21 新庄銀河温泉 離れ湯にて
21
目を開けると、あたりは真っ白。白濁したような霧・・・いや、湯気だ。
「おわー、来たもんだね、新庄温泉」
老人の声だ、これはやっぱり温泉の湯気?
横たわる課長をとりかこんで、部屋の中には、老人とその娘と、3人の宇宙学者(?)の存在が、白い湯気の向こうの人影として認められた。
と、それらの人影は急に、天高く上昇、上昇!急速に、風船でも飛んでいくように、上へ飛んでいった。
・・・?いや、違う!
課長が急降下していったのだ。課長の横たわる布団か床が、崩落して急降下していった・・・
時空が陥没したとは、こうした現象?これって、ワープ!?
そのとき、課長の手を、小さなおててが、しっかりとつかんだ。
「?」
おててのまわりの湯気が、激しく光り輝いた、課長はまた目を閉じる。おてては、課長の手をひき、起き上がらせ、課長を宙にうかせる。
「!」
妙な身体感覚で、空を飛んでいるような、磁力で浮かんでいるような、不思議な感覚につつまれて・・・課長は声を聞く。
「宮田さんが、待ってっぞ」
それは、はなちゃんの声。
「ああ君、あの、おんなのこ・・・」
いうのと同時に目を開けた。
「!」
そこはまさに、大銀河のただなかだった。はるか、まさに、宇宙のはてまで、・・・いや、ここも宇宙の果てだが、さらにその向こうまで、輝く無数の、あらゆる色彩の星々が、輝き、またたき、渦巻いてゆっくり動き、ときどき、流れ星、大彗星まで飛んできて・・・
「うわあ!!」
と、課長は思わず声をあげる。
「たまげったか・・・」
これはやっぱり、はなちゃんの声。課長の手をとり、宇宙に浮かぶ、光る、おんなのこ。彼女は続けて、
「礼いったらどうだ」
「礼?」課長はまのぬけた声を出す。
「助けてやったぞ、おれ、おまえを。もっとはやく助けてやろうと思ったのに、おめえ、おれを見たら逃げ出して、なあ、おい・・・・」
そうか、あの光るコビト宇宙人、あれは、はなちゃんで、部屋の窓ガラスを割って救出にきたのも、はなちゃんで、ああ。あの老人がそんなこといってた。
「ありがとう、ほんとに」
課長は頭を下げた、下げたら、下の世界が見えた。
足下にも、大宇宙の星々。そして、あれ、あの、ヒトデ宇宙人たちが、飛んでるじゃないか。あれ!あの、キンキラキンの着物きた、あの、昔のグラムロックのシンガーみたいな、演歌ジャズ歌手も飛んでる、歌ってる!
「さあ、宮田さんが、待ってっぞ」といい、はなちゃんは、課長の手を、さあっと引っ張った。すると、課長は、大宇宙を縦に大回転、ああ、これは、さっき、ステージで、はなちゃんがやった、大回転、ピアノ線じゃできない大回転!
と、目の前が、また白い湯気につつまれ、次に真っ暗になり、超スピードで、弾丸のように、空間の向こうへ、課長は、投げ飛ばされたみたいだ。目を閉じ、また、目を開ける。
「・・・・」
また時空が陥没、いや、隆起?あたりに何も見えない、いや自分の存在が消滅したみたい、変な、実に変な感じで・・・
「おう、絵村さんだべ!おひさしぶり!」
と、声を聞いた。
「み、宮田さん!」
宮田さんだ、そして、テーブルを囲んで、その隣に、富樫さん、風車の矢七さんも!
「まんず、ひさしぶり」と富樫さん、「まんず、まんず・・・おひさしぶりだなっす!!」と矢七さん。みんな、温泉客の浴衣姿だった。
そしてそこは、課長がダイズ研究していたころの新庄下宿、食堂の二階の6畳の部屋で、毎晩、焼酎パーティーをした部屋で、テーブルの上には、あの焼酎、そしてライムが並んでいた。
「まあ、一杯やれや!」
課長は、焼酎「純」25度のライム氷割りをつくってもらい、みんなも、同じものをつくり、乾杯!
いきせききったように、課長は、語り出した
「びっくりしました、何から話せばいいか、昨日から、追いかけられて走って走って、びっくりして、また今、びっくりして・・・」
そうだ思い出した、課長は中学生の頃にあった全員参加マラソン大会に無やり出させられて、ただひとり脱落し、それがトラウマになっていたが、そのことを、この宮田さんたちに、22年前の飲み会で、つい告白した。そうしたら、宮田さんも、校内マラソン大会で脱落した経験があった。しかし、その対応法が課長とまったく違った。マラソンなんか馬鹿にしきっていて、堂々と脱落して、何人かの脱落仲間と、楽しげに、ハイキング帰りみたいにして談笑しながら脱落した。勲章でもとった思い出のようにして、語った。課長が、体の不調を救急スタッフにうったえて病人みたいにして、脱落ゴールし、教師たちからその後、軽蔑、白眼視されて、ひどいトラウマになったのと大違いだった、
「くっだんね、根性つくり、ばっかでね。マラソン。走るのやめて、おでん屋いったっけな」
自己肯定!自立!宮田さんは自己肯定型?課長は、自己否定型、隷従型?そして孤独か・・・それは確実。孤独だったんだ。宮田さんや富樫さんや矢七さんに会って、そのことが判明したのだ。
あのとき、課長は就職試験に失敗の知らせをうけ、黙々と研究サンプリング続け、失恋もし、将来まっくらで毎日過ごしていたのは、前にも思い出したとおり。そのとき、この仲間たちは、そのことをみんな知っていたようで、しかし一言も口に出さず、毎晩焼酎パーティーを開き、毎週、ドライブで、あっちこっち、蔵王のおかまとか、羽黒山とか、斎藤茂吉記念館とか、ああそうだ、宮田さんの実家の仙台にも、つれてってくれたなあ、
「その後、ぜんぜん、だめだったよ。研究だけが生きがいだったのに、その成果はぼくの名前でなく先生の名前で発表されて。学会ではぼくの名前で発表したけど、評判よかったから、先生の名前で発表されて・・・」
愚痴りまくった。宮田さんたちは、聞いていた。
「人生失敗だ、それから金融の会社に入ったけど、いまでいうブラック会社だったよ、つくづくそう思う。なんとか結婚したけど、奥さんは転勤先についてきてもくれない。毎晩自分でカレーなんかつくってたべて、100円缶詰のシーチキンをおかずにしてる日もあった、家に帰省したとき、ペットの犬の食ってるドッグ・フードの缶詰が300円だったのを見たときは悲しかった・・・いや、そんなもんじゃない、ぼく、妻に保険金かけられて、不倫偽装されて、ついさっき、殺されそうになった・・・」
宮田さんたちは圧倒されたのか、哀れんだのか、ひたすら傾聴してくれた。課長はしゃべるのが止まらない・・・
「飲んだ、食った、寝た。それだけだ!ぼくの人生は!宮田さんたちと、あの焼酎パーティーの日々をすごして、駅まで見送ってもらったあと、いいことなんかなにもなくて、飲んで、食って、寝るだけに必死で、ただそれだけを無理矢理に楽しみにして、ただ、それだけで・・」
・・・つづく




