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7、国道で寝てたら人生終わったと思ったら始まった件〜黒糖飴を奪い返したら大富豪に拾われた〜第7章 優しさの続きを  作者: Nao9999


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第193話 渡す相手を決めないまま

誰かのために何かをしたい。


その気持ちは大切です。


けれど、相手が本当に望んでいることを考えるのも、同じくらい大切なのかもしれません。


優斗は、靴屋に残された問いと向き合います。

翌朝。


 優斗は、机の上に置いた黒糖飴をしばらく眺めていた。


 昨夜、拓海と話したことが頭に残っている。


 誰かから受け取った優しさは、必ずしも同じ人に返さなくてもいい。


 会えなくなった人もいる。


 もう一度会えるかどうか分からない人もいる。


 それでも、受け取ったものを自分のところで終わらせなければいい。


「……簡単そうで、難しいな」


 優斗は苦笑した。


 優しさを次の誰かへ渡す。


 言葉にすれば簡単だ。


 けれど、誰かのために何かをするとき、本当に相手が望んでいることなのか、自分の思い込みではないのか、考えることも必要なのだろう。


 自分がよかれと思ってしたことが、必ず相手のためになるとは限らない。


 だからこそ、相手の気持ちを知ろうとすることを忘れたくなかった。


 優斗は黒糖飴をポケットにしまい、玄関へ向かった。


 靴を履きながら、ふと、あの靴屋のことを思い出した。


 店の奥に置かれた靴箱。


 先代が残した手紙。


 そして、まだ答えを出せずにいる問い。


 あの靴を、誰に渡すべきなのか。


 考えれば考えるほど、分からなくなる。


 誰かのために用意されたものなら、その人に渡せばいい。


 そう思うのは簡単だった。


 けれど、今の優斗には、その考えだけでは足りない気がしていた。


 靴を受け取る人が、本当にそれを必要としているのか。


 受け取ることで、その人の気持ちが少しでも軽くなるのか。


 それとも、渡したいと思っている自分の気持ちを、相手に押しつけることになるのか。


 答えは、まだ見つからなかった。


 優斗は家を出た。


 国道沿いを歩きながら、ロードバイクのハンドルを握る。


 目的地は、あの靴屋だった。


     *


「いらっしゃい」


 店に入ると、店主が顔を上げた。


「おはようございます」


「おう。今日はどうした?」


「ちょっと、聞きたいことがあって」


 店主は手元の作業を止めた。


「この前の靴のことか?」


「はい」


 優斗は少し迷ってから、言葉を続けた。


「あの靴って、やっぱり誰かに渡すために残されていたんですよね」


「そう考える理由はあるな」


「でも、誰に渡せばいいのか分からなくて」


 店主はすぐには答えなかった。


 店の中には、革の匂いと、道具を置く小さな音だけがあった。


「優斗」


「はい」


「お前は、どうしてその靴を渡したいんだ?」


 思いがけない質問だった。


「どうしてって……。誰かのために残されたものなら、その人に渡したほうがいいと思うからです」


「その誰かが、どんな人間なのかも分からないのにか?」


「……はい」


「渡したら、その人は喜ぶと思うか?」


 優斗は口を閉じた。


 喜んでくれるかもしれない。


 困っていた人なら、助かるかもしれない。


 けれど、そうではない可能性もある。


 靴を必要としていない人に渡しても、相手を困らせるだけかもしれない。


「分かりません」


 正直に答えた。


「そうか」


 店主は頷いた。


「なら、今は分からないままでいいんじゃないか」


「でも、ずっと置いておくわけにも……」


「急いで渡すことが、必ずしも優しさとは限らないだろ」


 優斗は顔を上げた。


 店主は、いつもの穏やかな表情をしていた。


「渡すことばかり考えていると、渡さなきゃいけないって気持ちが先に立つことがある。そうなると、本当に必要としている相手のことが見えなくなる」


「……」


「大事なのは、靴を渡すことそのものじゃない。その靴を受け取る人が、どうなるかだ」


 優斗は、ゆっくりと息を吐いた。


 答えを教えてもらえたわけではない。


 それでも、胸の中にあった焦りが、少しだけほどけた気がした。


「じゃあ、まだ渡さなくてもいいんでしょうか」


「渡さないと決める必要もないさ」


「え?」


「今は、まだ渡す相手が分からない。それだけだろ」


 店主は小さく笑った。


「分からないことを、勝手に決まったことにしなくていい」


 その言葉に、優斗は目を伏せた。


 老人のことを思い出した。


 あの日、国道で出会った老人。


 自分は、あの人が何者なのかも知らなかった。


 何を考えていたのかも、何を背負っていたのかも知らなかった。


 それでも、目の前で大切な黒糖飴を奪われている姿を見て、手を伸ばした。


 あのとき、相手の人生を変えようなどとは考えていなかった。


 ただ、奪われたものを取り返したかった。


 それだけだった。


 けれど、その小さな行動が、自分の人生を変える出会いにつながった。


 もし、あの日の自分が、何か特別な意味があるはずだと考えていたら。


 老人が何者なのか、どんな見返りがあるのか、そんなことを先に考えていたら。


 果たして、同じように動けただろうか。


「……ありがとうございます」


 優斗は頭を下げた。


「礼を言われるようなことはしてないぞ」


「いえ。少し、分かった気がします」


「何がだ?」


「渡す相手を見つけることより、目の前にいる人をちゃんと見ることのほうが先なんだって」


 店主は、今度は何も言わずに笑った。


     *


 店を出ると、風が吹いていた。


 優斗はロードバイクを押しながら、国道沿いを歩いた。


 ポケットの中には、黒糖飴がある。


 靴屋には、まだ渡されていない靴がある。


 老人が残した言葉にも、まだ分からないことがある。


 どれも、すぐに答えが出るものではなかった。


 それでも、焦る必要はないのかもしれない。


 誰かに何かを渡すために、無理に相手を探す必要はない。


 今日出会った人に、自分ができることをする。


 相手が何を望んでいるのか、分からなければ話を聞く。


 自分の気持ちだけで決めつけず、相手の歩幅も考える。


 それもまた、優しさなのだろう。


 優斗は立ち止まり、空を見上げた。


 あの日、国道で目を覚ましたとき、自分の人生はもう終わったのだと思っていた。


 けれど、今は違う。


 まだ分からないことがある。


 まだ出会っていない人がいる。


 これから先、どんな出来事が待っているのかも分からない。


 それでも、歩いていくことはできる。


 誰かに何かをしてもらったから、その人に同じものを返さなければならないわけではない。


 受け取ったものを、別の誰かへ渡してもいい。


 ただし、渡すことだけを目的にしてはいけない。


 その先にいる人の気持ちを、忘れないように。


「……よし」


 優斗は、再び歩き始めた。


 靴を渡す相手は、まだ決まっていない。


 けれど、それでいい。


 決まっていないことを、無理に決めなくてもいい。


 いつか、その靴を必要とする人と出会うかもしれない。


 そのとき、自分に何ができるのかを考えればいい。


 優斗は、ポケットの上から黒糖飴にそっと触れた。


 母から受け取った記憶。


 老人から受け取った優しさ。


 そして、これまで出会った人たちから受け取ったもの。


 その一つ一つが、今の自分をつくっている。


 だからこそ、これから出会う人にも、きちんと向き合いたい。


 大きなことをしなくてもいい。


 人生を変えようと意気込まなくてもいい。


 目の前にいる人を見て、できることをする。


 その積み重ねの先に、何が生まれるのか。


 今はまだ、分からない。


 それでも優斗は、歩いていく。


 答えを急がずに。


 誰かの人生を、自分の都合で決めつけずに。


 そして、受け取った優しさを、次の誰かへつないでいくために。

お読みいただきありがとうございます。


優しさは、渡せばそれで終わりというものではないのかもしれません。


相手の気持ちを考えること。

答えを急がないこと。

そして、目の前の人と向き合うこと。


優斗がこれまでの出会いから受け取ってきたものを、これからも大切に描いていきます。

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