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新庄やまがたものがたり  作者: 新庄知慧
11/23

11 温泉街を散歩

課長は、その女性と散歩にでかけた。


 何の魅力もない、ひなびさびれた温泉街にすぎないと思っていたが、歩いてみると、それなりの魅力が、あるように思えた。


「どこにでもあるようで、もう、こうした陳腐な温泉というのは、どこにもないのかもしれませんねえ」

いっている自分が、陳腐そのものの誉め方だとは思ったが、女性と歩く、温泉街の小川のほとり、川にかかった小さな橋を渡るあたり、みどりの山を見上げて歩く暑い昼下がり、確かに、それなりの魅力があるように思った。


「昔の湯河原みたいな魅力ですなあ」

課長は自分なりに、温泉の印象を、そうまとめた。


「湯河原?ああ。そうか」

女性は、あまり理解できないという口調で答えた。


「湯けむり殺人事件とか、温泉バスガイド探偵物語とか、火曜サスペンス劇場とか、金曜探偵劇場とか、そういうテレビ番組の舞台になりそうな」

「そうそう、そんな感じですね、この辺は」

女性は笑った。


・・・しかし、人がほとんど歩いていないな。平日だから、当たり前なんだろうけど、やはり、さびれた閑散とした感じ。土産物屋も、一応開店はしてるけど、全然、営業しようという、やる気が感じられないな。


「・・・あの山に、登ってみると、いいんですよ」

女性は、旅館の立ち並ぶ裏手のみどりの山を指さした。


「ながめがとってもいいんです」

「急な山ですね」

緑色の木々の覆われた、急峻な山だった。確かに、頂上からの眺めはいいだろう。


「けど、登るのは、大変そうですね」

「エスカレーターつきなんです。だから、大丈夫」

「エスカレーター?」


しばらく行くと、登山口に、確かに、エスカレーター入り口があった。

「これは。江ノ島みたいだな」

「楽ですよお。それとも、歩いて登りますか?」

「いや、楽なほうがいいな」


しかし、エスカレーターは、山にくりぬいたトンネルの中に作られている。

課長は、またトンネルか、と、少し飽きたと思った。


社宅から逃げ出して乗った電車が入り込んだ、長くはてしない、トンネル。間違えて入った女湯から脱出するときに歩いてきたトンネル。 


「行きましょう」

そんな思いを振り払うようにして、課長は率先してエスカレーターに向かった。入り口で二人分の切符を買い、女性の前に立って進んだ。


あっという間に山頂に到着した。


「ほら、眺めがいいでしょう?」

山頂の小さな展望台に立って、女性が、誇らしげにいった。


「うーん」

確かに。眼下に小さな温泉街。その横を通って、山あいを蛇行して流れる小川。囲む緑。何層にも、何層にも、少しずつ色合いを変えたグリーンが、うたうように、見事な色彩を、まるで音楽を奏でるようにして、波うちながら、広がっている。その向こうには、課長が、バスで乗り越えてきた、おだやかな紫色の山々。さらに向こうに青い空と真っ白な入道雲。


「なんか、気持ちいいんですよ。ここ。いつ来ても、あんまり、人もいないし」


「たしかに」

どうってことない、夏休みの宿題に、子供が描いた絵のようなシンプルな景色だが、それが、かえってとてもいいのだ。


「絵村さんのいらっしゃった、農業試験場は、ホテルの裏手ですね」

あそこかな?という風に、女性・・・そうだ、畠山美絵、は指さした。

「そうですな。あそこだ。広いと思ったけど、そうでもないなあ」

「しかし、こんな山奥に試験場があったんですねえ」

「そんなはずはないんだけれど・・・」

「といいますと?」

「私がいた試験場は、確か、もっと、町に近かったはずです。少し歩くと国道にぶつかって。その国道ぞいにの食堂の二階に下宿してたんですよ。食堂の近くには、民家も密集してて。ご近所さんの応接間に集まって、カラオケ大会やったこともあったくらいで」

「じゃあ、ちがうんでしょうか、あの畑・・・」

「ウーン。でもさっき、畑の中にいたでしょう?そこから見た景色には、覚えがある。記憶の風景と、ぴったり一致した。畑の向こうに見える山並みなんか、ぴったりと記憶通りだった・・・」

「じゃあ、やっぱり」

「まあ、ボクの記憶も、あてになるんだかどうだか。何しろ20年以上も前のことだから」

「ふうん。・・・さっき絵村さんがいらっしゃったときだけ、昔の場所に戻ったのかもしれませんねえ」

「え?」

「畑が、あなたをお迎えして、昔の記憶の位置に、飛んでいってくれたのかもしれませんねえ」

「はあ」


変なことをいう人だな、と思って、課長は、畠山美絵を見た。美絵は、遠くを見つめる表情で、考え、それから、景色の一方を指さして、いった。

「あの、ホテルの反対側の小さな山が見えるじゃないですか」

「ああ。黄緑色の。透き通るような感じでキレイに光ってますねえ」

「あれ、まえは、なかったような気がするんですけど」

「まえはなかった?」

「そうなんですよ。半年くらい前に来たときはね」


・・・なかった?半年の間に、隆起した「平成新山」だとでもいうのだろうか?

「そうですか」


「変でしょう?私のいってること。自分でも、そう思うんだけど。ニューグランドの人にも聞いてみたんですけど、全然わからなくって。埒があかないんです」

「・・・」

「それから、あの、今気づいたんですけど、やっぱり、なんか、全体にちがってます。前に来たときも、そう思ったんですけど」

「・・・ちがってる?」

「ええ。景色が、ちがってるんです。あの小さな山のほかにも、全体に、建物や景色の配置や色がね。動いたり交替したみたいな。面白いんですよ。だから、ここ」


美絵は、次第にいきいきした表情で、風景を360度、ぐるぐる体や首を回して眺め続けた。


「なるほど。そこが新鮮?」

「新鮮で、不思議なんです。やっぱり今回も、不思議な発見だわ」


そういう間にも、彼女は風景の中に、いろいろなものを発見しているようだった。そうした彼女の姿を、課長は、少しばかり驚きの目でみつめた。


「あ。ごめんなさい。なんか、変ですね、私」

課長の目に気づき、美絵は姿勢を正した。


「いえ。全然。きっと、来るたびに、新しい発見をしているということです」

「そうかしら?」

「そうですよ」

「ちょっと、頭おかしいんじゃないかしら、あたし?」

「そんなことはないでしょう」

「いえいえ。ちょっとおかしいんじゃないかって思うんです。だってね、いいですか?いっても」

「どうぞ」

「半年前には、あの、ダイズ畑なんか、なかったんですよ」

「ダイズ畑って、さっき、私がいたところ?」

「ええ。じゃあ、そこに何があったかって、ききたいんでしょう?・・・何もなかったんですよ。私の記憶では。小さな山になってたはずなんです」

「・・・はあ。そうですか」


課長の返事をよそに、美絵は、困ったような、苦しいような、申し訳なさそうな顔をした。

「変だなあ、私って。でも、新鮮で、不思議・・・」


そのとき、誰かが怒鳴った。

「おーい、あぶねえぞ!」


課長は、びくり、とした。大声が、繰り返した。

「あぶねえぞ!絵村さん、気をつけい、気をつけろお!」


宮田さんだ!


課長は、自分の耳を疑いながらも、きょろきょろと周囲を見回した。


宮田さん!どこだ?あぶない?なにが?なにがあぶないんだ?

声は、今やってきた、エスカレーターのトンネルの方からしているようだった。


「失礼!聞き覚えのある声なんです。ちょっと、見てきます」

課長はいって、怪訝な表情になった美絵を残して、エスカレーターの入り口の方へと駆け出した。


づづく・・・




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