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7、国道で寝てたら人生終わったと思ったら始まった件〜黒糖飴を奪い返したら大富豪に拾われた〜第7章 優しさの続きを  作者: Nao9999


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第179話「渡せなかった理由」

一枚の写真と、一枚の古い手紙。


そこには、優斗が知らなかった「あの日」の記憶が残されていました。


なぜ老人は靴を残したのか。


なぜ、それを優斗に渡す必要があったのか。


優斗は、その答えを知るために、もう一度あの日のことを思い返します。

「……渡してやってくれ」


優斗は、何度もその言葉を読んだ。


古い紙。


薄くなった文字。


何度も触れられたのだろう。


紙の端は少し丸まっている。


「店主さん」


「ん?」


「この手紙……」


優斗は言葉を選んだ。


「本当に、俺に向けたものなんでしょうか」


店主はすぐには答えなかった。


しばらく手紙を見つめてから、


「分からない」


そう答えた。


「でもな」


店主は続けた。


「親父がこの手紙を残した理由なら、少し分かる気がする」


「……何ですか?」


店主は、店の奥にある古い棚を見た。


「あの人は、昔から変わった人だった」


「老人が?」


「ああ」


店主は小さく笑った。


「金持ちなのか、そうじゃないのかも分からない。服装も、その時によって全然違った」


優斗は黙って聞いていた。


「でも、一つだけ変わらなかった」


「何が?」


「人を見る目だ」


優斗の胸が、わずかに締まった。


あの日の老人の目。


自分を見ていた目。


何も言わず、ただこちらを見ていた。


「親父が言ってたよ」


店主は続けた。


「『あの人は、靴を売るんじゃない。靴が必要な人を見つけに来てるんだ』って」


「……」


優斗は足元を見る。


靴。


それは、ただ歩くためのものだと思っていた。


でも。


人生の中で、歩けなくなる瞬間はある。


金がない。


行く場所がない。


自信がない。


誰にも頼れない。


そんな時。


たった一足の靴があれば、


もう一歩だけ歩けることがある。


「……だから、この店だったんですか」


優斗が言った。


店主は頷いた。


「たぶんな」


「老人は、ここで誰かを助けていた?」


「俺が知ってる限りでは、何人もいる」


「何人も……」


「でも、親父は名前を聞かなかったらしい」


「どうして?」


「『名前を聞いたら、恩返しを期待してしまうから』って」


優斗は黙った。


それは、あの老人らしい気がした。


誰かに何かを与えても、


「返してくれ」


とは言わない。


ただ、


次の誰かへ渡せ。


そんな人だったのかもしれない。


「じゃあ……」


優斗は古い手紙を見た。


「俺も、その一人だったんですか?」


店主は首を横に振った。


「違う」


「……え?」


「お前の場合は、少し違うと思う」


「どういう意味ですか?」


店主は、写真を手に取った。


そして裏側を見る。


「この文字が書かれたのは、お前がここへ来るよりずっと前だ」


優斗は息を止めた。


「じゃあ……」


「たぶん、お前を特定していたわけじゃない」


「……」


「ただ、いつか誰かがここに来ることを知っていた」


優斗は眉を寄せた。


「そんなこと……」


言いかけて、止まった。


老人は未来を予言したわけではない。


そんな話ではない。


きっと。


誰かが困ってここへ来る。


誰かが靴を必要とする。


誰かが、もう一度歩き出す。


その「誰か」を待っていた。


それだけなのかもしれない。


「……じゃあ、俺じゃなくてもよかったんですね」


優斗は苦笑した。


すると店主が言った。


「それは違う」


「え?」


「お前だったから、渡せなかったんじゃないか」


「……」


「だから、後になった」


優斗は意味が分からなかった。


店主は、ゆっくりと倉庫へ向かった。


「ちょっと待ってろ」


「何かあるんですか?」


「ああ」


しばらくして戻ってきた店主の手には、小さな箱があった。


古い靴箱。


蓋を開ける。


中には――


一足の靴が入っていた。


優斗は息を呑んだ。


見覚えがある。


「……これ」


「あの日、お前に渡せなかった靴だ」


優斗は、しばらく動けなかった。


以前、店主から渡されたものと同じ。


いや。


正確には――


あの日、渡されなかったもの。


それが、今ここにある。


「どうして……」


店主は答えなかった。


ただ、靴の中を指差した。


優斗が覗き込む。


そこには、小さく文字が書かれていた。


――


『歩けるようになったら、誰かの隣を歩いてやってくれ』


優斗の目が揺れた。


「……老人が?」


店主は首を振った。


「親父の字だ」


「……」


老人ではない。


店主の父。


つまり、この言葉は老人から直接残されたものではない。


それでも。


なぜか優斗には分かった。


この言葉は、あの日から続いている。


誰かから受け取ったものを、


また誰かへ渡す。


その繰り返し。


黒糖飴も。


靴も。


言葉も。


優しさも。


優斗は靴を見つめた。


自分は、あの日。


人生が終わったと思っていた。


でも。


本当は。


誰かにもう一度歩き出すきっかけをもらった。


そして今。


自分は、何人もの人と出会ってきた。


知らない人。


店主。


子供。


父。


灯。


そして、老人。


「……店主さん」


「ん?」


「この靴、俺がもらってもいいですか?」


店主は笑った。


「やっと聞いたな」


「……え?」


「ずっと、お前に渡すつもりだった」


優斗は靴を受け取った。


重くはない。


なのに。


不思議なくらい重かった。


その重さは、


物の重さではなかった。


誰かが歩いてきた時間。


誰かが残した想い。


誰かから誰かへ渡ってきた優しさ。


その全部が、


一足の靴の中に詰まっているようだった。


優斗は靴を抱えた。


「……ありがとうございます」


店主は何も言わなかった。


ただ、


「今度は、お前が決めろ」


そう言った。


「何を?」


「その靴を、どこまで持っていくのか」


優斗は顔を上げた。


店の外では、国道を車が走っている。


あの日と同じ音。


けれど。


あの日とは違う。


優斗は靴箱を持って、店を出た。


夕方の風が吹く。


ロードバイクの横に靴箱を置く。


そして、国道を見る。


「……老人」


小さく名前のない人を呼ぶ。


返事はない。


当然だ。


それでも。


優斗は少しだけ笑った。


「俺、もう少し歩いてみます」


その言葉を残して、


優斗はロードバイクを押した。


国道の向こうへ。


あの日とは違う足取りで。


そして――


靴箱の底に、


もう一枚、小さく折り畳まれた紙が入っていることには、


まだ気づいていなかった。

今回、靴に込められていた意味を少しだけ明らかにしました。


老人が残したもの。


店主の父が残したもの。


そして、優斗が受け取ったもの。


それは、物そのものではなく「次の誰かへ渡していくもの」なのかもしれません。


そして最後に、まだ一枚の紙が残っています。


あの日から続いてきた物語は、もう一段深いところへ進みます。

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