全に無傷のまま、悪役たちが自らの欲望と悪意によって自爆するよう誘導すること。
「私たちが手を下して晒す必要は、どこにもありません。……莉乃の身内の中に、この爆弾を喉から手が出るほど欲しがっている人間が、すでに一匹、獲物を狙って涎を垂らしているのですから」
私の言葉に、佐久間がニヤリと唇を吊り上げた。
「……野村千佳、だね」
「はい」
私は確信を込めて言った。
「千佳さんは、莉乃のインフルエンサー仲間でありながら、内心では莉乃のフォロワー三十万人とタイアップ案件を奪う機会を虎視眈々と狙っています。第19話で彼女が真壁家に乗り込んできた時、彼女はキッチンのゴミ箱から高級割烹『松仙』の領収書を密かに撮影し、すでに弱みを握っています。彼女の欲望はただ一つ――莉乃を完全に失脚させ、その死肉を喰らって自分がトップに君臨すること」
私は佐久間のデスクへと歩み寄った。
「千佳さんに、教えてあげるのです。『莉乃が裏アカウントで、あなたの悪口を言っている』と。……そうすれば、千佳さんは自らの意思で莉乃の裏垢に潜入し、自らの手で証拠を保存し、そして自らの手で最も残酷なタイミングで起爆させてくれます」
外部からのハッキングによる流出ではない。
「親しい友人に裏垢をフォローさせ、その友人が裏切りと復讐のために内部告発としてスクリーンショットを撮影した」という構図。
これならば、不正アクセス禁止法も、捏造の疑いも、すべて完全にクリアできる。
莉乃が蒔いた悪意の種を、莉乃が招き入れた天敵の手によって刈り取らせる――完璧な間接誘導。
「最高だね、栞ちゃん。本当にゾクゾクするよ」
佐久間が目を輝かせ、即座にキーボードへと指を滑らせた。
「じゃあ、工作を開始しよう。僕が今から、海外の使い捨てプロキシサーバーを経由して、インスタグラムの完全な捨てアカウントを一つ作成する。発信元IPは暗号化され、二度と追跡できないダミーアカウントだ」
佐久間の画面上で、無機質な英数字の羅列で構成された新規アカウントが立ち上がった。
アイコンもプロフィールも設定されていない、ネットの闇に紛れる幽霊のようなアカウント。
佐久間はメッセージ送信画面を開き、送信先に『@beauty_secrets_chika』――野村千佳の公式アカウントを指定した。
「文面は、どうする?」
佐久間が私を振り返る。
私は迷うことなく、千佳の承認欲求と嫉妬心を最も正確に抉り抜く文面を紡ぎ出した。
「こう送ってください」
私は淡々と、冷徹な声で告げた。
『千佳さん、突然のDM失礼いたします。
莉乃さんの親しい友人ですが、どうしても許せないことがありご連絡いたしました。
莉乃さんが鍵付きの裏アカウントで、千佳さんの悪口を執拗に投稿しています。
「千佳は私の引き立て役のブス」「顔面工事の失敗作のくせに調子乗るな」と、酷い侮辱を繰り返しています。
莉乃さんの裏アカウントのIDは、@toxic_princess です。
千佳さんのプライベート用のアカウントなら、親しい友人としてフォローリクエストを通してもらえるはずです。ご自身の目で確かめてみてください』
佐久間が淀みなくそのテキストを打ち込み、最後に裏垢のIDを添えた。
「完璧だ。……送信するよ?」
「お願いします」
カタッ、と佐久間がエンターキーを押した。
電波の海を越えて、毒の導火線が、ハイエナの元へと放たれた。
***
同時刻。
港区白金にある、デザイナーズマンションの一室。
間接照明に照らされた洗練されたリビングで、野村千佳はシルクのナイトガウンを纏い、最新型のタブレット端末で自身のコスメレビュー動画の編集を行っていた。
「……あーあ、再生数が伸びないなぁ。なんであんな中身スカスカの莉乃が三十万人もいて、私の方が編集もメイクも上手いのに十万人止まりなわけ?」
千佳は高級なハーブティーを口に含みながら、苛立たしげに舌打ちした。
頭の中にあるのは、莉乃への激しい嫉妬だった。
第19話で真壁家を訪れた際、莉乃が包丁一本握れず、料理もハンドメイドもすべて偽装だった証拠はすでに掴んでいる。高級割烹『松仙』の領収書や、値札のついたままの裁ち鋏の写真も、手元のスマートフォンに厳重に保存してある。
だが、それだけではまだ足りない。
告発するなら、莉乃が言い逃れのできない決定的な証拠をもう一つ手に入れ、完璧なタイミングでトドメを刺したい――千佳はその機会を虎視眈々と狙っていた。
その時だった。
ピロン、と。
ガラステーブルの上に置かれていた、千佳のプライベート用スマートフォンが短く通知音を鳴らした。
画面を開くと、インスタグラムのDMトレイに、見知らぬアカウントからの新着メッセージが表示されていた。
アイコンのない、捨てアカウントからの不気味な通知。
「……なにこれ? スパム?」
千佳は眉をひそめながら、メッセージを開いた。
そして――そこに記されていた文面を目にした瞬間。
千佳の瞳が、限界まで見開かれた。
『千佳さん、突然のDM失礼いたします……莉乃さんが鍵付きの裏アカウントで、千佳さんの悪口を執拗に投稿しています。「千佳は私の引き立て役のブス」「顔面工事の失敗作のくせに調子乗るな」と……裏アカウントのIDは、@toxic_princess です』
「……は?」
千佳の喉から、低く濁った声が漏れた。
心臓が、ドクンと激しく鐘を打つ。
顔面工事の失敗作?
引き立て役のブス?
全身の血液が、一瞬で頭頂部へと沸騰していくような凄まじい怒り。
だが――次の瞬間、千佳の唇の端が、ピクリと吊り上がった。
怒りを遥かに上回る、ドス黒い歓喜の波が、全身を駆け巡ったのだ。
「……あは。あはははは!」
千佳はタブレットを放り出し、スマートフォンを両手で握りしめて嘲笑した。
「裏アカウント……? あいつ、裏垢なんて作ってたの!? しかも、私の悪口を書いてる……!?」
千佳は震える指先で、検索欄に『@toxic_princess』と入力した。
表示されたのは、確かに非公開のアカウント。
アイコンには、中指を立てて下品に笑う、紛れもない真壁莉乃の顔写真。
自己紹介欄には『本音しか言わない♡ リアルな友達限定』の文字。
「見ぃつけた……!」
千佳の瞳の奥で、獲物を仕留めるハイエナの狂気がギラギラと燃え上がった。
千佳は決して馬鹿ではなかった。
公式のインフルエンサーアカウントからリクエストを送れば、警戒されるに決まっている。
千佳は即座に引き出しから、大学の親しい友人たちとの連絡用に使っている「裏端末」を取り出した。
アカウント名は、莉乃も知っている千佳のプライベート用アカウント『@chika_private_08』。
大学のゼミ仲間や飲み会仲間の写真が数枚投稿されている、完全なる身内用のアカウント。
千佳は迷うことなく、『フォローする』のボタンをタップした。
【フォローリクエストを送信しました】
あとは、莉乃がこれを承認するかどうか。
深夜二時半。莉乃が寝ていれば、朝まで待たされるかもしれない。
千佳は爪を噛みながら、画面を見つめ続けた。
――だが。
その待ち時間は、わずか三十秒で終わった。
ピコン。
画面の上に、ポップアップが表示されたのだ。
【@toxic_princess があなたからのフォローリクエストを承認しました】
芝浦のタワマンのベッドで、孤独と恐怖に震えながら「身内の誰かに肯定されたい」と飢えていた莉乃。
親友であるはずの千佳からのリクエスト通知を見た莉乃は、何の疑いも持たず、むしろ「千佳ちゃんなら莉乃の愚痴を分かってくれる」とすがるような思いで、即座に承認ボタンを押してしまったのだ。
「……かかった」
千佳の喉から、掠れた吐息が漏れた。
震える指先で、千佳は『@toxic_princess』のタイムラインを開いた。
――その瞬間。
千佳の呼吸が、完全に止まった。
画面を埋め尽くしていたのは、千佳の想像を遥かに超えた、狂気のヘドロだった。
『航太マジで使えない。外面だけエリート気取ってて、ベッドも下手くそだし給料も安い。早く事故って保険金残せ』
『トメ(静代)の顔見てると吐き気する。あのクソババア、息子の前では良い母ヅラしてマジで消えてほしい。遺産だけ置いて早く逝け』
『フォロワーのブス共が私のパクリに気づかずに崇めててウケる。一生私の養分でいろ』
『結婚式代で実家の親父の退職金五百万毟り取ってやったわww』
そして――スクロールした先に、確かに存在した、自分への罵倒。
『てか野村千佳マジでウザい。顔面工事の失敗作のくせに調子乗るな。私の引き立て役として一生ヘラヘラ笑ってろよ』
「……っ」
千佳の全身から、サーッと血の気が引いた。
あまりの悪意の凄まじさに、一瞬、本能的な悪寒が背筋を駆け抜けた。
だが――次の瞬間、その悪寒は、天にも昇るようなエクスタシーへと変わった。
「あはは……! あははははははッ!!」
暗闇のリビングで、千佳は喉を反らせて狂乱の笑い声を上げた。
「最高……! 最高じゃない、莉乃ちゃん!!
こんなの、ただの悪口どころじゃないわよ! 夫への保険金殺人願望に、姑への呪詛に、ファンへの詐欺発言に、父親からの強奪……!
これ一枚で、あんたの人生、一瞬で終わるわよ!!」
千佳の手が、猛烈な速度で動き始めた。
カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、カシャ――!!
無音カメラのスクリーンショットが、タイムラインの最上段から最下段まで、狂ったように連写されていく。
航太への罵倒。
姑への暴言。
ファンへの侮蔑。
父親の退職金の自白。
そして、自分への悪口。
投稿の日時、コメント欄のやり取り、莉乃のアカウントID、アイコンの自撮り写真。
そのすべてが、寸分の漏れもなく、千佳のスマートフォンのフォルダへと、一枚残らず保存されていった。
さらに千佳は、画面録画機能を起動し、タイムラインをスクロールする動画まで完全に収録した。
これで「静止画の捏造」という言い逃れすら、完全に不可能になった。
作業を終えた千佳は、熱を帯びたスマートフォンを自らの胸元へと強く抱きしめた。
その顔には、親友を奈落の底へ突き落とす権利を手に入れた、本物の怪物の笑みが浮かんでいた。
「今じゃない……今晒しちゃ駄目よ」
千佳は鏡の中の自分を見つめ、邪悪に目を細めた。
「一番いい舞台があるじゃない。……帝国グランドホテルの、あの豪華な結婚式。
親族も、航太さんの大企業の同僚たちも、役員も、そして莉乃のフォロワーたちも……全員が見守る、あの最高の晴れ舞台。
そこで……この爆弾を、特大のスクリーンでぶちまけてあげる」
千佳の瞳に、獲物を完全に解体する瞬間の、冷酷な光が宿った。
「莉乃ちゃん、結婚式……すっごく楽しみにしてるね……♡」
起爆装置の鍵は、最も残酷な天敵の手に渡った。
自らが吐き散らした毒によって、自らの首を絞める縄が、今、完璧に結び合わされたのだ。




