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二人きり

庭先に残っていた騒ぎも、やがて少しずつ落ち着きを取り戻していった。


竹林を渡る風の音が耳に届く。


先ほどまで響いていたハオランの絶叫も今は消え、代わりにどこか気まずい沈黙だけがその場に残っていた。


もっとも……気まずさを感じているのは、主にハオラン一人だけだったが。


「しかし、たいしたもんじゃな」


腕を組んだジンロンが、感心したように唸った。

その視線はルイナへ向いている。


「うちの馬鹿息子があれだけ騒いだというのに、嬢ちゃんは顔色一つ変えんかった」


ルイナは静かに視線を向けた。


褒められているのだろうか。


よく分からない。


ただ、少なくとも悪意がないことだけは分かった。


「驚いてはいました」


短く答える。


「そうは見えんかったぞ」


ジンロンが笑う。


その横でハオランは耳を赤くしたまま顔を背けた。


思い返しただけで恥ずかしい。


初対面の女性の前で、あれだけ取り乱してしまったのだ。


しかも相手は今後結婚するかもしれない相手。


穴があったら入りたいとは、まさにこのことだろう。


「嬢ちゃん」


ジンロンが少しだけ声の調子を変えた。


「一つ聞いておいてくれ」


ルイナは顔を上げる。


「この馬鹿息子は昔から頭より先に身体が動く質でな」


「親父」


「何かやらかしたら遠慮なく叩いてくれて構わん」


「親父!」


今度は本気の抗議だった。


しかしジンロンはまるで気にしない。


豪快に笑っている。


ルイナはそんな親子を見つめた。


不思議だった。


王都の貴族社会ではまず見ない光景だ。


父と息子がこうして遠慮なく言葉をぶつけ合う。


それでいて関係は悪くない。


むしろ信頼しているように見える。


その様子を見ていると、自然と口元が緩みそうになる。


「承知しました」


そう答えると、


「承知するな!」


ハオランが真顔で突っ込んだ。


今度こそルイナの目元が僅かに和らぐ。


それを見たリンナが声を上げた。


「あっ、お義姉ちゃん笑った!」


「リンナ」


「今笑ったよね!?」


「リンナ」


「絶対笑った!」


「リンナ」


三度目でようやく少女は口を閉じたが、表情は嬉しそうだ。


何故そこまで喜ぶのか。


ルイナには分からない。


その時だった。


「さて」


ジンロンが手を叩いた。


「二人とも少し話してこい」


ハオランが固まる。


「……は?」


「せっかくじゃ」


「いや、だから急に言われてもだな」


「急じゃから意味がある」


意味が分からない。


ハオランの顔にそう書いてあった。


しかしジンロンは気にしない。


隣を見る。


グレゴールも特に反対する様子はなかった。


むしろ当然だと言わんばかりに頷いている。


「二人とも結婚するかもしれん仲じゃ」


ジンロンが言った。


「話くらいせねば始まらん」


それは確かにそうだ。


反論できない。


ハオランが黙り込む。


「お前たちは客間を使え」


「親父……」


「行け」


有無を言わせない声だった。


その一言で決着がつく。


ハオランは観念したように肩を落とした。


ルイナは静かに立ち上がる。


反対する理由もない。


むしろ彼女も少し興味があった。


この男がどんな人物なのか。


父が信頼するホン家の長男。


そして、自分の未来に関わるかもしれない相手。


知っておいて損はない。


「では」


ルイナが言う。


「少しお話しましょう」


落ち着いた声だった。


ハオランは一瞬だけ視線を上げる。


真っ直ぐな瞳。


迷いがない。


その姿に、何故だか少しだけ気持ちが落ち着いた。


「……ああ」


短く返事をする。

二人は並んで歩き始めた。


後ろでは、


「覗きに行っちゃ駄目かな」


「駄目じゃ」


「えー」


というリンナとジンロンの声が聞こえていた。




屋敷の廊下は静かだった。


板張りの床が夕陽を受けて柔らかく光っている。


窓の外には竹林。


風が吹くたび葉が擦れ合い、さわさわと涼やかな音を立てていた。


二人分の足音だけが規則正しく響く。


会話はない。

沈黙が苦しいわけでもなかった。

少なくともルイナはそうだった。


隣を歩く男へ視線を向ける。


背は高い。


肩幅も広い。


歩き方に無駄がない。


武人らしい身体の使い方だった。


それだけではない。


先ほどから何度か気付いていた。


歩く時、必ず自分より半歩前へ出ない。


自然に速度を合わせている。


無意識なのだろう。


女性を先導することに慣れているというより、周囲への気配りが身に付いているように見えた。


第一印象は、女性慣れしていない真面目な男。


今はそこへ、周囲を見る余裕がある。

という項目が追加された。


一方、ハオランは全く別のことで頭がいっぱいだった。


美人だ。


改めて思う。


横顔が綺麗すぎる。


まつ毛も長い。


姿勢も良い。


それでいて騎士らしい凛々しさがある。


近くを歩いているだけで妙に緊張する。


(親父の馬鹿)


心の中で呟いた。


(こんな話、普通は先に言うだろ)


少しだけ。


本当に少しだけ。


嫌ではなかった。


客間の前へ辿り着く。


使用人が静かに襖を開いた。


「こちらへ」


二人は中へ入る。


夕陽に染まった静かな部屋だった。


向かい合うように座布団が置かれている。


窓の向こうでは竹林が揺れていた。


ルイナが先に腰を下ろす。

その所作は美しいほど自然だった。

ハオランも向かいへ座る。


そして、沈黙が落ちた。


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