第4話:冷たい麦茶と、おおきなおにぎり
旦那さんを仕事へ送り出し、午前中の家事をひと通り終えたところで、結は台所に立った。
一人の昼ご飯は簡単に済ませようと、おひつの残りご飯を大きめのおにぎりにする。梅干しを真ん中に押し込んで、海苔をくるりと巻いた。冷蔵庫からガラスのピッチャーを取り出し、冷たい麦茶をコップに注ぐ。
ちゃぶ台におにぎりと麦茶を置き、結は部屋の隅にあるテレビの前へと歩いた。
画面の下にある大きなダイヤルを「ガチャガチャ」と力を込めて回し、チャンネルを合わせる。パチン、と電源のつまみをひねると、しばらくしてブラウン管がじわじわと明るくなり、オリンピックの柔道の試合が映し出された。
ちゃぶ台に戻り、おにぎりを一口 頬張る。
テレビの中では日本選手が快進撃を続けていて、解説者の興奮した声が響いている。
(もう少し、音を小さくしようかしら)
そう思った瞬間、結は無意識に、右手の親指を小さく上へ動かしていた。
手にはおにぎりしか握られていない。
(……今、私、何をしようとしたのかしら)
座ったままテレビの音量を変えられるわけがないのに、なぜか手元で何かを操作しようとした自分の指の動きに、奇妙な引っかかりを覚える。結は小さく首を傾げ、もう一度立ち上がってテレビの前まで行き、つまみを少し左へ回した。
部屋の温度が上がってきたので、今度は扇風機をつける。
床に置かれた扇風機の足元にある、大きな灰色のプラスチックのボタン。それを足の指で「ガチャン」と踏み込んで、風量を『強』にした。
ブォーーー、と大きなプラスチックの羽がせわしなく回り、強い風が部屋の空気をかき混ぜる。涼しいはずだった。
けれど、結はその風を肌に受けながら、なぜか物足りなさを感じていた。
(もっと、静かで、細やかな風……。団扇で扇がれているような、自然な揺らぎの風が、この機械から出てきてもいいはずなのに)
強・中・弱の3つしか選択肢がない四角いボタンを見つめながら、結は不思議な不満を抱いている自分に戸惑う。今年買ったばかりの、我が家で一番新しい最新の家電のはずなのに。
冷たい麦茶をゴクリと飲み干す。
冷気は確かに喉を潤したけれど、胸の奥にある「知るはずのない便利さ」への渇きは、どうしても消えなかった。
第4話をお読みいただきありがとうございます。
旦那さんが仕事に出かけ、一人きりの部屋で食べる大きなおにぎりと冷たい麦茶。昭和の夏の終わりを感じさせる、どこかホッとするお昼のひとときでした。
しかし、最新の家電に囲まれているはずの結の身体は、私たちがよく知っている「ある感覚」を求めて、無意識に動いてしまっていたようです。
彼女の記憶の同期が、少しずつ、けれど確実に始まっているのかもしれません。
それでは、第5話でお会いしましょう。




