第3話:残り物で作る、お味噌汁
からりと晴れた翌朝、結はいつもより少し早く目を覚ました。
台所の窓を開けると、ひんやりとした朝の空気が流れ込んでくる。居間のテレビのスイッチを入れると、すでに昨日から始まった競技の速報が流れていた。重量挙げやバレーボールなど、日本中が固唾を飲んで見守る戦いが、画面の中で早くも熱を帯びている。
「さて、朝ご飯の支度をしなくちゃね」
結はエプロンの紐をキッと結び、冷蔵庫を開けた。昨晩の残りの肉じゃがを細かく刻み、お鍋の出汁に入れる。仕上げに味噌を溶き入れると、少し甘めでコクのある香りが台所に満ちた。
「いい匂いだね。もう競技、始まってるのかい?」
パジャマ姿の旦那さんが、目をこすりながら居間に起きてきた。テレビのボリュームを上げ、画面に映る選手の姿を熱心に見つめている。
「おはよう。ええ、もう熱戦が始まっているみたいよ。さあ、冷めないうちに召し上がれ」
ちゃぶ台に並んだのは、炊きたてのご飯と、昨晩の残りを上手に仕立て直したお味噌汁。お椀の中では、今朝採ったばかりのネギの鮮やかな緑色が、お味噌の黄金色に映えてとても美味しそうだ。
「いただきます。……あぁ、美味い。肉じゃがの味が汁に溶けていて、普通の味噌汁よりうんとコクがあるよ」
「よかった。昨日の興奮が冷めないうちに、お腹をいっぱいにして今日も応援しなくちゃね」
結は微笑みながら、自分もお椀に箸を伸ばした。
テレビの中では、激しい試合の様子が白黒の画面で映し出されている。それを見つめながら、結はふと、喉の奥に小さな骨でも引っかかったような、奇妙な感覚に囚われた。
「……ねえ、あなた」
「ん? どうしたんだい」
「このテレビ、なんで白黒なのかしら」
「え?」
旦那さんが不思議そうに手を止める。
「カラーの方が、ずっと見やすいのに。ユニフォームの鮮やかな赤とか、青とか、もっと綺麗に映るのが当たり前な気がして……」
言いながら、結はハッとして自分の言葉に戸惑った。
今の時代、テレビは白黒なのが普通だ。カラーテレビなんて、街の電気屋さんの店頭か、よっぽどのお金持ちの家にしかない高嶺の花のはずなのに、なぜ自分はそれを「当たり前」なんて思ったのだろう。
「何を言ってるんだい、結。テレビが白黒なのは普通じゃないか。寝ぼけてるのかい?」
「あ……そうよね。変なこと言っちゃった。ごめんなさい」
結はパチパチと瞬きをして、無理やり笑顔を作った。
目の前のお味噌汁のネギは、間違いなく瑞々しい緑色をしている。それなのに、テレビの画面を見つめていると、自分の記憶のどこかが静かにバグを起こしているような、奇妙な居心地の悪さが胸の奥に残った。
第3話をお読みいただきありがとうございます。
オリンピック2日目の朝、昨晩の残りを上手に使ったお味噌汁は、日本の家庭ならではの知恵と温かさが詰まった一品でした。
賑やかな朝の風景の中で、結の心にふと生じた小さな違和感。当たり前のはずの日常が、ほんの少しだけアップデートされていくような、そんな奇妙な空気を感じていただけたでしょうか。
変わりゆくふたりの日常を、これからも見守ってください。
それでは、また次のお話でお会いしましょう。




