↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/11

3. 雨宿りの話

その日も、雨が降っていた。


まだ梅雨(つゆ)の名残(なごり)があった、六月のこと。



窓の外を見ていたまことは、山の方に目を向ける。


さっきまで見えていた稜線(りょうせん)が、いつの間にか雨に霞(かす)んでいた。

校庭では、細かかった雨粒(あまつぶ)が地面を叩くほどの強さになっている。

雨音は、教室の中まで聞こえていた。


大雨の影響で、学校は対応を協議(きょうぎ)するために緊急会議を開いていた。

生徒たちは教室で自習するよう指示されているが、雨の様子に少しソワソワと浮(う)き足立った雰囲気(ふんいき)だ。


「すっごい雨だね」


まことの隣の席に移動してきていた由利(ゆり)が、窓の外を見て言った。


「これ、帰るころには止むかな」


「まだ降るんじゃないかなと思います」


まことは山の方を見たまま答えた。


望(のぞむ)も、近くにやってきた。


「そんなに?」


「うん。山の方、まだ雨が続きそうです」


はっきりとした根拠(こんきょ)を説明できるわけではない。

ただ、雲のかかり方も、山の輪郭(りんかく)が消えていく様子も、気になった。


望は窓の外を見てから、まことに視線を戻した。


「でも、歩いて帰れるとは思うよ」


「今はね」


まことが答えたところで、校内放送が流れた。


大雨の予報を受け、学校は通常より早く生徒を下校させることを決めたらしい。

部活動も中止になり、教室は帰り支度をする生徒たちで慌(あわ)ただしくなった。


「急に帰れって言われてもなあ」


陸が立ち上がって、鞄を肩に掛ける。


「せっかく早く終わって部活もないのに、遊びに行けないなんて!」


由利は不満そうに唇(くちびる)を尖(とが)らせている。


まことは鞄を手に取ると、スマートフォンを取り出した。


「ちょっと、お家に連絡します」


望がうなずく。


電話に出たのは、忠晴(ただはる)だった。


『もしもーし?』


「根津(ねづ)さん、大雨の影響で一斉下校になったのですが、山の方の天気が良くなさそうなんです」


『うん。こっちも雨が強くなってきた』


「望は歩いて帰れるって言ってるんですが、このあと山の方の雨が強くなりそうなので、うちに来てもらおうかなと思って」


電話の向こうで、少し間があった。


「え?!」


まことの言葉に望は驚くが、声を出して驚いたのは由利だった。

由利は陸(りく)から「電話中は静かに」と窘(たしな)められてシュンとしている。


『なるほど。まことは望くんの帰り道が心配なんだね』


「はい。これからもっと降りそうなので」


『わかった。ちょっと待ってね。今、雨雲レーダーと道路の情報を確認するよ』


忠晴が情報を確認している間、まことは窓の外を見た。


雨は弱まる気配がない。


『山の方は、まだしばらく降りそうだね。道路の状況も確認したけれど、今のところ、通学路に差し迫った問題があるという情報はない。ただ、この先は雨脚(あまあし)が強まる予報だよ』


「そうですか」


『友樹(ともき)は買い物に出ているし、美穂(みほ)も外出中なんだ。今から迎えに来てもらうと、少し時間がかかると思う』


まことは考えた。


迎えを待っている間に雨が強くなるかもしれない。

陸も一緒にいる。

三人で今のうちに帰ることができるなら、その方がいい。


「じゃあ、今のうちに三人で歩いて帰ります」


『そうだね。道路の様子に注意して、無理はしないこと。少しでも危険を感じたら、安全な場所に避難して連絡してね』


「わかりました」


『それから、友樹たちにも連絡しておくよ。二人にも早めに帰るように伝えておく』


「ありがとうございます」


電話を切ると、まことは陸と望に向き直った。


「今のうちに帰りましょう」


「了解」


陸が鞄を肩に掛ける。


「……本当に、お邪魔(じゃま)していいのか?」


望が、まことに聞く。


「うん、お家にも連絡したし。大丈夫だよ」


「そうか。ありがとう、まこと」


望はどこか緊張(きんちょう)したような、真剣な顔で言う。


いつにないその表情に、まことはどうしたのかなと思うが、横から由利に抱きつかれて遮(さえぎ)られた。


「あたしもまことの家、行きたいよー!!!」


「寮生は速やかに帰寮、って言われちゃってたもんね。また遊ぼうね」


残念そうにする由利に、まことは笑う。


*


三人は雨具を用意し、学校を出た。


外に出ると、傘を叩く雨音が一段と大きくなった。

道の端には水が流れ始めている。


三人は水の溜まった場所を避(さ)けながら、足元に注意して歩いた。


「これ、もうちょっと遅かったら大変だったな…」


陸が言った。


「そうだね」


まことはうなずいた。


望が、まことの方を見る。


「心配してくれて、ありがとう」


「ううん。わがまま聞いてくれて、ありがとう」


まことはそう答えて、前を向いた。


三人は寄り道をせず、家へと急いだ。


*


家に着くころには、雨はさらに強くなっていた。


玄関の扉を開けると、友樹と美穂が出迎えてくれた。


「おかえり!すごい雨だったでしょう?」


「ただいま。二人とも、もう帰ってたんだ」


「忠晴から連絡があったのよ。これからもっとひどくなりそうだっていうから、早めに切り上げてきたの」


友樹がタオルを持ってくる。


「みんな、まずはこれで拭いて。風邪をひいたら大変だからね」


「ありがとう」


まことがタオルを受け取り、望にも渡した。


「ありがとうございます。突然お邪魔してしまって、申し訳ありません」


「いいんだよ。望くんも、遠慮(えんりょ)しないでね」


友樹は穏(おだ)やかに笑った。


望は濡れた髪を拭き、改めて姿勢を正した。


「本日は突然お邪魔して申し訳ありません。まことさんとお付き合いさせていただいております、直井(なおい)望と申します」


一瞬、玄関が静まり返った。


美穂が瞬(まばた)きをする。


「……えっ?」


友樹も、手にしていたタオルを持ったまま止まった。


「まことと……お付き合い?」


「はい」


望は真面目(まじめ)な顔でうなずいた。


美穂は、まことと望を交互に見た。


「ええええっ!? 聞いてないんだけど!?」


まことはそんな美穂を見て、くすっと笑った。


「うん。言ってないですもん」


「そういうことじゃなーい!!」


居間の方から様子を見ていた忠晴が、ゆっくりと腕を組んだ。


「…なるほど?」


ゆっくりと望に視線を向ける。


「これはこれは。ずいぶん大事なご報告をいただいてしまったね」


「た、忠晴……?」


いつになく低い忠晴の声に、美穂が驚く。


「最近、二人はずいぶん仲がいいなと思っていたけど……まさか、そういうことだったとは」


忠晴は胸に手を当て、わざとらしく息をついた。


「とはいえ、お父さんは許しません!」


「あんたはお父さんじゃないでしょっ!!」


美穂が盛大に突っ込んだ。


そのやり取りを呆然(ぼうぜん)と聞いていた陸が、ハッとしてまことと望を交互に見る。


「……は?」


そして、望に向き直る。


「お前ら、いつから!?」


「ゴールデンウィークごろ」


「俺、毎朝一緒に登校してたんだけど!?」


「うん。楽しかったね」


「そういう話じゃねえ!!」


陸の声が玄関に響いた。


望は困ったように笑いながら、陸に向かって頭を下げた。


「ごめん、陸。言うタイミングがなくて」


「いや、タイミングなんていくらでもあっただろ! 毎朝あっただろ!!」


「毎朝あったね」


まことがうなずく。


「まことはちょっと黙(だま)ってて!」


「あらら」


「あらら、じゃねえ!」


美穂はとうとう笑い出してしまった。


友樹は苦笑しながら、言う。


「まあまあ。とりあえず、みんな着替えておいで。話はお茶を飲みながら聞こうか」


「陸、望くんに服貸してあげなね。望くんも、風邪をひいたら大変だからちゃんと着替えてね」


美穂が、望に笑いかける。


「ありがとうございます」


望はほっとしたように微笑んだ。


その横で、陸はまだ納得(なっとく)のいかない顔をしていた。


「……ゴールデンウィークって。俺、全然知らなかったんだけど」


「うん」


「うん、じゃねえ!」


陸は、深いため息をついた。


「……俺、明日からどんな顔して二人と登校すればいいんだ」


「いつもどおりでいいんじゃない?」


まことが言う。


「お前はそうだろうよ!」


望は困ったように笑った。


「陸、これからもよろしく」


「……お前まで」


陸は望を見て大きくため息をついて、顔を覆(おお)った。


その様子を見て、由利がいれば絶対に大笑いしただろうな、とまことは思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。