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7、国道で寝てたら人生終わったと思ったら始まった件〜黒糖飴を奪い返したら大富豪に拾われた〜第7章 優しさの続きを  作者: Nao9999


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第183話 渡す日まで

優しさは、すぐに誰かを救うとは限らない。


ただ、いつか必要になる日まで、そっと残っていることがある。


第183話です。

朝。


優斗は、いつものようにロードバイクを押していた。


その横には、古い靴箱。


昨日までなら、少し重く感じていたかもしれない。


けれど今日は違った。


中に入っている靴の重さではない。


あの紙の言葉が、ずっと頭に残っていた。


――その時まで、隣にいてやってほしい。


優斗は足を止めた。


国道を走る車の音が、遠くへ流れていく。


「……隣にいる、か。」


誰かを助ける。


誰かを救う。


そういう言葉なら、以前の自分にも分かった。


困っている人を見つけたら手を差し出す。


泣いている人がいたら声を掛ける。


失くしたものを一緒に探す。


でも。


隣にいるというのは、少し違う。


相手が歩き出すまで。


相手が自分で決められるようになるまで。


何もできない時間さえ、一緒にいる。


それは、思っていたよりずっと難しいことだった。


「優斗。」


後ろから声がした。


振り返る。


灯だった。


「おはよう。」


「おはよう。」


灯は靴箱を見る。


「まだ持ってるんだ。」


「うん。」


優斗は笑った。


「捨てられなくて。」


「捨てる必要ないんじゃない?」


「……そうかな。」


灯は少し考えてから言った。


「だって、それは誰かに渡すための靴なんでしょ?」


「そう。」


「だったら、今は優斗が持ってればいい。」


その言葉に、優斗は黙った。


「渡せる人が見つかるまで。」


灯は続ける。


「待っててもいいんじゃない?」


優斗は靴箱へ目を落とした。


「でもさ。」


「うん。」


「いつ見つかるか分からない。」


「分からないね。」


「何年先かもしれない。」


「そうかも。」


「それでも?」


灯は笑った。


「それでも。」


短い答えだった。


でも、それで十分だった。


優斗は少しだけ笑う。


「……灯って、たまに強いよな。」


「たまに?」


「いや。」


優斗は首を振る。


「結構。」


「今さら?」


灯が笑う。


その笑顔を見て、優斗も笑った。


国道を風が抜ける。


二人の間を、何台もの車が通り過ぎていく。


誰も、二人が何を話しているのか知らない。


それでいい。


すべての優しさが、大きな意味を持つ必要なんてない。


誰かに知られなくてもいい。


名前を残さなくてもいい。


ただ、その人がいつか歩き出せたなら。


それだけでいい。


優斗は靴箱を抱え直した。


「行こう。」


「どこへ?」


「……分からない。」


灯が笑う。


「じゃあ、いつものところ?」


「うん。」


二人は歩き出した。


国道沿いの道。


あの日、優斗が人生の終わりだと思っていた場所。


今は違う。


同じ道なのに。


見える景色が違っている。


少し歩いたところで、優斗は立ち止まった。


「灯。」


「なに?」


「俺、昔はさ。」


「うん。」


「誰かを助けたら、それで終わりだと思ってた。」


灯は黙って聞いている。


「ありがとうって言われたら、それで終わり。」


優斗は続けた。


「でも違ったんだな。」


「何が?」


「助けるって、終わらせることじゃないんだと思う。」


灯が優斗を見る。


「その人が、自分で歩けるようになるまで。」


優斗は靴箱を見る。


「そこまでの時間も含めて、隣にいることなんだと思う。」


灯は何も言わなかった。


ただ、優斗の隣を歩いた。


それだけだった。


しばらくして、優斗はポケットに手を入れた。


指先に、飴の感触が触れる。


黒糖飴。


包み紙の小さな音。


優斗は取り出さなかった。


ただ、その存在を確かめるように握った。


あの日。


老人から受け取った一粒。


母から残された記憶。


そして、今まで出会ってきた人たちから受け取ったもの。


全部が、少しずつ繋がっている。


優斗は思った。


優しさは、誰かを自分のところへ連れてくることじゃない。


その人が、自分の足で行きたい場所へ行けるように。


必要なら、隣を歩く。


必要がなくなったら、離れる。


そしてまた、誰かが必要とした時には手を差し出す。


それでいい。


国道の先に、朝の光が差していた。


優斗は靴箱を抱えたまま、その光へ向かって歩く。


まだ、この靴を渡す相手は決まっていない。


でも。


焦る必要はなかった。


渡すべき人が現れた時。


その人が歩き出すために、この靴が必要なら。


その時に渡せばいい。


それまでは。


持っていればいい。


隣にいればいい。


優斗は前を向いた。


「……いつか、ちゃんと渡せるといいな。」


灯が隣で答える。


「うん。」


それだけだった。


でも、その「うん」は。


優斗には、なぜかとても温かかった。


二人の足音が、国道の歩道に重なる。


一つだった足音が。


いつの間にか、二つになっている。


そしてその先には。


まだ見えない誰かの足音が、きっと待っている。


優斗は歩いた。


急がず。


立ち止まることも恐れず。


誰かが自分の足で歩き出せる、その日まで。


優しさを抱えたまま。


静かに、歩き続けた。

第183話を読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、182話で見つかった「その人が自分の足で歩き出せるまで、隣にいる」という言葉を、優斗自身が少しずつ理解していく回にしました。


黒糖飴や靴を、単なる「誰かを助けるための道具」にせず、これまで優斗が受け取ってきた優しさそのものとして繋げています。


そして、この靴を誰に渡すのか。


焦って答えを出すのではなく、必要な人が現れるまで待つこともまた、優しさなのかもしれません。


物語は、少しずつ終盤へ向かっていきます。

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