12 誰かが呼ぶ声
新庄やまがたものがたり その12
誰かが課長を呼んでいる?
課長は、展望台から階段を駆け下り、昇ってきたエスカレーターの出口のところに来た。あたりには誰もいない。しかし・・・
「こっちだ!乗れっべや!」
また、宮田さんの声がした。
・・・このせりふ、昔、きいたことがある。
新庄の下宿の晩。みんなで、近くの町でやっている祭りを見にいこうと話がまとまった。しかし、一行は、宮田さん、富樫さん、矢七さん、下宿の子供2人、そして課長。5人乗りの車では、定員オーバーで、全員乗れないと思った。
「ボクは遠慮します」
課長は言ったのだけれど、ドライバーの宮田さんは聞き入れず、言った。
「子供なんて二人で一人だ、絵村さん、乗れる、乗れる」
「しかし・・・。0.5人の乗車オーバーでしょ」
おずおず課長は言ったが、やはり聞き入れず、半ば怒ったように、宮田さんは言った。
「乗れっべや!」
・・・そうだ、乗れっか?!
課長はエスカレータ出口から下をのぞきこんだ。
しずしずと、エスカレータの動く階段が、あとからあとから昇ってくる。しかし、昇ってくるのは段々ばかりで、やはり人影はみえない。
「どなたか、お知り合いですか?」
課長の背後から、美絵の声がした。振り向くと、いつの間にか課長に追いついた彼女が、不思議そうな顔で課長を見ていた。課長は、いつの間に追いついたのだろうと、やや焦って言った。
「いや。気のせいだったかな」
「空耳ですか」
「ウーン、それにしては、はっきり、聞こえたなあ」
「どなたの声だったんですか」
「昔、新庄にいたときに、友人だった人の声です」
「なんとおっしゃってたんですの?」
「あぶない、って、言ってました」
「まあ。・・・私が、あぶないのかしら?」
「そんな・・・」課長は思わず返事に窮した。「あぶないといえば、ボクのほうが、よっぽどあぶないでしょう」
「そうなんですか?」彼女は、アハハ、と声にだして笑い、「たしかに、ちょっと・・・。昔の思い出に、かなり心酔されてるせいでしょうか、たしかに、ちょっと、おもしろい感じですけど、でも、あぶないっていうのとは、ちがうと思いますけど・・・」
「はあ。そうですか」
課長が相槌をうつと、
「あぶねえぞ!!」
課長の耳に、また、あの声が聞こえた。
課長は、今度は無言で、あたりを見回した。
「・・・・?」
また幻聴を耳にしたらしい課長の様子を見て、さすがに美絵も気味悪さを感じたようだ。
「・・・また、何か聞こえたんですね。お疲れなんですかね。ごめんなさいね、こんなところへ、私が無理やりお連れしたせいかもしれませんね」
「そ、そんなことはないですよ!」
あわてて、そうは言ったものの、課長の心は、実は、平静な感じではなくなっていた。何となく、彼女を見直してみた。
美人だ。よくよく見ると、やはりかなりの美人だ。
こんな美人が、ダイズ畑で、タオル一丁の姿でうごめいていた、中年のおっさんに、何でこうも親切に話しかけて、食事までいっしょにして、見物名所にまで案内してくれるのだ。なぜこんなに心を開いてくれるのだ。俺はそんなにもてるはずがない。旅先で、こんな美人と、ほっとするひと時を過ごせるような人生のはずがない。これには、何か裏があるに違いない。
「・・・・」
彼女は、課長の視線を気味悪く感じたらしい。不自然に沈黙した。課長も、つい、言葉を次げなくなって、沈黙・・・。彼女が、ぽつりと言う。
「じゃあ、もう、お帰りになったら?」
「は」
「まだ、お風呂にも、ゆっくり入られてないんでしょう。その、お湯を間違えて、入っちゃったから」
「ええ、まあ、その・・・」
「大変だったんですものね。それなのに、おそば食べて、こんな山の上に来ちゃったんですから、もっと大変です」
「そんなことはない。楽しいですよ」
「そうかしら」
・・・彼女は不愉快になったか?
そう思うと、課長は、とたんに、後悔した。
せっかく、こんな美人と知り合いになって、デートできたのに。会話もそこそこ弾んでたのに。なんだかドラマっぽくなってきていたのに。不自然な沈黙と、やや不審げな目つきで、彼女を見たりなんかして、これは、失敗だったのではないか?
「お帰りにならないの?」
彼女が言う。つんけんした感じ。
「ええ、まあ・・・」
課長が、彼本来の、といえる優柔不断が返事をしたら、彼女はきっぱり答えた。
「じゃ、私、帰ります」
「え。じゃあ、ボクもいっしょに・・・」
追いすがるような口調になってしまった。
すると、彼女は、それに、逆の意味で呼応するように、「正気に戻った」という口調で、言葉を返した。
「いえ。ここで、お別れしましょう。私、先に行きますから」
「・・・でも。同じホテルですよね、ボクたち・・・」
「え?」
彼女は驚いたような顔をした。そして、課長の言った言葉を反復した。
「ボクたち?!」
目を吊り上げた彼女を見て、課長は返す言葉を失った。
ボクタチ、というのは、まずかった。
・・・昔、失恋した彼女に、同じ「僕たち」という言葉を使い、同じように、強烈な拒絶の意味合いで、反復して言われたのを思い出した。その反復は、こういう意味だった。
『僕たち?!なによ、それ!たちって、いっしょ、ってこと?ナントカどうし、ってこと?冗談じゃないわ!あなたといっしょにしないでよ。やめてよ。ミエミエじゃない。そういう言い方をして、いつの間にか、二人の間の距離がなくなったみたいに暗示にかけようとしてるんじゃない!そういう汚い言い方じゃない!ヤメロ、このバカ!!』
課長は、あわてて取り消した。
「いえ、僕たちじゃ、ありません。貴殿と、私です」
そう言っても、彼女は、眉をひそめて、無言で、課長を見返しただけだった。
「・・・すみません。なれなれしくしちゃって。失礼。わかりました。お別れしましょう。ここで、さよならします」
課長の、何か後ろめたい、みっともないもの言いに、彼女はますます興ざめした様子だった。何のことはない、自分は、所詮、温泉宿に、女遊び目当てで来たおっさん、と見られていたのに過ぎなかったのだ。いや、ひょっとすると、本当は、それが真実だったのだ・・・、課長はそんな気にさえなった。
「そうですか。それじゃあ。お帰りも、エスカレータで行けるようになってますから。私、先に行きますから。お宅、ここで、しばらく居てください。さよなら」
彼女は、きわめて、事務的な言い方で答え、踵を返した。
「・・・はい」
課長は、彼女の後姿に向かって、弱々しく、手を振った。
つづく・・・




