第203話 届くように残したもの
会いたい人が、どこにいるのか分からない。
そんなとき、できることは限られているのかもしれません。
それでも、何もせずに諦めるのではなく、いつか思いが届くように、小さな準備をしておくことはできます。
人を探すというのは、ただ歩き回ればいいというものでもない。
優斗は自転車を走らせながら、そんなことを考えていた。
老人に会いたい。
それは、もう決まっている。
けれど、どこにいるのかも分からない相手を、やみくもに探しても、すぐに見つかるとは限らなかった。
会えなかったら、どうするのか。
その答えを、今の優斗は持っていない。
ただ、何もできないと決めつけるのも違う気がした。
優斗はペダルを踏む足を緩めた。
「……もう一度、店主さんに相談してみよう」
老人と先代をつなぐものがあるとすれば、あの靴屋も、その一つだ。
写真を見せてもらった店。
先代の息子である店主が、父親の残したものを守っている場所。
そこへ行けば必ず老人に会える、というわけではない。
それでも、自分一人で考えているより、できることがあるかもしれなかった。
優斗は進路を変えた。
*
「こんにちは」
「おう、優斗君。今日はどうした?」
店主は作業台から顔を上げた。
「少し、相談したいことがあって」
「相談?」
優斗はうなずいた。
「もし、あの人がまたこの店に来たら、僕に連絡をもらうことってできますか?」
店主は、すぐには答えなかった。
優斗の顔を見てから、ゆっくりと口を開いた。
「もちろん、来たことが分かれば知らせるよ。ただ、いつ来るかは私にも分からない」
「はい。それは分かっています」
優斗は慌てて首を振った。
「すぐに会いたいから、何とかしてほしいということじゃないんです。いつか来たときに、僕が探していることを伝えてもらえたらと思って」
「なるほどな」
店主は小さくうなずいた。
「連絡先を教えておいてくれれば、そうするよ」
「ありがとうございます」
優斗は連絡先を伝えた。
それだけだった。
老人の居場所が分かったわけでもない。
いつ会えるのか、約束ができたわけでもない。
それでも、何もせずに待っているのとは少し違った。
自分が会いたいと思っていることを、相手に届くかもしれない形にして残せた。
「……これで、一つできました」
優斗がそう言うと、店主は少し不思議そうな顔をした。
「一つ?」
「はい。会えるかどうかは分からないけど、会えたときにつながるものが一つできたので」
店主は、しばらく優斗を見ていた。
やがて、口元を緩めた。
「君らしい考え方だな」
「そうですか?」
「ああ。答えを急ぐより、できることを一つずつやる。悪くないと思うよ」
優斗は照れくさそうに笑った。
「僕も、そうできたらいいなと思っています」
店主は、作業台の上に置いてあった靴へ視線を戻した。
「私も、父のことを知りたいと思っている。けれど、分からないことを全部、今すぐ知ることはできないからね」
「はい」
「だから、何か分かったら教えてくれ。私も、あの人が来たら君のことを伝えておく」
「お願いします」
優斗は、深く頭を下げた。
*
店を出ると、空は少し明るくなっていた。
優斗は自転車のそばで立ち止まり、店の看板を振り返った。
ここに、老人の写真が残されていた。
その写真を残した先代の思いは、まだ分からない。
老人が今、どこで何をしているのかも分からない。
けれど、分からないからといって、すべてを諦める必要はなかった。
できることをする。
誰かの言葉を待つ。
そして、いつか話を聞ける機会が訪れたら、そのときはきちんと耳を傾ける。
それでいい。
優斗はポケットに手を入れた。
そこに、黒糖飴が入っているわけではない。
それでも、あの日にもらった一粒が、自分の中に残してくれたものは、今も消えていなかった。
誰かが声をかけてくれた。
その出会いが、自分をここまで連れてきてくれた。
だから今度は、自分からも一歩を踏み出したかった。
「……また来ます」
誰に聞かせるでもなく、優斗はつぶやいた。
それから、自転車にまたがった。
探している人に、まだ会えるとは限らない。
けれど、会いたいと思っていることを、届く場所に残すことはできた。
小さな一歩だった。
それでも、何もできないと思っていた昨日より、確かに前へ進んでいた。
優斗は、まだ老人に会えていません。
それでも、会いたいという気持ちを、自分の中だけにとどめず、届くかもしれない形にしました。
出会いは、いつも自分の思いどおりに訪れるわけではありません。
だからこそ、訪れたときに、その出会いを大切にできるように。




