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7、国道で寝てたら人生終わったと思ったら始まった件〜黒糖飴を奪い返したら大富豪に拾われた〜第7章 優しさの続きを  作者: Nao9999


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第196話 手を動かす理由

答えが見つからないときでも、できることはあります。


優斗は、先代が残した靴を前に、考えるだけではなく、自分の手でできることを始めます。

 翌朝。


 優斗は、いつもより少し早く家を出た。


 空気はまだ冷たく、国道を走る車の音も、朝の静けさの中ではっきりと聞こえる。


 ロードバイクを押しながら、優斗は靴屋へ向かっていた。


 昨夜、考えていたことがある。


 先代が残した靴を、誰に渡すべきなのか。


 その答えは、まだ見つかっていない。


 けれど、答えが出ないからといって、何もできないわけではなかった。


「……まずは、できることから、か」


 父の言葉を思い出し、優斗は小さく頷いた。


     *


「おはようございます」


 店に入ると、店主が作業台の前で顔を上げた。


「おう。今日は早いな」


「ちょっと、お願いがあって」


「お願い?」


 優斗は店の奥にある靴箱を見た。


「先代が残した靴なんですけど……手入れを手伝わせてもらえませんか」


 店主は、すぐには答えなかった。


「手入れか」


「はい。誰に渡すのかは、まだ分かりません。でも、必要な人に出会ったとき、すぐに渡せるようにしておきたいんです」


 優斗は少しだけ言葉を切った。


「それに、ただ箱に入れておくだけじゃ、何も変わらない気がして」


 店主は優斗を見つめ、それから静かに笑った。


「分かった。じゃあ、まずは状態を確かめよう。勝手に磨いたり、薬品を使ったりするのは駄目だぞ。革によって手入れの仕方も違うからな」


「はい」


 店主が靴箱を作業台の上に置いた。


 蓋を開けると、そこには大切に保管されてきた靴があった。


 優斗は、すぐに手を伸ばさなかった。


「触る前に、何か確認することはありますか?」


「あるさ。革の状態、縫い目、底の減り方。それから、どこか傷んでいないか。見た目だけで判断するなよ」


「分かりました」


 店主の説明を聞きながら、優斗は一つずつ確認していった。


 靴を持ち上げるときも、必要以上に力を入れない。


 表面を確かめるときも、傷をつけないように慎重に触れる。


 誰かに渡すための靴。


 そう考えると、いつもの自分の靴とは違う重さがあるように感じた。


 いや、靴そのものが重いわけではない。


 その先にいる、まだ顔も知らない誰かのことを考えているからだろう。


「どうだ?」


 店主に尋ねられ、優斗は靴を見つめたまま答えた。


「大切に扱われてきたんだな、と思います」


「そう見えるか」


「はい。だからこそ、俺も雑には扱いたくないです」


 店主は何も言わず、作業台の上に手入れの道具を並べた。


「じゃあ、できるところからやってみよう」


     *


 しばらくの間、二人は作業を続けた。


 店主が状態を確認し、優斗が教わったことを手伝う。


 派手な作業ではない。


 何かが劇的に変わるわけでもない。


 ただ、目の前にあるものを丁寧に扱い、次に使う人が困らないように整えていく。


 その繰り返しだった。


 優斗はふと、手を止めた。


「店主さん」


「ん?」


「こういう仕事って、誰かが見ていなくても、ちゃんとやるものなんですね」


「当たり前だろ」


 店主は手元から目を離さずに答えた。


「履く人は、作業しているところを見ているとは限らないからな」


「……そうですよね」


「見えないところを雑にしておいて、見えるところだけきれいにしたって、意味がない」


 その言葉に、優斗は頷いた。


 誰かに褒められるためではない。


 誰かに恩を返してもらうためでもない。


 相手がいつ、どこで、自分のしたことを知るのかさえ分からない。


 それでも、手を抜かない。


 優斗は、作業台の上の靴を見た。


 自分が国道で老人と出会ったときも、そうだったのかもしれない。


 あの老人が、その後の自分の人生を変える存在になるなんて、考えてもいなかった。


 ただ、大切なものを奪われている人がいた。


 だから、手を伸ばした。


 その行動が何につながるのかは、後になって初めて分かった。


「……俺も、そういうふうにできたらいいな」


 優斗が呟くと、店主が顔を上げた。


「何か言ったか?」


「いえ。独り言です」


「そうか」


 店主は、それ以上聞かなかった。


 優斗は少し笑い、再び手を動かした。


     *


 昼が近づいた頃、手入れの確認がひと区切りついた。


 優斗は道具を片づけ、靴を元の場所へ戻した。


 まだ、誰に渡すのかは分からない。


 写真に書かれた言葉の意味も、老人が何を考えていたのかも分からない。


 それでも、靴は昨日より少しだけ、次の一歩を待てる状態になった。


「ありがとうございました。勉強になりました」


「まだ始めたばかりだぞ」


「はい。でも、何も知らないまま考えているより、実際にやってみて分かることもあるんだなって」


「そりゃそうだ。頭の中だけじゃ分からんこともある」


 店主は道具を片づけながら続けた。


「ただし、分かったつもりになるなよ。自分でできることと、できないことを知るのも大切だからな」


「はい」


 優斗は、その言葉を胸に刻んだ。


 何かをしたからといって、相手のことを理解できたわけではない。


 手入れをしたからといって、靴を渡すべき人が分かったわけでもない。


 それでも、今日の時間は無駄ではなかった。


 分からないことを無理に決めず、分かることを少しずつ増やしていく。


 今の自分にできるのは、そういうことなのだろう。


     *


 店を出る前、優斗は一度だけ振り返った。


 作業台の向こうに、店主の姿がある。


 その奥には、先代が残した靴箱が置かれていた。


 あの写真に写っていた老人。


 黒糖飴を持った子へ、という言葉。


 そして、靴を渡してやってくれ、と残された手紙。


 それらが、どこでつながっているのか。


 優斗はまだ知らない。


 けれど、今はそれでいいと思えた。


 答えを急ぐのではなく、答えに出会ったときに、それを受け止められる自分でいたい。


「また来ます」


「おう。気をつけてな」


 優斗は店を出た。


 国道には、いつものように車が走っている。


 ロードバイクのハンドルを握り、歩き始める。


 昨日と同じ道。


 昨日と同じ景色。


 けれど、優斗の中には、小さな変化があった。


 誰かのためにできることは、答えを見つけることだけではない。


 その日が来るまで、準備をしておくこともできる。


 見えない誰かのために、今できることを丁寧に積み重ねる。


 その積み重ねが、いつか誰かの足元を支える日が来るかもしれない。


 優斗は前を向いた。


 まだ知らない誰かに出会う、その日まで。


 今日できることを、今日のうちに。


 小さな一歩を、また一つ重ねていった。

お読みいただきありがとうございます。


誰かのために何かをしたいと思ったとき、すぐに答えが見つかるとは限りません。


それでも、目の前にあることを丁寧に積み重ねることはできます。


優斗が手入れをした靴を、いつか本当に必要とする人へ渡せるように。


そして、古い写真と手紙に残された思いを、焦らず物語の中でつないでいきます。

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