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第23話:手放された天才の腕

冬の薄ら寒い日差しが、散らかり放題の寝室のカーテンの隙間から差し込んでいた。

昨夜の狂乱の祝勝会で浴びるように飲んだシャンパンとワインのせいで、激しい頭痛と吐き気がこめかみをガンガンと締め付ける。


「……うぅ、頭痛い……今、何時……?」


正午近くになってようやく重い瞼を開けた真壁莉乃は、乱れたシーツの中から這い出し、枕元に転がっていたスマートフォンを探り当てた。

左手の薬指には、昨日航太に買わせたばかりのハリー・ウィンストンの婚約指輪が嵌まっている。冷たい金属の感触を確かめ、莉乃は喉の渇きを覚えながらも、ふやけた笑みを零した。


(あーあ、最高だったなぁ……。お姉ちゃんのあの引き攣った顔。航太さんも奪ったし、指輪も手に入ったし、莉乃はもう無敵のセレブ妻決定じゃん)


世界で一番幸せな女になったのだと、自分に言い聞かせる。

莉乃はベッドに横たわったまま、毎朝のルーティンであるインスタグラムのアイコンをタップした。

本来なら、今頃は『Rino_Life』のアカウントに何千件もの「いいね」と「莉乃ちゃん今日も可愛い!」「朝食美味しそう!」という絶賛のコメント通知が滝のように届いているはずだった。


――だが。


「……え?」


画面を開いた莉乃の喉から、掠れた声が漏れた。


画面の上部にある通知欄のハートマークが、まるで時間が止まったかのように静まり返っていたのだ。

新着の通知は、わずか数件。それもスパムボットからの無機質な広告メッセージだけ。


いつもなら午前七時半ちょうどに、自動投稿ツールによって完璧な朝食のビジュアルと情緒あふれるキャプションが投稿され、午前中のうちに数万のインプレッションを叩き出しているはずだった。

だが、タイムラインのトップに表示されていたのは――昨夜、莉乃が酔っ払った勢いで投稿した、航太との婚約報告の写真のままだった。


「なんで……? 今日の朝の投稿は……?」


莉乃は寝起きの回らない頭で、投稿管理画面をタップした。

しかし、画面には無慈悲なエラーメッセージが赤く点滅していた。


【外部管理ツールとの連携が切断されています】

【予約投稿キューに登録されているコンテンツはありません】


「は……? 連携が切断……?」


莉乃の心臓が、嫌な音を立てて跳ね上がった。

さらに、ダイレクトメッセージ(DM)のトレイを開いた瞬間、莉乃の全身から血の気が引いた。


未読マークがついた企業からのメッセージが、何通も並んでいたのだ。


『真壁莉乃様

お世話になっております。株式会社エル・クレア宣伝担当です。

本日正午締め切りとなっておりました、次週展開分のタイアップ投稿に関する「ビジュアル構成ラフ案」および「事前確認用キャプション原稿」がまだ届いておりません。

本件、年間契約における最重要プロモーション施策となっております。至急、確認用データをご送付いただけますようお願い申し上げます。

なお、本日中にご提出いただけない場合、来週の掲載スケジュールに重大な支障が生じるため、契約規定第十二条に基づき対応を協議させていただくことになります』


さらには、他のコスメブランドやサプリメントメーカーからも、催促の連絡が雪崩のように届いていた。

『今週のタイアップ投稿のスケジュールについて、確認の返信をいただけますでしょうか』

『昨日提出予定のレシピ監修シートが未着となっております』


「な、なんなのよこれ……!? なんでこんな連絡が莉乃に来てんのよ!?」


莉乃はベッドから飛び起き、パジャマ姿のまま素足で部屋を飛び出した。

階段をドタドタと駆け下り、リビングの引き戸を乱暴に開け放つ。


「お姉ちゃん!! ちょっと、お姉ちゃんどこ!?」


金切り声を上げる莉乃の前に、キッチンから静かに現れたのは、糊の効いたエプロンを着けた栞だった。

居間の掃除機をかけ終え、雑巾をバケツで濯いでいた栞は、乱れることのない美しい所作で振り返り、小首を傾げた。


「おはようございます、莉乃ちゃん。随分と遅いお目覚めですね。頭痛薬を淹れましょうか?」


「薬なんてどうでもいいわよ!」

莉乃はスマートフォンを栞の顔の前に突き出し、唾を飛ばした。


「これ、なんなのよ!? 今日の朝の投稿がされてないじゃない! 企業から催促のDMがいっぱい来てるのよ!? なんでお姉ちゃん、ちゃんと仕事してないのよ! 使えないな!!」


理不尽極まりない罵倒。

自分が遊んで泥酔している間も、姉が勝手にすべての手配を済ませておくのが当然だと思い込んでいる、寄生虫の剥き出しの甘え。


だが、栞の表情はピクリとも動かなかった。

穏やかで、慈愛に満ちた、けれど氷のように冷徹な微笑みを浮かべたまま、静かに両手を前で揃えた。


「あら……莉乃ちゃん、昨夜の乾杯の席でのことを、もうお忘れになってしまったのですか?」


「は……? 昨夜……?」


「ええ」

栞は澄んだ瞳で、莉乃の顔を真っ直ぐに見つめ返した。


「昨夜、莉乃ちゃんは仰ったではありませんか。『航太さんと結婚して、これからは一人前の大人の女性として家庭を築くのだから、高卒の家政婦の手を借りるなんて格好がつかない』と。お母様もお父様も、『莉乃の成功は莉乃の実力なのだから、栞は余計な口出しをするな』と仰いました。……ですから私は、お二人の仰る通りにいたしましたのよ」


「……え?」


「アカウントの管理者設定や、外部ツールとの連携は、昨夜のうちにすべて莉乃ちゃん個人のスマートフォンへ一本化して解除いたしました。これで、名実ともに『Rino_Life』は、莉乃ちゃんお一人のものになりましたの。これからは、私のような裏方の影に怯えることなく、莉乃ちゃんの卓越したセンスと才能だけで、自由にお仕事を進めていただけますわ。……本当によかったですね、莉乃ちゃん」


一分の淀みもない、完璧な正論。

悪意も嫌がらせもない。ただ「妹の自立を尊重し、言われた通りに手を引いた」という、誰にも否定できない清廉潔白な態度。


莉乃は口をパクパクと開閉させ、言葉を失った。


「な……な、何勝手なことしてんのよ! 莉乃、そんなこと頼んでないじゃない! アカウントの管理くらい、今まで通りお姉ちゃんがやりなさいよ!」


「まあ、そんな無責任なことはできませんわ」

栞は困ったように眉根を寄せ、申し訳なさそうに視線を落とした。


「企業様と契約を結んでいるのは、莉乃ちゃんとお父様です。高卒の部外者である私が勝手に企業の機密データを触ったり、代理で原稿を提出したりしては、万が一の際に企業様に対して背信行為になってしまいますもの。航太さんだって、『自立した素晴らしい女性』としての莉乃ちゃんを愛してくださっているのでしょう? 莉乃ちゃんの実力なら、朝食の写真を撮って文章を書くくらい、朝飯前のはずですわ」


逃げ道を、完全に塞がれた。

「自分は天才だ」「お姉ちゃんの助けなんていらない」と豪語してきた自らの言葉が、そのまま自らの首を絞める鉄の鎖となって跳ね返ってきたのだ。


「っ……! もういい! あんたなんかに頼まなくたって、莉乃一人で全部できるもん!!」


莉乃はプライドを逆撫でされ、真っ赤な顔をして叫ぶと、キッチンのカウンターへと踏み込んだ。


「見てなさいよ! たかが朝ごはんの写真撮って、インスタに載せるだけでしょ!? そんなの、誰だってできる簡単なことじゃない! 莉乃のセンスを見せつけてやるんだから!」


莉乃は乱暴に冷蔵庫のドアを開け放った。


――しかし。


冷蔵庫の中を見た瞬間、莉乃の動きがピタリと止まった。


庫内には、新鮮な卵、牛乳、キャベツ、ブロック肉、そして調味料の瓶が整然と並んでいる。

だが、そこには「そのまま皿に乗せれば映えるような完成品」は、何一つとして存在しなかった。


(な、何これ……どうすればいいの……?)


莉乃の頭の中が真っ白になった。

パンケーキの生地はどうやって作るのか?

テリーヌのゼラチンはどうやって溶かすのか?

エッグベネディクトのオランデーズソースの材料は何なのか?

何一つ、知らなかった。

莉乃が知っているのは、栞が何時間も前から仕込み、完璧な温度と色彩でテーブルに並べた「完成品」の前に座ることだけだったのだ。


壁の時計を見る。すでに午後一時を回ろうとしている。

エル・クレアへのラフ案の提出期限は過ぎ、フォロワーたちも「今日の投稿はまだかな?」と不審に思い始めているはずの時間帯。


「あーもう、面倒くさい! これでいいわよ、これで!!」


パニックになった莉乃が冷凍庫から引っ張り出してきたのは、スーパーで安売りされていた市販の六枚切り食パンだった。

それをポップアップトースターに無理やり押し込み、レバーをガチャンと押し下げる。

焼き上がるまでの間、食器棚を開けたが、どの皿を選べばいいのかすら分からない。

栞がいつも料理の色彩に合わせて選んでいた、フランスのアンティークプレートや波佐見焼の温かみのある陶器など目に入らず、一番手前にあった、景品でもらった安っぽい真っ白なヤマザキのパン皿を引っ張り出した。


チン、とトースターが鳴る。


飛び出してきたトーストを見て、莉乃は息を呑んだ。

焼き加減のダイヤルを適当に最大に回していたせいで、食パンの四隅は真っ黒に焦げ付き、中心部だけがパサパサに乾燥した無残な姿になっていた。


「うわ、焦げちゃった……ま、いっか! ジャム塗れば隠れるでしょ!」


莉乃は冷蔵庫から、使いかけの市販の安物イチゴジャムの瓶を取り出した。

スプーンでジャムをすくい、焦げたパンの表面にベタベタと塗りたくる。

均一に広げることすら面倒くさがり、中央にドロッとした赤黒い塊が偏り、端には焦げた黒い炭の粉が露出している。


「よし、これでいいわ! 早く撮らなきゃ!」


莉乃は皿をダイニングテーブルの上に置いた。

だが――そこは、昼食の準備前の、散らかり放題のテーブルだった。

昨夜のビールの空き缶の輪ジミが残り、新聞のチラシが積まれ、脱ぎ捨てられた莉乃のカーディガンが椅子の背もたれから垂れ下がっている。


莉乃はテーブルの端を少し手で押しやり、スマートフォンを構えた。


――カシャ。


スマートフォンのカメラアプリのシャッターが切られた。


画面に表示されたプレビュー写真を見た瞬間、莉乃の背筋を冷たい汗が伝った。


「……え? な、なにこれ……?」


そこに映っていたのは、かつて『Rino_Life』に並んでいたような、朝の木漏れ日が降り注ぐ美しいおうちカフェの風景などでは、断じてなかった。


天井の蛍光灯の青白い光が、油染みたテーブルの上にギラギラと反射している。

皿の上には、焦げ目の悪目立ちしたパサパサの食パンと、血だまりのように下品にこびりついた安物ジャム。

スマホを構える莉乃自身の影が、真っ黒に皿の上に落ちて全体を薄暗く覆っている。

背景の隅には、脱ぎ捨てた服の袖と、プラスチックのティッシュ箱の原色が、見事なまでに画角に入り込んでいた。


(ち、違う……こんなんじゃない! もっと、こう……ふんわりしてて、お洒落な感じだったはずなのに……!)


莉乃は焦って、スマホを様々な角度に傾けた。

上から撮ってみる。斜めから撮ってみる。

だが、撮れば撮るほど、不気味なほど生々しい「粗末な日常の残骸」が画面を埋め尽くすだけだった。


当然だった。

自然光の入射角の計算。

窓からの光を柔らかく乱反射させるレフ板の配置。

テーブルクロスのドレープの陰影。

食器と料理の補色関係。

それらの緻密な視覚芸術の計算を、莉乃はただの「写真のフィルター」の力だと信じ切っていたのだ。

だが、昨夜、栞が管理アクセスを切断したことで、自動で色調をプロ級に補正していたカスタムプラグインはすべて消滅していた。

莉乃の手元に残されたのは、ただの無加工の、残酷な現実を映し出すレンズだけだった。


「あーもう! アプリの調子が悪いんじゃないの!? 時間がないんだから、これでいいわよ!」


莉乃は諦め、一番マシに見える一枚を選択した。

そして、インスタグラムの投稿画面を開き、キャプション(投稿文)の入力欄に指を走らせた。


だが――ここでも、決定的な絶望が立ち塞がった。


(文章……何て書けばいいの……?)


莉乃の指先が、キーボードの上でピタリと止まった。


これまで『Rino_Life』に投稿されていた文章。

『少し肌寒い冬の朝。ストーブの上のやかんが立てるシュンシュンという音を聞きながら、今朝は全粒粉のパンをじっくりと焼き上げました。手作りのベリーコンポートの甘酸っぱさが、眠っていた身体を優しく起こしてくれます。みなさんの今日が、あたたかな光に包まれますように……✨』


知的で、文学的で、謙虚で、フォロワーの孤独な心にそっと寄り添うような、美しい日本語の調べ。

それは、栞が読書と人間観察を通じて培ってきた、本物の教養の結晶だった。


だが、大学の講義をすべて落第し、まともな本の一冊も読んだことのない莉乃の語彙力など、小学生の作文以下だった。


「……えっと、『今朝はパンを食べました』……? ううん、もっと可愛く……」


焦れば焦るほど、頭の中からはギャル雑誌やSNSのスラングしか浮かんでこない。

締め切りを過ぎた企業からのDMの通知が、画面の上部でチカチカと点滅し、莉乃の焦燥を煽り立てる。


「あーもう、これでいいじゃん!!」


自暴自棄になった莉乃が、画面に打ち込んだテキスト。


『今日は遅起きしちゃってトースト食べたよ〜♡

ジャム塗ったら超美味しかった!

みんなは今日なにするの〜??コメント待ってるね♡

#あさごはん #トースト #おうちカフェ #女子大生』


幼稚で、稚拙で、中身が空っぽな、どこにでもいる量産型のタメ口文章。


莉乃は目を瞑り、祈るような思いで『シェア』のボタンをタップした。


――投稿完了。


青い光とともに、その無惨な一枚が、三十万人を超えるフォロワーのタイムラインへと放たれた。


「ふぅ……! ほらね、できたじゃない! お姉ちゃんの手なんて借りなくたって、莉乃一人でちゃんと投稿できたわ!」


莉乃は勝ち誇ったように胸を撫で下ろし、冷めきった不味いトーストを口に放り込んだ。

これで、いつも通りに数万件の「いいね」がつき、みんながチヤホヤしてくれるはずだ。

そう信じて、莉乃は冷たい麦茶を飲み干した。


――しかし。


投稿から、十分後。


ガラステーブルの上に置かれた莉乃のスマートフォンが、激しい振動を始めた。

ブブブブブッ、ブブブブッ、ブブブッ――。


画面に次々とポップアップするコメント通知。

だが、そこに並んでいた言葉は、莉乃が期待していた「称賛」などでは、断じてなかった。


【……え? これ、本当に莉乃ちゃんのアカウント?】

【写真、めちゃくちゃ暗くない? なんかテーブル汚れてるし……】

【トースト焦げてるし、市販のジャムそのまま塗っただけじゃん。いつもの丁寧な手作り料理どうしたの?】

【フィルター変えました? 前の柔らかい光の写真が好きだったのに、なんか急に安っぽくなった……】

【てか、文章どうしたの!? 「遅起きしちゃって」とか「超美味しかった」とか、急にタメ口のバカっぽい文章になってて草】

【前の長文の優しい語り口が好きだったのに……。もしかして、中の人変わった?】

【アカウント乗っ取りですか? 本人確認してください!】


冷徹な、違和感の嵐。


三十万人ものフォロワーたちは、馬鹿ではなかったのだ。

彼女たちが熱狂していたのは、莉乃の顔写真そのものではなく、その背景にあった「栞の卓越した美意識、色彩感覚、そして知的な文章の世界観」だった。

その魂が抜け落ち、粗大ゴミのような生の現実が晒された瞬間、ファンたちは一瞬でそのメッキの剥落を嗅ぎ取ったのだ。


「な……な、何これ……!?」


莉乃の瞳孔が開き、ガタガタと両手が震え始めた。

スクロールしても、スクロールしても、並ぶのは疑問と失望、そして嘲笑のコメントばかり。

いつもなら投稿から十分で五千件を超えるはずの「いいね」の数は、わずか数百件でピタリと止まり、エンゲージメント率は過去最低の数値を記録していた。


さらに、追い討ちをかけるように、東都広告の担当者――相沢航太から、冷酷な社内チャットが飛んできた。


『莉乃ちゃん、さっきの投稿は何だ?

エル・クレアの宣伝部長から「急にアカウントのクオリティが著しく低下しているが、本当にこのインフルエンサーで年間プロモーションを進めて大丈夫なのか」と、怒りの電話がかかってきたぞ。

あんな焦げたトーストの写真を載せるなんて、プロとしての自覚はあるのか? 社内での僕の面子を潰す気か!?

今すぐあの投稿を削除して、まともな写真を上げ直せ!!』


「ひっ……!?」


莉乃の喉から、悲鳴が漏れた。

婚約者からの、容赦のない叱責。

フォロワーからの、冷ややかな視線。


すべてが、音を立てて崩れ去ろうとしていた。

「自分が天才だからバズっていた」という全能感が、たった一枚の自作写真によって、跡形もなく粉々に粉砕されたのだ。


「嘘……嘘よ……! こんなの、何かの間違いよ……!」


莉乃は慌てて、さっき投稿したトーストの写真を削除した。

だが、一度ネットの海に放たれた違和感は、すでにスクリーンショットを撮られ、掲示板や裏アカウントへと拡散され始めていた。


(どうしよう……どうしよう!! まともな写真なんて、私、撮れない……! お料理も作れない……!!)


莉乃は爪をギリギリと噛み、部屋の中を狂ったように歩き回った。

親指の甘皮から血が滲むのも構わず、スマートフォンを握りしめる。


今すぐ、誰もが息を呑むような、超一流の「映える写真」を用意しなければならない。

そうしなければ、航太に見限られる。企業から契約を切られる。フォロワーから偽物だと暴かれる。


自力で作る技術などない。

姉はもう、二度と助けてくれない。


追い詰められた莉乃の血走った視線が、スマートフォンの画面の上を、狂乱の勢いで滑った。


開いたのは、海外の画像共有アプリ『Pinterest』。

そして、海外の有名インテリアデザイナーや、料理系クリエイターたちのタイムライン。


画面に映し出されたのは――朝の澄んだ光の中、アンティークのリネンクロスの上に並べられた、焼きたてのクロワッサンと無花果のコンポート。

息を呑むほどハイセンスな、パリ在住の無名クリエイターが投稿した一枚の写真。


莉乃の指先が、その画像の上でピタリと止まった。


その瞳の奥に宿ったのは、理性を取り戻した光などではなかった。

破滅の底なし沼へと自ら身を投げる、最後の、そして最悪の悪魔の囁き。


「……あ」


莉乃の唇が、引き攣ったように吊り上がった。


「これ……ちょっとトリミングして、色味を少し明るく変えれば……誰にも、バレないよね……?」


自力での創作を完全に放棄した搾取者が、ついに踏み越えてはならない最後の一線――『パクリへの逃走』へと、その手を伸ばした瞬間だった。

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