ちっちゃな頃から…
いつもお読み頂き又ブックマークを付けて下さり本当に有難うございます。
さて…
今回は異世界担当局の需品科車輌整備班班長の
内藤夏帆陸士長
の人となり
を本人目線で書いてみました。
子どもの頃から手先が器用だった…
だが、残念乍ら女子として期待される裁縫や食事作り等の事ではなくて、機械や木工、PCのプログラミングの類を触るのが得意だったので一寸大っぴらに言えるものでは無かった。コンピュータって実は私の中では機械の組み立てと似ていると思っていて…
まぁ、どれも弄っていると楽しかった。
小学生の頃はプラモデル…ロボットアニメのキャラクターを組み立てるのが得意だったし、中学では技術・家庭科と理数系の成績だけは良かった。
高校はそんな関係で工業高校に進み、自分で言うのもおかしいが、成績は上位をキープしていた。
その為、進路指導からは…
コンピュータを含めた工業系大学への進学も視野に入れてもいいんじゃないか?
と言われていて何となくそんな意識もしていた。
ところがそんな淡い夢は
父の逝去
と言うバットニュースで
脆くも崩れ去る。
死因は過働き過ぎによるによる心不全。
所謂…
過労死
と言うヤツだ。
父は小さな会社のエンジニアとして働いていた。
母は父の希望で専業主婦だった。
祖父は国家公務員で子供の顔も満足に見られない忙しさで母も同業だった為、父や叔母は相当寂しい想いをした様だ。だから…
我が子にはそんな寂しい想いをさせたくない。
と母が常に家庭にいる状態にしておきたかった様だ。
それが仇となったのか、あまり蓄えもなく経済的に豊かとは言えず、逝去後は父の保険金で生活をしていた。
未だ中学生の妹と高1の弟には高校進学と大学進学をして欲しい。
と言う思いから長女の私は就職と言う選択をした。
更にしっかりとした福利厚生を備えている公務員を望み偶々募集人数が多かった、自衛隊を希望し、技術系が得意と言う話を考慮してくれたのか自衛官候補生として過ごす約3カ月間の前期教育を終えた後は市ヶ谷駐屯地、需品科の車両整備班に配属になった。
市ヶ谷駐屯地の需品科では私はリラックスして仕事が出来た。
班長はまさに
THE 職人
と言った感じの曹長で、技術的な事を含めて懇切丁寧に教えて下さった。
お前さんは筋がいい。
俺の技術を全て盗め。
と言って下さり、事実様々な技術のレクチャーを教えて下さった。
そうして極め付きは…
おい!嬢ちゃん!
このクルマを預ける。
コイツの面倒はお前さんが全てみろ。
と言って置いてあった、業務車2号の屋根をポンポンと叩いた。
それは先輩たちの話だとどうやら班長が認めた若手に行う儀式の様なものらしい。
私は嬉しくて、他に回ってくる車輌整備の時間以外はこのカローラフィールダーの整備をしていた。
先ずは室内清掃から始まって、ボディ、エンジンとじっくりと弄った。
班長は時折様子を見に来ていた様だが、気が付かなかった。
そんな或る日、整備班にアクシデントが訪れた。
本来はこの春に退役予定だったらしい業務車3号に乗って千葉の駐屯地に行こうとした陸将補一行が溜池交差点でエンジンストールしてしまってブチギレている。
と連絡が入った。
その為業務車3号は前任地で整備されて此処に来たがそのまま陸将補一行が使ってしまったらしい。
おい、嬢ちゃん!
お前さんのフィールダー持って行ってやれ!
燃料満タンの確認忘れないでな。
と班長…
何処かに電話をし乍らそう言って事務所に入っていったのです。
取り敢えず私は…
了解です。
と言った後、基地内にあるスタンドでフィールダーに燃料を入れて事務官から貰った地図で陸将補の位置を確認し、現場に向った。
陸将補なんて、会った事がないが取り敢えずフィールダーを確認してクラウンから出て来た男性にフィールダーのキーを渡した。
何やら
不機嫌の極み
と言う表情だったが、スルーして、徽章が一番多く胸に貼ってある方…恐らくは陸将補?に…
あたしが整備したクルマです。調子いいですからネ…
と囁いて動かないクラウンを後から来た、先輩の運転する積載車に載せてベースに戻った。
それから3日後辺りだったかな?その時の陸将補と副官と陸曹が、あたしの整備したクルマを指名で使ってくれた。
班長はニヤニヤし乍ら、受け取りに来た陸曹に、
な?調子いいだろ?言ったとおりだよな?
と笑顔で話している。
本来は整備員の指名なんて出来る筈ないのでどうやら、班長が斡旋(?)しているようだ。
ニヤニヤし乍ら…
いいんですか?
と言う先輩の問いに…
あはははは…
と笑って誤魔化していた
班長…
その年の暮れに定年で退官をした。
なんでも故郷の茨城県…
茨城空港で非常勤の整備士として第二の人生を歩まれるそうだ。
その際に…
次期班長の候補としてあたしの名前が挙がったそうだが、当たり前に辞退した。
夏帆ちゃんしかいないと思うがなぁ~
と言って下さった先輩整備士が多くいて下さり有難かったがまだまだ、技術を学びたかったのである。
それから3年程経った後…
私は需品科車輌整備班班長として、松戸駐屯地に異動となった。
その時には、数年前の陸将補が直々に挨拶に来て下さった。
後輩達はみんなびっくりしていたが、口が悪いが腕の良い先輩達が…
色仕掛けだよ(爆笑)!!
と揶揄われた。
残念!あたしの範疇ではないです。
と答えておいた。
松戸駐屯地では、今迄弄っていたフィールダーの代わりに走行距離3,000km代のプロボックスを任された。
実はここの需品科は定年退官した市ヶ谷の班長の教え子が多くそれに近しい指導方法で教育をしているのだ。
私は班長として着任したが、諸先輩が多過ぎた為にとても気楽に自分のスキルアップの為の鍛錬が伸び伸びと出来た。此処には1年程いたが、直ぐに異動となった。次の赴任先は朝霞駐屯地。
此処の駐屯地司令は市ヶ谷で指名してくれていた陸将補の後輩に当たる人だそうで着任の挨拶の際、直々に会いに来てくれた。
其処では司令の業務車3号の整備を任されていた。
司令はこの他に幕僚長としての任務もある為に今迄扱っていたクルマよりも遥かに走行距離が多くつまりは劣化が早い為中々整備のやり甲斐があった。
そんな或る日、車輌整備班の詰所にふらりと司令がやって来た。
やぁお疲れ様。
突然の来訪に慌てて敬礼する私達に笑顔で…
いやいや、そんな緊張しなくてよいよ。たまにはネ、皆さんの仕事ぶりをみたくて伺ったんですよ。
と、言い乍ら私を見ると…
あ!
内藤班長、この後一寸時間ありますか?
と…
あたしなんかしくじったか?
いや、怒られる様な事していない筈だけれど…
とドキドキし乍ら詰所の隣のミーティングルームに席を移すと…
ごめんなさいね、忙しい時に…
キミ、市ヶ谷の時に諏訪陸将補と懇意だったんでしょ?
諏訪陸将補?…
あゝ溜池の!
溜池?
実は…
と初めて会った時の話をする。
成程ネ…
それでか…
えっと?…
実はその諏訪陸将補からキミに直々のご指名です。
は?
いや、だって諏訪陸将補って少し前に定年退官されたって…
それがネ…
オトナの事情で復職されたンです。
は?復職?
で、ついてはキミに4月から正式開所する
防衛省異世界担当局
の需品科に異動して貰いたいンだよ。
あ、因みにその局長が諏訪陸将補なんだよネ…
ってつまり…
まぁ…
要はヘッドハンティングだよ。
私はキミにフォレスターの整備をして欲しかったンですがねぇ~
と言う訳で、私は今、この八ヶ岳山麓にいる。
家族への仕送りもし乍ら自然に囲まれた環境の中で毎日を楽しんでいる訳だ。
家族からは…
後は旦那を見つけて来いよ。
と揶揄われているが、今のところは、仕事が恋人だな…
と思っている。
如何だったでしょうか?
こんな話、聞いたところだと駐屯地内にはゴロゴロ転がっているそうです。
曰く…
お涙頂戴していると、仕事が前に進まないから部下の話は常に平常心で聴く。
らしいですよ。




