5. 青と赤の話
学校が休校になっている期間、陸は望と道場に通うことになった。
その日は午後から稽古があるということで、望がまことの家に来ていた。
友樹と美穂も昼休憩で戻ってきていた。
部屋で研究活動をしていた忠晴も加わり、六人で賑やかな昼食をとった。
昼食後、友樹と美穂は仕事に戻り、忠晴も研究の続きをするために部屋へ戻った。
まことたちは、食後のデザートをソファでとっていた。
「まことは、今日どう過ごすの?」
望が尋ねた。
「うーん…カップを探したいなあって思っています」
「カップ?」
陸がデザートの入った皿から、顔を上げる。
「うん。プレゼントにしたいなと思ってて」
まことは持っていたスプーンを皿に置く。
「この前、由利とお買い物に行ったときにいいなと思ったカップがあったんですけど、もう一度見に行ったら売れちゃってたんです」
まことは、少し残念そうに笑った。
「そっか。どんなカップだったんだ?」
望が言った。
「青くてとっても綺麗でした。地元の陶芸家さんの作品なんだそうです。ひとつずつ手作りで、同じものはなかなかないみたいで」
その言葉に、望が不思議そうな顔になる。
「地元の陶芸家が作る青いカップ?」
「うん」
「もしかしたら、うちの父さんかも」
「え?」
「父さん、陶芸家なんだ。家にアトリエがあるから、今度、見に来る?」
まことは目を丸くした。一瞬言葉に迷ってしまう。
「…行ってもいいの?」
「もちろん。気に入るものがあるかどうかわからないけど」
「行きたいです」
まことは、今度は迷わず答えた。
*
望の家は、町の中心から少し離れた、緑の多い場所にある。
望は白いTシャツにハーフパンツ、サンダルというなんとも夏らしい格好で、先に立って歩いていた。
まことは、白いノースリーブのトップスにブラウンのカーゴショートパンツを合わせ、厚底のストラップサンダルを履いている。
制服姿とは違うまことの雰囲気に、望は少しだけ落ち着かない気持ちになった。
道沿いには木々が茂り、敷地の奥には作業場らしい建物が見える。
入口の周囲には草が伸び、木の枝が屋根に影を落としていた。
望に案内されてアトリエの中へ入ると、木の棚に並んだ器が目に入った。
皿に、鉢に、湯呑み。
大小さまざまな器が、棚にも作業台にも並んでいる。
釉薬の色も形も一つひとつ違っていて、眺めているだけで時間が過ぎていきそうだった。
「ゆっくり見ていいよ」
望に言われ、まことは棚の前を歩き始めた。
器の間を縫うように視線を動かしていると、ふと、青いカップが目に留まった。
まことは足を止めた。
深い青色の中に、淡い色が溶け込んでいる。
光の当たるところと影になるところで、色合いが微妙に違って見えた。
そっと手に取る。
指を持ち手にかけると、手のひらにすっと収まった。
まことはカップを傾け、内側を確かめた。
そのとき、ふと、忠晴の姿が浮かんだ。
ソファに腰掛け、膝の上にパソコンを置いて仕事をしている。
傍らのカップに手を伸ばし、ひと口飲んでは、また画面に目を戻す。
そんな、いつもの姿だった。
このカップを使っているところを想像すると、なんだかうれしくなった。
「それにする?」
隣から望が尋ねた。
まことはカップを見つめたまま、うなずいた。
「うん。これがいい」
望もカップに目を落とした。
「いい色だね」
「うん」
まことはもう一度、カップを眺めた。
これを忠晴に渡す日が、少し楽しみになった。
*
アトリエを出るころには、空が少しずつ赤くなり始めていた。
眼下に広がる街の屋根も、道も、遠くの山も、夕焼けの色に染まっていた。
見慣れたはずの街が、まるで知らない場所のようだった。
綺麗だ、と思った。
そう思った瞬間、胸の奥がぎゅっとなった。
今日は、楽しかった。
探していたものが見つかった。
望の家にも行けた。
何か悲しいことがあったわけではない。
それなのに、どうしてだろう。
まことは、目を細める。
ふいに、泣きそうになった。
「まこと?」
足が止まってしまったまことに気づいて、望が隣に立つ。
「うん」
「どうした?」
「…わからないの」
まことは答えた。
望は、まことの視線の先を、まことの隣に立って見つめる。
ふと、望がまことの手を取った。
まことは望を見る。
望は何も言わなかった。
まことは握られた手を見て、それから、もう一度前を向いた。
夕焼けは、少しずつ色を変えていく。
やがて望が歩き出した。
まこともその隣を歩き始める。
つないだ手は、そのままだった。
夕焼けはもう、背中の方にあった。
それでも、胸の奥には、その色と温かさが残っていた。




