第2話:あつあつの肉じゃがを囲んで
すっかり日が暮れた午後七時。
昼間のポカポカとした陽気とは一転して、窓の外からは少しひんやりとした秋の夜風が忍び込んでくる。
台所からは、醤油と砂糖の甘辛い、なんともいえず落ち着く匂いが漂っていた。
「うん、ちょうどいい味」
結は味見をした木べらを静かに置くと、お鍋にフタをして火を止めた。余熱でじっくりと味が染みていく時間を待つ間、エプロンで手を拭きながら居間へと戻る。
居間のちゃぶ台の上には、すでにすりゴマを和えたほうれん草の小鉢と、炊きたての白いご飯が並んでいた。
部屋の隅のテレビからは、昼間のあの熱狂的なファンファーレが再び流れている。開会式の興奮を伝える夜の報道特別番組だ。青空に描かれた五色の飛行機雲や、聖火台に火が灯った瞬間の映像が、白黒の画面の中で何度も誇らしげに繰り返されている。
「いやぁ、何度見ても飽きないね。本当に凄い一日だった」
ちゃぶ台の前でテレビを見上げていた旦那さんが、画面から目を離さずにそう言った。昼間の興奮の余韻が、その横顔にまだ残っている。
「本当ね。さあ、ご飯にしましょう。今日はあつあつの肉じゃがよ」
結が大きな器に盛り付けた肉じゃがをちゃぶ台の真ん中に置くと、湯気が一気にふたりの間に広がった。じゃがいもは箸がすっと通るほどホクホクに煮えている。
「いただきます」
ふたりで手を合わせ、お箸を伸ばす。
テレビから流れるアナウンサーの弾んだ声をBGMにしながら、口に運ぶ温かい家庭の味。
「美味しい。結の作る肉じゃがは、いつもホッとするよ」
「よかった。たくさん食べてね」
結は嬉しそうに微笑みながら、旦那さんの茶碗にご飯をよそった。
テレビの向こうの眩しいお祭りと、この小さな部屋の変わらない味。そのふたつが綺麗に調和した、静かで特別な秋の夜が更けていく。
第2話をお読みいただきありがとうございます。
オリンピックの開会式という歴史的な一日の終わり、ふたりが囲むのは、いつもの慣れ親しんだ家庭の味でした。外の賑やかさと、家の中の静かな温かさの対比を感じていただければ幸いです。
夜の空気とともに少しずつ処理されていくふたりの日常を、これからも見守ってください。
それでは、また次のお話でお会いしましょう。




