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新庄やまがたものがたり  作者: 新庄知慧
20/23

20 新庄50億年

20


 課長は死んでしまったか。遠い暗闇へ向かって、意識が拡散してしまった感じか。いや、おそろしい悲鳴を聞いた後、課長は気を失ったのだ。


 と、声が聞こえる。

「派手にやってくれたもんだ!」


 これはあの・・・まだ目が開けられないで課長は考えた。これは、丸顔の、課長をこのホテルに連れてきた、あの老人の声。


「ガラスが粉々だ、窓がまるでだめだ、高くつくべ、こりゃ!」

「だべな」

 相づちをうったのは、バスの運転をしていた娘の声に相違ない。同じく不満そう。


 「しかしなあ。うちも、潜りの商売女に、仲間の悪党男まではいりこまれて、面目まるつぶれだなあ!たまったもんでねえ!あいつら、どうした、警察さ、つきだせ!」

「つきだすさ。ハナが手裏剣でやっちまったけんど、死んじゃいねえ、このおっさんみみたいに、気い失ってなってるけんど、おきたら、警察さ、つきだすべ」

「警察!?」


 甲高い声がした。

「警察が、あるんですか、ここらに。この大宇宙に」


 あの若者3人組の一人。ラウンジのカウンターテーブルで、3人して、先生と呼び合い、窓の外の光景に圧倒されていた3人のうちの一人の、甲高い声だった。


「うるせえな。いま、取り込み中なのは、見りゃわかっべ。ちょっと、出てってくんねえかな」と老人。


「すみません」野太い声だ。「私らも、あまりのことに驚いて、一刻もはやく、真実が知りたいのです、いてもたっても、いられないのです。商売ゆえの病気かもしれません」


「商売?あんたら、大学やなんかの先生って、さっき、いったべ。東北大学の先生とか、なんたら航空宇宙研究所の、その、科学者とか。そうだ、科学者って!それ、商売っつうだかね」


「いえその」野太い声が言葉につまる。すると、かすれたカラカラ声が、

「まあ、商売みたいなですよ、商売」

「あんたら、科学をばかにしてんでねえべか!そんで、商売も見下してんでねえべか!」


「は」思わぬ方向へ話が行き、野太い声が焦り、恐縮して、「これはすみません」

「申し訳ありません!そんなに怒らないでください」カラカラ声。これも焦った声、「おみそれしました。さすが、経営者なのに、みずから送迎バスで、現場で汗流す御仁はちがう」精一杯、ヨイショした。


「け」と老人。「あんた、科学者っつうより、サラリーマンでねえの。ごますりか」

「・・・」カラカラ声の二の句がでない。


「・・・そ、そうなんです。結局、そうなんです」急に、やや深刻になった、甲高い声がする。「科学者のサラリーマン化。そうなんです。そういうのを、テクノクラート。というのです。一刻もはやく手柄をたてて、出世したいのです。そのためにだから早く、このホテルの真実をおうかがいして、レポートや論文にして、発表して、実績つくらねばならぬ」甲高い声は、次第に悲壮な力強さを増してしまった。


「ご主人!」野太い声。意を決して演説が始まるか。

「われわれの今までの調査結果による仮説では、ここは、宇宙を自在に移動可能な、小惑星に立地する温泉街です。小惑星は、強固な大気層に包まれたまま、宇宙を移動する。しかもとんでもない高速で。ブラックホールまで移動経路に利用して。じつはこの温泉街一帯の地形が異様な変動をしているのが、継続的に観察されていました。ときには、温泉街じたいが消失したかの事態もあったのです」


「なんだね。むつかしそうな話するべ。そういうとこは科学だっつうのか。言葉がむつかしいだけで、なかみが、ねえんでねえべか!」


老人は負けてない。何だ。この自信。ちょっとたじろいだが、野太い声が続ける、

「つ、つまり、消失したときが、宇宙へ移動した時期であったかと。そのときと同じ現象が、いま、まさに、現在、われわれの泊まっている、このホテルで起きている。そう仮説していいのかと。ご主人、そう仮説してよろしいか」


「窓の外見れや!」老人は、一喝した。「見えねえのか?お星さま、いっぱいだべ。宇宙だよ、宇宙。宇宙銀河温泉だよ」


 しばらく言葉が途切れた。3人の若手科学者一同、あらためて、窓の外の大銀河をみて、絶句した気配だった。


「カセツも仮設住宅もねえ。見たまんまだ。おめえら、見たものもわかんねえべか!?おれら温泉街は、宇宙の向こうの離れ湯へときどき行くだよ、温泉街みんなで。お客様つれて、お客様サービスだ。まちおこしだ。「地方創生」だ・・・あ、おれも、むつかしい葉知ってるべ!」老人は、げへへ、と笑った。


「ご、ご、ご主人・・・」かすれたカラカラ声が、絶えかねたという風に、ますます、かすれた声で、きいた。


「では、いつから、この温泉街は、そのような、宇宙大飛行をされるように、なったのです」

「そうさな、おれの生まれたころか」と老人。


「生まれたころ、というと、六十、七十年・・・いや失礼」

「うんにゃ、せいぜい五十」

「五十・・・いや本当に失礼、お若かったのですね。五十年ですか」

「五十年?ちがうべさ、五十億年だべよ!」

「ごじゅう、おく、ねん!?」


 3人は沈黙した。ややあって、カラカラ声が、泣きそうな声で、

「そんな・・・。地球の歴史は四十六億年といわれてるのに、それより前の五十億年?」

老人は、それに応じて、「人間五十億年、下天のうちをくらぶれば、ゆめ、まぼろしのごとくなり!」にかりと笑い、「織田信長だべさ。学あんなあ、おれも」また、げへへ、と笑った。


「地球創世前からのご商売でしたか」自暴自棄になったかのように、野太い声が力なくいった。


 老人は、この3人の若手科学者に同情したのか、やや優しい声で、

「そうなのよ。もともと、おれらは・・・いやおめえらも、ほんとは、同じなんだども、宇宙の向こうからやってきたのよ、向こうからみりゃあ、こっちが「向こう」なんだどもな。ま、向こうで食っていけねえで、集団就職できたもんだべよ。ここらが地球になる前からの商売よ」


 植物も動物も人類も微生物も何もいない、文化も経済もなかったであろう宇宙空間で、温泉宿泊業を創始するとは、なみたいていのご苦労ではなかったでしょうね、と、誰かいおうとしていたかもしれないが、その場の若い3人は、ただ力なく沈黙していた。


 老人は宣教師のように語り続ける、

「それでよ、地球ができたが、はじめ、地球は、みんな、新庄だったべな。向こうの宇宙の、国道十三号線銀河からの子どもの星が・・・俺らもそのひとつだけんど、いっぺえ飛んできて集まって、海ができて、陸ができて、下金沢町大陸、小田島町大陸、住吉町大陸・・・後の地球の、ゴンドワナ大陸みたいな大陸から、いくつも大陸が生まれてなあ。それで何億年かは、この地球はみんな、新庄だったべよ」


 いいかげんにしろ、と、若い科学者の誰かは、言いたかったのかもしれない。しかし、穏やかに、また野太い声がきいた。

「そんなに長く生きてこられたというのは、またどうして」

「ああ。それ?」老人は、気軽に、「おれらは、大豆なのよ」


「だいず?」野太い声がききかえす。

「そう。おめえ、そうだべな!」老人は、バスの運転をしていた娘に、同意を求めたようだ。


「光合成に、空中窒素固定菌との共生、その仕組みを併せ持った生き物の白眉は、ダイズなり。つまりな、光と水とで自分でデンプンもつくるし、空気、空気ってね、窒素を含んでっから、それとくっつけて、タンパク質も自分でつくれっから・・・だべな。おれも、また、難しいこというな」また、げへへ・・・「ほれ、おめえ、あの試験場でも研究してたろ、おめえが、すらすらいった、あの・・・」


と、かわいくないブスっとした女の声が答えた。「山形県農業試験場最北支場」

「そうだ!」と老人。


娘はいう。「ダイズのことなら、このおっさんが、よく知ってるんでねえか。ダイズだの試験場っていってたべ。しかし、このおっさん、よく寝るなあ。そんな、おおごとかよ?」


 課長の顔がのぞきこまれたようだ。


 課長は考えていた。

・・・しかし驚いた。この老人やその一族(?)はダイズと同じ光合成や窒素固定の仕組みで、惑星の寿命に匹敵する長寿を獲得しているというのだ。そうか、ダイズの研究を続けていたら、そんなことを解明できたのかもしれない。課長は感心していた。


しばらく、沈黙が続いた。


一座に、また何か異変?

しばらくして、老人の大声がした

「ああ!また飛んで来たか。ま、いい、こっちさ!こっちさ来!」

続いて、

「おっさん、おきれ!」

 娘の声だった。

「はなが、よんでっぞ!ロリータおっさん、はなが呼んでっぞ!」

 課長は、ゆっくりと、目をあけた。


・・・つづく


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