第174話 受け取った笑顔
優しさは、渡した人より先に忘れられることがあります。
でも、受け取った人の笑顔だけは、どこかで誰かを支え続けているのかもしれません。
昼下がり。
優斗は国道沿いの歩道をゆっくり歩いていた。
雲が流れるたびに日差しが柔らかくなる。
「今日は静かだな。」
車は走っている。
それでも、国道には静かな日がある。
そんな日は、人の声がよく聞こえる。
「あれ?」
前の方で、小さな男の子が立ち止まっていた。
ランドセルを背負い、何度も後ろを振り返っている。
「どうした?」
優斗が近付くと、男の子は少し恥ずかしそうに言った。
「妹とはぐれた。」
「名前は?」
「さくら。」
「何歳?」
「五歳。」
慌てるより先に、優斗は周りを見渡した。
泣き声はしない。
人も少ない。
「一緒に探そう。」
男の子は力強く頷いた。
歩道を少し戻る。
横断歩道の近くまで来た時、小さな女の子がしゃがみ込んでいるのが見えた。
「あっ!」
男の子が走り出す。
「さくら!」
女の子は顔を上げるなり泣き出した。
「おにいちゃん……。」
男の子は安心したように笑う。
「よかった。」
その姿を見て、優斗も胸を撫で下ろした。
ちょうどそこへ、お母さんが息を切らして駆け寄ってきた。
「ごめんね!」
兄妹を抱き締める。
何度も頭を下げながら、優斗へ向き直った。
「本当にありがとうございました。」
「無事なら、それで。」
優斗が笑うと、お母さんも少しだけ笑顔になった。
兄妹が帰ろうとした時、男の子が振り返る。
「お兄さん!」
「うん?」
ランドセルのポケットをごそごそ探る。
小さな飴を取り出した。
「これ。」
優斗は思わず目を丸くした。
黒糖飴だった。
「おばあちゃんがね。」
男の子は照れながら笑う。
「困ってる人がいたら分けなさいって。」
優斗はしばらく言葉が出なかった。
「ありがとう。」
両手で受け取る。
包み紙の感触が懐かしかった。
兄妹は手を繋いで歩いていく。
その後ろ姿が、夕日に少しずつ溶けていった。
優斗はベンチへ腰を下ろす。
手の中には、さっき受け取った黒糖飴。
「母さん。」
小さく呟く。
「また増えた。」
減るばかりだと思っていた優しさは、いつの間にか誰かから返ってくるようになっていた。
老人がくれた一粒。
母が残してくれた一粒。
そして今日、兄妹から受け取った一粒。
全部、同じ味だった。
甘さは変わらない。
でも、その意味だけが少しずつ増えていく。
優斗は包み紙をそっとポケットへ戻した。
立ち上がる。
国道の風が背中を押した。
歩きながら思う。
恩返しって、きっとこういうことなんだ。
誰かを助けたから返ってくるんじゃない。
優しさが巡って、また誰かの手へ届くことなんだ。
その巡り道は、今日も国道の上で静かに続いていた。
第174話を読んでいただきありがとうございます。
今回は、優斗が黒糖飴を渡す側から、再び受け取る側になる一話でした。
「困っている人がいたら分けなさい」という想いが、家族から家族へ、そして優斗へ繋がることで、黒糖飴が優しさの象徴であり続けることを描いています。
第7章では、この積み重ねを大切にしながら、ラストへ向かう伏線を一つずつ丁寧に結んでいきます。




