第175話 覚えてくれていた人
「また会えたね。」
その一言だけで、人は少しだけ救われることがあります。
国道には、そんな再会がよく似合います。
昼過ぎの国道。
少し強めの風が、街路樹の葉を揺らしていた。
優斗はロードバイクを押しながら歩いている。
急ぐ予定はない。
こうして歩いていると、人の表情がよく見える。
コンビニの前まで来た時だった。
「優斗くん。」
聞き慣れた声に振り向く。
店長だった。
「こんにちは。」
「ちょっと手伝ってくれない?」
店の入口に、飲み物の入った段ボールが積まれている。
「もちろん。」
二人で運び終えると、店長が笑った。
「助かった。」
「これくらい。」
優斗が手を払うと、店長がふと思い出したように言う。
「そうだ。」
「うん?」
「この前、君が助けた高校生。」
ロードバイクの少年だ。
「さっき寄ってたよ。」
「え?」
「工具、ちゃんと使えるようになったって嬉しそうだった。」
優斗は思わず笑った。
「あいつらしいな。」
「それだけじゃない。」
店長はレジの方を見ながら続ける。
「パンクした自転車のおじさんを助けたらしい。」
胸が少し熱くなる。
「そう。」
「『教えてもらったから』って。」
その言葉を聞いた瞬間、老人の姿が浮かんだ。
教えてもらったから。
あの日、自分も同じだった。
店を出ると、国道の向こうから一台のロードバイクが近付いてきた。
「あ!」
高校生だった。
ブレーキを掛けて止まる。
「お兄さん!」
「噂してたところ。」
「え?」
店長が笑いながら手を振る。
高校生は照れくさそうに頭をかいた。
「この前、本当に助けられた人がいて。」
「うん。」
「直せた。」
その一言に、優斗は頷いた。
「よかった。」
高校生はバッグを開ける。
中には以前より少し立派な工具が入っていた。
「毎日持ってます。」
「もう習慣です。」
習慣。
その言葉に優斗は笑う。
「いい習慣だ。」
高校生は少し真面目な顔になった。
「実は。」
「うん?」
「そのおじさんに言われたんです。」
「何て?」
『君は誰かに助けてもらった顔をしてる』って。」
優斗は息を止めた。
不思議な言葉だった。
でも、よく分かる。
助けられた人には、どこか同じ温度がある。
高校生は照れながら笑う。
「その時、お兄さんのこと思い出しました。」
「俺?」
「はい。」
「だから。」
少し間を置く。
「今度は俺が誰かを助けようって。」
優斗は何も言えなかった。
嬉しかった。
あの日の老人も、こんな気持ちだったのだろうか。
別れ際、高校生が振り返る。
「また国道で!」
「また。」
その言葉が自然に返ってきた。
夕方。
家へ帰ると、拓海が庭で植木へ水をやっていた。
「おかえり。」
「ただいま。」
ホースを止めた拓海が笑う。
「今日はいい顔してる。」
「そう?」
「うん。」
優斗は少し考えてから答えた。
「覚えてくれてた人がいた。」
拓海は頷く。
「それは嬉しいな。」
「うん。」
優斗は玄関へ並んだ靴を見つめた。
人は、誰かに覚えていてもらえるだけで前へ進めることがある。
あの日の老人も。
母も。
靴屋の店主も。
今まで出会った人たちも。
誰一人、忘れていなかった。
国道は今日も変わらず続いている。
だからきっと、また会える。
優斗はそう信じて、静かに笑った。
第175話を読んでいただきありがとうございます。
今回は「一度きりの出会いが、縁になっていくこと」を描きました。
優斗から高校生へ、高校生からまた別の誰かへ。
特別な力ではなく、教えてもらった優しさが受け継がれていくことこそ、この物語が描きたい景色です。
第7章では、この繋がりをさらに丁寧に積み重ねながら、ラストへ向かう大切な伏線を結んでいきます。




