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4. 編入生の話

三月の終わり。

引っ越してきてから、そろそろ新しい生活にも慣れてきた。


陸は、紹介された道場の入口に立っていた。

地元で通っていた道場の先生が、こちらに知り合いの先生がいるからと紹介してくれたのだ。


陸は道場の入口から中を覗き、声をかけた。


「こんにちは。今日からお世話になります、陸です」


中から先生が出てきた。


「おお、君が立花(たちばな)くんだね。遠いところからよく来たね」


「はい。通っていた道場の先生から、こちらを紹介していただきました」


「うん、話は聞いているよ。さあ、中に入って」


先生に促され、陸は道場の中へ入った。


稽古の時間には少し早いようで、道場には数人の子どもたちと、準備をしている人たちがいた。


先生が道場の奥にいた少年に声をかけた。


「望、ちょっといいか」


「はい」


少年がこちらを向く。


「今日からこちらで稽古する陸くんだ。道場のことを教えてあげてくれるか」


「わかりました」


少年は先生のそばまで来ると、陸に向かって軽く頭を下げた。


「望です。よろしく」


「陸です。よろしくお願いします」


望は穏やかな笑顔を見せた。


「じゃあ、こっちから案内するね」


望は陸を連れて、道場の中を歩き始めた。


「ここに荷物を置いて、着替えはあそこで。竹刀を置く場所はあっち」


「ありがとう。助かる」


「ううん。わからないことがあったら、いつでも聞いて」


そのとき、道場の向こうから声がした。


「望くーん!」


小学生の男の子が、竹刀を持ってこちらを見ている。


「あ、ごめん。ちょっと行ってくるね」


望は陸にそう言うと、子どもたちのところへ戻っていった。


「どうしたの?」


「ねえ、これでいい?」


「ちょっと見せて」


望は子どもの構えを確かめ、竹刀の持ち方を直してやっている。

陸はその様子を少し離れたところから眺めた。


子どもたちは、望が戻ってくるとすぐに声をかけていた。


呼ばれたときの返事も、子どもたちに接する様子も、ずいぶん自然だった。



しばらくして、望が戻ってきた。


「ごめんね。待たせちゃった」


「いや、大丈夫」


「この時間は小さい子がメインなんだ。僕は先生のお手伝いをしてる」


「そうなんだ」


「夕方には小さい子は帰るから、そこからが僕らや、大人の人が稽古ができるんだ」


陸は頷く。


「小さい子に教えてると、自分も学ぶことが多いからね。僕は早めに道場に来てるんだ」


望は少し照れたように笑った。


「陸は、高校生?」


「4月からこっちの高校に通うんだ」


「そうなんだ。じゃあ、これからもよろしく」


望はにこりと笑った。


「うん。よろしく」


新しい道場での生活は、こうして始まった。


*


四月。

朝の空気には、まだ少し冷たさが残っていた。


着慣れない制服は、どうにも落ち着かない。

詰め襟が首に触れるたび、ひんやりとした感触が伝わってくる。

陸は制服を着て、鞄を肩に掛けて歩いていた。


道の両側には、白壁や黒い板塀に囲まれた屋敷が続く。

瓦屋根の向こうには庭木が見え、道沿いには細い水路が流れている。

水路は屋敷の塀の内側へと続き、庭の池へ流れ込んでいるようだった。

遠くには山並みが見える。

水路の水音を聞きながら、陸は見慣れない町並みを眺めた。


今日は入学・進級式だ。

新しい学校での生活が始まる。


校舎も教室も、まだ知らないことばかりだ。


道場で知り合った望も同じ学校に通っていると聞いているが、学校ではどんなふうに過ごしているのだろう。


そんなことを考えながら、陸は隣を歩くまことに目を向けた。


まことは冬服のセーラー服を着ていた。

青みのある生地に、クリーム色の襟。縁には濃紺のラインが二本入っている。

胸元のリボンに入った細いピンクのストライプが目を引く。


まことは、先月からお世話になっている家の子だ。


映画や小説の話で盛り上がり、この一か月ですっかり仲良くなった。


まことはいつもと変わらない様子で、歩きながら周囲の景色を眺めている。


「陸くん、今日は少し緊張してる?」


「そう見える?」


「ちょっとだけ」


「まあ、新しい学校だからな」


「そうですね。教室や体育館、カフェテリアの場所、覚えることがいっぱいですね」


まことが「迷子にならないようにしなきゃですね」と笑う。


「ま、何とかなるだろ」


陸がそう答えたときだった。

後ろから、自転車のベルが聞こえた。


「陸!」


振り返ると、自転車に乗った望がこちらへやってくる。


「望。おはよう」


陸が挨拶を返す。


望は二人のそばまで来ると、まことの顔を見て少し驚いたように目を丸くした。


「あれ? 幸野さん?」


「おはようございます、直井くん」


まことはいつもの調子で挨拶を返した。


望は自転車を止め、二人を見比べた。


「どうしたの?二人で一緒に」


「親戚、なんです」


まことが答えた。

陸は、隣にいるまことへ目を向けた。


まことは何も言わず、いつものように笑っている。


「そうなんだ」


望は少し納得したように頷いた。


「幸野さん、高校からは歩きなんだね」


「はい、そうなんです」


二人は、以前から知っている者同士の自然な調子で話している。


陸はその様子を見ながら、少し意外に思った。


「二人、知り合いだったんだな」


「うん。中学のとき、幸野さんとは同じクラスだったんだ。クラス委員も一緒にやってた」


望が答える。


「直井くんには、いろいろ助けてもらいました」


「そんなことないよ。僕も助けてもらってたし」


望は嬉しそうに笑い、陸を見る。


「やっぱり同じ学校だったな。これからもよろしく、陸」


「うん。よろしく」


三人は再び歩き始めた。


学校に近づくにつれて、同じ制服を着た生徒たちの姿が増えていく。

校門の近くでは、友人同士で話す声や、新入生を案内する先生の声が聞こえていた。


校舎の前には、入学・進級式の案内が出ている。


「陸、ようこそ。入学おめでとうございます」


まことが言った。


「うん。ありがとう」


陸は校舎を見上げた。


新しい場所で、新しい生活が始まる。

まだ知らないことも、知らない人もたくさんいる。

けれど、道場には望がいる。

隣には、まこともいる。


少しだけ心強い気がした。


「じゃあ、行こうか」


望が自転車を押しながら言った。


「うん」


陸は頷き、二人と一緒に校舎へ向かった。

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