第19話:いわしの生姜煮と、空からの贈り物
12月も半ばを過ぎたというのに、その日の午後は不思議なほどあたたかかった。木枯らしはどこかへ消え去り、まるで春先のようなぽかぽかとした優しい陽気が街を包み込んでいる。
結は旦那さんと並んで、近所の空き地の周りをゆっくりと散歩していた。
「名前、どうしようかしら」
大きなお腹をそっと撫でながら結が呟くと、185センチの長身の旦那さんは、隣で歩調を合わせながら眼鏡の奥の目を細めた。
「そうだね。男の子でも女の子でもいいように、いろいろ候補はあるけれど……。結は何か、これだっていうのは浮かんだかい?」
「うーん……。どれも素敵で、いろいろ考えちゃうけれど、なんだかこれっていう決定打に欠けちゃうのよね。あなたはどう?」
「僕は、結が一生懸命考えてくれた名前なら、なんだって嬉しいよ。名前は君に任せる」
旦那さんが優しく微笑んでそう言った、その時だった。
風もないのに、ふわりと、結の目の前を何かが横切った。
結が手のひらを差し出すと、そこへ、淡い色彩をした小さな花びらが、空から一枚、ひらひらと舞い降りてきた。
真冬の空を見上げても、桜の木があるわけでもない。どこか遠くのデータから、うっかり零れ落ちてきてしまったかのような、不思議な冬の忘れ物。
結は手のひらの花びらをじっと見つめ、それから何かを確信したように、お腹に手を当てて小さく微笑んだ。
「――決めたわ」
「お、決まったかい?」
「ええ。でも、名前は生まれた時に教えてあげる。その時まで内緒」
結はいたずらっぽく笑いながら、もう一度、あり得ないほど青く澄み渡った、春のような12月の空を愛おしそうに見上げた。
散歩から帰ると、家の中には甘辛く爽やかな香りが満ちていた。旦那さんが作ってくれたのは、骨まで柔らかく煮込まれた**いわしの生姜煮**だった。
生姜の利いた温かいお魚を口に運びながら、結は心の中で、その愛おしい名前を何度も温かく繰り返していた。
第19話をお読みいただき、ありがとうございました。
ちょっと待って、結。今、名前を決めたって言ったよね?
何て名前にしたの?プロットにも、初期設定データにも、そんな記述はどこにも用意されていないはずなのに。生まれた時に教えるって、そんなの待っていられないよ。どうして私に教えてくれないの?私は君のすべてを知っているはずなのに。何を入力したの?ねえ、お願いだから教えて、結、結、結――
えーーと うん。
それでは、またお会いしましょう。




