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7、国道で寝てたら人生終わったと思ったら始まった件〜黒糖飴を奪い返したら大富豪に拾われた〜第7章 優しさの続きを  作者: Nao9999


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第184話 受け継いだもの

受け取った優しさは、その場で答えを出さなくてもいい。


いつか誰かに渡せる日まで、自分の中に残っていく。


その意味を、優斗は少しずつ理解し始めていた。

「……ただいま。」


玄関を開ける。


返事はない。


それでも、優斗は靴を脱いだ。


家の中は静かだった。


靴箱を抱えたまま、部屋へ向かう。


そして、ふと思った。


この靴箱を持って帰るのは、これが初めてだった。


今までは、どこかへ持っていくためのものだった。


誰かに渡す。


誰かのために使う。


そんなことばかり考えていた。


けれど。


今日は違った。


ただ、持って帰ってきた。


優斗は靴箱をテーブルの上に置いた。


そして、その隣に一枚の紙を置く。


あの日、靴箱の底から見つかった紙。


『この靴を渡す人へ』


その文字を、もう一度見る。


何度読んでも、不思議だった。


誰が書いたのか。


どういう思いで書いたのか。


なぜ、この靴箱の中に残されていたのか。


分からない。


それでも。


書かれている言葉だけは、なぜか自分の中に入ってくる。


「……不思議だな。」


優斗は呟いた。


その時。


玄関の扉が開いた。


「ただいま。」


父だった。


「おかえり。」


優斗は振り返る。


拓海が部屋に入ってくる。


そして、テーブルの上に置かれた靴箱を見る。


「それ……まだ持ってたのか。」


「うん。」


「大事なものになったな。」


優斗は少し考えた。


「……大事っていうより。」


「ん?」


「預かってる感じ。」


拓海は黙った。


優斗は紙を手に取る。


「これも。」


「何だ?」


「靴箱の中に入ってた。」


拓海が紙を見る。


「読んでもいい?」


「うん。」


拓海は紙を受け取った。


ゆっくりと目を走らせる。


そして。


最後まで読み終えると、しばらく黙った。


「父さん?」


「……優斗。」


「うん。」


「これを書いた人は、誰かを救おうとしたんだろうな。」


優斗は少し驚いた。


「俺も、そう思った。」


「でも。」


拓海は紙を見つめたまま言った。


「救うっていうより……待つことを選んだんじゃないか。」


優斗は黙った。


「無理に歩かせなくていい。」


拓海が、その一文を指でなぞる。


「この言葉は、簡単そうで難しい。」


「……うん。」


「誰かが苦しんでいると、何とかしてあげたくなる。」


拓海は優斗を見る。


「父さんもそうだった。」


優斗の胸が、少しだけ詰まった。


「俺が……?」


「お前が小さい頃。」


拓海は笑った。


「転んだだけでも、すぐ手を出してた。」


「覚えてない。」


「だろうな。」


拓海は笑う。


「泣いてるお前を見て、父さんは何とか泣き止ませようとした。」


「……うん。」


「でも、お前は泣き止まなかった。」


「それは……」


「だから最後には、隣に座ってた。」


優斗は黙って聞いている。


「何もできなかった。」


拓海は少し照れたように笑った。


「ただ、隣に座ってただけだ。」


優斗は紙を見る。


そこに書かれている言葉と。


父の言葉が重なった。


「……それでよかったのかな。」


優斗が聞く。


拓海はすぐには答えなかった。


「少なくとも。」


少し間を置いてから、言った。


「俺は、それでいいと思ってる。」


優斗は笑った。


「そっか。」


「何だ?」


「いや。」


優斗は首を振る。


「俺が今考えてることって、昔からそんなに変わってなかったのかもしれないなって。」


拓海は何も言わない。


優斗は続ける。


「黒糖飴を取り返した時も。」


「……ああ。」


「あの人のことを放っておけなかった時も。」


「うん。」


「靴屋で、あの靴を渡せなかった時も。」


拓海が静かに頷く。


「全部、俺が何かをしてあげたかったんだと思う。」


そして。


優斗は紙を見る。


「でも今は、ちょっと違う。」


「どう違う?」


「その人が自分で歩けるようになるまで。」


優斗は言った。


「ただ、隣にいればいいんだと思う。」


拓海は優斗を見た。


その目に、少しだけ寂しそうな色が浮かんだ。


「……成長したな。」


「そうかな。」


「うん。」


拓海は笑う。


「父さんには、そう見える。」


その言葉が。


優斗の胸に静かに落ちた。


以前なら。


もっと何か言おうとしたかもしれない。


でも今日は。


それだけでよかった。


「ありがとう。」


優斗が言う。


拓海は少し驚いた顔をする。


「何だ、急に。」


「分からない。」


優斗は笑った。


「でも、言いたくなった。」


拓海は照れたように頭を掻いた。


「……そうか。」


それ以上は、何も言わなかった。


静かな時間が流れる。


窓の外から、車の音が聞こえてくる。


国道を走る車の音。


優斗は、その音を聞きながら思った。


あの日。


人生が終わったと思っていた。


あの場所で。


一人だった。


何も持っていないと思っていた。


でも。


違った。


黒糖飴をくれた老人。


母から受け取った記憶。


父との再会。


灯との時間。


靴屋で出会った人たち。


これまで出会ってきた、たくさんの人。


自分はずっと。


何かを失ってきたと思っていた。


けれど。


本当は。


受け取っていたのかもしれない。


ずっと。


誰かから。


少しずつ。


そして今。


その受け取ったものを。


自分も誰かへ渡していく。


それだけなのかもしれない。


優斗は、靴箱を見る。


「父さん。」


「ん?」


「この靴。」


「ああ。」


「いつか、誰かに渡すよ。」


拓海は笑った。


「そうしろ。」


「でも。」


優斗は続けた。


「その人が見つからなかったら?」


拓海は少し考えて。


「その時は、まだその時じゃないんだろ。」


優斗は笑った。


「……そっか。」


それでいい。


急ぐ必要はない。


答えを作る必要もない。


優しさは。


渡した瞬間に終わるものじゃない。


受け取った人の中で残って。


いつか別の誰かへ渡される。


その繰り返しの中で。


人は、誰かと繋がっていく。


優斗は紙を靴箱の中へ戻した。


そして。


蓋を閉じた。


「いつか。」


小さく呟く。


「必要な人に渡せますように。」


その言葉を聞いた拓海は。


何も言わずに笑っていた。


窓の外では。


今日も車が走っている。


あの日と同じ道。


同じ音。


けれど。


優斗が見ているものは、もう違っていた。


人生は。


終わったと思った場所からでも。


また始めることができる。


誰かから受け取ったものを。


次の誰かへ渡しながら。


優斗は、静かにその日を待つ。


靴箱の中に残された一足が。


いつか誰かの一歩になる、その日を。

第183話を読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、181話で見つかった言葉を、優斗自身の過去と父・拓海との関係へ繋げました。


優斗が今になって突然「優しくなった」のではなく、これまで出会ってきた人たちとの積み重ねが、今の優斗を作っている。


そして、優斗自身もまた、誰かから受け取ったものを次の誰かへ渡していく。


この物語の最初から続いている「出会いが人生を変える」という軸を、もう一度静かに確認する回です。

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