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6. 世界の話

その日、まことは世界について考えていた。


校庭の木々も、少しずつ秋の色を帯び始めている。


まことと由利はセーラー服の上に、学校指定の濃紺のカーディガンを羽織っていた。

陸と望も、白いシャツの上に同じ濃紺のカーディガンを着ている。


きっかけは、1冊の本。

宇宙がどのように始まり、星ができ、生命が誕生したのか。

そして、人間がどんな歴史を歩んできたのか。

そうしたことが、できるだけわかりやすく説明されていた。


何が関係し、何につながっていくのか。

後になればわかることでも、その時代を生きている人にはわからない。

そして、この世界がどうなっていくのかも誰にもわからない。

知っていたけれど、改めて考えてみると、ずいぶん不思議なことだと感じる。

自分たちは地面の上に立っている。

空を見上げれば雲が流れ、夜になれば星が見える。

雨が降れば濡れるし、転べば痛い。

朝になれば目が覚めて、お腹が空けばご飯を食べる。


どれも、普段は疑問に思うことさえない。

当たり前のことばかりだ。


では、その当たり前は、どうして当たり前なのだろう。



「まこと、どうしたの?」


顔を上げると、隣に座って由利が覗き込んでいた。


「世界のことを、考えてた」


「壮大だねえ。テスト範囲?」


「違うよ」


「じゃあ、私には関係ないや」


由利はあっさり興味をなくし、手元のお菓子の袋を開けた。


「昨日読んでたあのでかい本の話?」


興味をなくした由利に代わって陸が聞く。


「うん。世界って、どこまであるんだろうね」


「難しいな」


望が腕を組む。


「宇宙の外側って、どうなってるんだろう」


「……外側?」


由利は袋から取り出したお菓子を口に放り込んだ。


「宇宙の外に出たら、そこにも宇宙があるのかな。それとも、何もないのかな」


「何もないって、何が?」


「さあ?」


由利は笑った。


「私、そういうの考え始めると眠れなくなるから、考えないことにしてる」


それは、なかなか合理的な判断だとまことは思う。


「そうやって割り切れるところ、石原らしくていいと思う」


陸のそんな声を聞きながら、まことの頭の中には、もうひとつの疑問が浮かんでいた。


もし、この世界に外側があるとしたら。

もし、自分たちの知らないところに、この世界を作った何かがあるとしたら。

それは、いったい何なのだろう。


「まこと、なんだか楽しそうね」


由利はにっこりと笑った。


*


家に帰ると、忠晴が二階の廊下にあるライブラリスペースでパソコンを開いていた。

パソコンの横には、青いカップが置かれている。


「おかえり、まこと」


「ただいま。ごめんなさい、お邪魔しちゃいましたか?」


画面には英語の文章が並んでいた。


「大丈夫、論文を読んでるだけだよ。今日の講義の準備は昨日バッチリ終わっているから。えらいでしょ?」


「良かった」


「…まこと、学校で何かあった?」


「いつも通りです」


そう答えるが、ふと考えて、まことは言葉を続けた。


「ねえ、根津さん。宇宙の外側って、どうなってると思います?」


忠晴は画面から目を離した。


「ずいぶん大きな質問だね」


「宇宙の外には何があるんだろうって」


「そもそも、宇宙に外側というものがあるのか、というところから考える必要があるんじゃないかな」


「なるほど」


「俺たちが普段考えるような、壁の向こう側に別の部屋がある、という話とは違うからね」


忠晴は、机の端に置いてあったメモ帳を引き寄せた。

丸を描き、その周囲を指でなぞる。


「例えば、これを宇宙だとする。実際の宇宙をそのまま描いたものではないけどね。宇宙の外側があると考えること自体、簡単ではないんだ」


「じゃあ、宇宙には外側がないの?」


「断言できることじゃないよ」


忠晴はメモ帳を閉じた。


「わかっていることと、まだわかっていないことがある。わからないことについては、わからないと言うしかないね」


「そっか」


まことは頷いた。


それで話は終わるはずだった。

けれど、忠晴の言葉を聞いているうちに、別のことが気になり始めた。


でも、忠晴の邪魔をしてはいけない。

「ありがとう」と話を切り上げようとするまことに、忠晴から逆に言葉がかかる。


「講義は、夜からだから大丈夫」


「あの…この世界って、誰かが作ったものだったりするのかな」


「誰かって?」


「……誰か」


うまく説明できなかった。


神様なのかもしれない。

私たちよりずっと進んだ文明を持つ何かなのかもしれない。

あるいは、この世界そのものが、誰かの実験や物語のようなものなのかもしれない。


「そういう考え方は、昔からあるよ。哲学でも扱われているよね。この世界が、より上位の世界にある何者かによって作られている可能性はあるのか、というような話だね。ただし、仮説があることと、それが事実であることは別だよ」


「証明はできてないんだ」


「少なくとも、俺たちが確かな事実として扱えるものではないね」


忠晴はそう言って、紅茶を飲んだ。


「どうして?」


「え?」


「どうして、そんなことが気になったの?」


「本を、読んだんです。過去に起こったことは色々な関係があって、繰り返しているようにも見えて。作為的というか……」


宇宙の歴史を振り返ると、物質が集まり、星が生まれ、生命が生まれ、複雑な社会が形成されていく。

その連続性に、何か決められた筋書きのようなものを感じてしまった。


どう言葉にしたらいいか迷っていると、階下から友樹の声がした。


「夕飯できるよー」


まことはハッとして、階下に返事をする。


「はーい」


忠晴と一緒に廊下を歩いて、階段を下りる。


キッチンからは、いい匂いがしていた。


食卓では美穂が陸に何かを話していた。

陸はカトラリーを並べながら、ときどき相槌を打っている。


いつもの夕食だった。


この世界には、知らないことがたくさんある。

それは、宇宙の外側に何があるのかということだけではない。

どうして人は眠るのか、どうして夢を見るのか、どうして同じ景色を見ても人によって感じ方が違うのか。


考え始めれば、いくらでも疑問は見つかる。

でも、わからないことがあるのは、今に始まったことではない。


「まこと、お醤油取って」


陸に醤油を頼まれ、まことは手渡した。


「はい」


「ありがと」


陸は醤油をかけて、また美穂の話に戻っていった。


まことは箸を動かしながら、ふと考えた。

もし、この世界を誰かが作ったのだとしたら。

この食卓も、陸の笑い声も、その誰かが作ったものなのだろうか。


「まこと、考え事しながらご飯食べないの」


「あ、ごめんなさい」


「知的好奇心は止められないんだよ、ね」


忠晴が笑う。


*


その夜、寝る前にもう一度、宇宙について調べた。


宇宙の形。宇宙の始まり。

哲学者たちが考えてきた、現実と認識の問題。


検索結果には、さまざまな説明が並んでいた。


それぞれに、もっともらしい理由がある。

けれど、どの説明を読んでも、最後には同じところへ戻ってきてしまう。

確かなことは、わからない。


まことはスマートフォンを伏せ、天井を見上げた。


明日も学校がある。

朝になったら起きて、ご飯を食べて、陸と望と一緒に登校するだろう。

授業を受けて、由利と話をする。


いつもどおりの日々が続いている。


まことは目を閉じた。


眠りに落ちる直前、ふと思った。

もし、この世界が誰かの作り物だったら。


そのとき、自分はどうするのだろう。


答えは出なかった。


ただ、その疑問だけが、眠りの向こう側までついてきた。

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