降神辻で愛された鬼 前編
九十九令和奇譚初の単発ネタです。
エルヴィス・プレスリーと鶏面人に精神をゴリゴリ削られ、疲労困憊でバスに乗り込む荒吐氏がつかんだ、奇妙な祭りの情報、訪れた村で荒吐氏は、村人から過剰とも思えるほどの笑顔と歓待を受けるが...
祭りの中に隠された歴史の残滓、荒吐氏は果たしてこの村に眠る謎を解き明かせるのか?
九十九令和奇譚 第十話 降神辻で愛された鬼・前編です。
九十九令和奇譚 真説・耳嚢シリーズ 第十夜
降神辻で愛された鬼 前編
もう随分長い時間バスに揺られている、あたりは山の中の変わり映えのしない景色が続いており、退屈極まりない。
第八夜「都市伝説、ビジネス街に現れるビジネススーツを着た謎の鶏面人を追え!!」
第九夜「エルヴィス・プレスリーは生きていた!?アメリカ都市伝説に見る噂の影を追い遂に現地へと飛んだ取材班!!」
というIQが枯渇しそうな前二回の寄稿で著者は疲れ果てていた。
訳のわからん鶏面人だの、UFOに乗ったプレスリーがミステリーサークルを作っていたのを目撃しただの、ジャンキーの幻覚みたいなネタを編集部に押し付けられたのだ。
当然著者としてはお断りしたかったのだが、著者もわずかばかりの原稿料で糊口をしのぐしがないフリーライターの身、明日のおまんまのためには仕方がなかったのだ。
今回もまた最近編集部に入ってきたいけ好かない編集ゲイツに命じられてエルヴィスネタの続編として取材に来ていた。
場末感あふれるスナックで、ネタを送ってきてくれた地元のオカルト愛好会のおっさん相手から
「UFOに乗ったエルヴィスが激しく腰を振るとその動きに合わせてUFO直下にミステリーサークルが現れた、しかもそのUFOにはナチスの鍵十字のマークが描かれていたんだ!!ウソじゃねぇ、確かにこの目で見たんだ!!」
なんて与太話を安物のホッピーを勧められながら聞かされる著者の気持ちが、読者にはお分かりになって頂けるであろうか?
適当に相槌を打ち、そろそろJRの時間だからとおっさんの相手を切り上げお勘定を払おうとするが、おっさんはしつこかった。
「待て、分かった、とっておきの情報だ、これはバレると俺の命も政府に狙われるネタだから話すつもりはなかったんだが...実はな。」
とおっさんは勝手に話を進める。
「そのUFOの底部にはな....なんと、逆さまになったティーガー2戦車の砲塔が付いてやがったんだ!!」
逆さまの砲塔ってことは、砲手も逆さまになって入ってるのか?
疑問が浮かんだが話しが長くなるので無視してお勘定を済ませる。
店を出ようとする著者の背中にまだおっさんが何かを喚いていた。
「しかもだ!!それはただのティーガー2戦車の砲塔じゃねぇ!なんと、幻のポルシェ砲塔だったんだ!!いいか、ポルシェだぞ!!ヘンシェル砲塔じゃねぇんだ!!どうだ、特ダネだろ?」
オカルトファンなんだかミリオタなんだか薬物中毒者なんだかアル中なんだか、あるいはその全部なのか分からんが、おっさんは飲み屋のオバハンに羽交い絞めにされていた。
「そんなことより今日こそツケを払ってもらうよアンタ!!」
その声を聴き流しながらJRの駅に向かい、乗り込んだ次第である。
現地に飛び徹底取材を敢行!!との煽り文句だが、大半の取材は編集部近くのネカフェでてきとーにアメリカ現地のネタを集め翻訳アプリにぶち込んだだけである。
まぁ確かにネカフェへ飛んだのは事実なので、ウソではないかもしれないが。
件のオカルトマニアだかミリオタだか分からんおっさんももちろん日本人であり、場末のスナック「ゆかり」でのインタビューももちろん日本国内だ。
途方もない疲労感と虚脱感に襲われながらJRのシートにぐったりともたれかかり、ゲイツのやつにどう今回の取材報告をしたものかと思案していると、乗り込んできた地元民と思われるおばあちゃんが向かいの席に座り話しかけてきて、ビールとおにぎりをいただいた。
人の情けが身に染みる...つい取材の愚痴を聞いてもらってしまったのだが、そのおばあちゃん同情したのか、ある情報をくれたのだ。
ここから3つ先の駅で降りて1日3本しかないバスで山間にある村まで行けば、面白い祭りが見られるかもしれないというのだ、ちょうど今の時期にやっているはず、との事。
なんでもちょっと変わったお祭りで、少しは取材の足しになるだろうとのことで、著者はおにぎりとビールのお礼を述べ、帰宅の予定を変更してその駅で降り、今こうしてバスに揺られているというわけだ。
今からその村で取材となると今日中の帰宅は絶望的だが、著者は常に野宿の準備をしてから取材に向かうので、問題はない。
古くて傷んだシートのせいでお尻が痛くなってきたころにようやく目的の寒村に到着した、痔になる前に着ける距離で良かった。
降りた場所にあるサビだらけの停留所の看板を見上げる、そこには「降神辻前停留所」の文字がかすれながらも辛うじて確認できた。
読みは「コウガミツジ」だろうか?あるいは「フルガミツジ」か?
字面からして、かつて神が降臨した場所とか、あるいはその子孫とされる家があった場所なのだろう、田舎にはよくみかける地名といえる。
念のためその地名をメモ帳に走り書きした著者は停留所の看板のすぐ隣にある負けないぐらいボロボロの商店に入る。
店の入り口には昭和からそのままになっているのであろう古い
「元気ハツラツ!!」
と描かれた清涼炭酸飲料のレトロな看板が設置されてある。
こういうのコレクションしてたりする好きな人にはたまらんのだろうなぁ、と思いつつ声をかけると、店の奥からおばちゃんが雑種の柴犬とともに出てきてくれたので、話しを聞く。
長年の経験からまずはこういう商店の人に話を聞くことから始めるのがコツであることを知っている。
商売やってる人は、まずぶっきらぼうに対応して来ることはないし、外部の人間が訪れるのにも慣れているからだ。
聞けばお目当ての祭りは残念ながら1週間ほど前に終わってしまったとのこと、2日しかやらない祭りらしいので、よほどタイミングが良くない限りアポなし取材は無謀だったようだ。
しかし村の名士の家を紹介してくれた。
そこなら古い伝承にまつわる話も聞けるはずとのことだ、わざわざ先方に電話をかけて了承を取り付けてくれた。
お礼を言ってついでにおにぎり3つとカラアゲ4つ、タクワン3切れが入ったお買い得おにぎりセットをビール2本と一緒に夕食用に購入し、お礼を述べて教わった家を訪問してみた。
すでに夕方になっていたにもかかわらず名士の家人は快く迎えてくださり家に上げてくれた。
案内された奥座敷で、御主人に話を伺うことができた。
「祭りはもう終わってしまったが、ほら、そこの窓から見えるあの高台、その高台に大きな岩が見えるじゃろう?」
見ると、確かに村全体を見下ろせる高台に大岩が見える。
「あの大岩はウラガミさんの岩っちゅうてな、祭りのときはあの高台のふもとに櫓を立てて岩の高さまで組み上げての、その櫓の下に村中総出で集まって踊ったり歌ったりしてウラガミさんにも楽しんでもらうのよ。うちの裏山で昔からやっとる祭りよ。」
裏山の神様だからウラガミさんか、地元に古くから愛されている山神を親愛の情をこめてウラガミさんと呼ぶのは良くあることだ。
しかし期待していた祭りは見られないし、正直よくある田舎の風習らしくあまり著者の興味をそそられる話題ではなさそうだ。
まぁせっかく来たのだから念のため明日高台の上の大岩を調べてみよう。
「まぁまぁあなた、若い人にそんなお話をしても退屈ですよ。」
と上品な奥様がお茶を出してくれたので、これ幸いと話しを変えてみる。
すると一寸面白い話が聞けた。
かつてかなり昔、この村に流れ着いてきた一族がいたそうだ、彼らは男女10人に満たぬグループだったそうだが、村人にこう言ったそうだ。
「我らは遠き土地より流れてきたものだが、鬼の血を引いている一族なのだ」と。
話しを聞いた村人は冗談だと思い
「しかしあんた達には角も牙も生えていないではないか?」
と冗談めかして問うてみたところ...。
そこまで語った御主人は奥から古文書を持ってきて見せてくれた。
『…伝うるに、其の昔、かの者たちの祖先がこの辻へ流れ着きたる際、里の長へ向かいて斯様に語りき。**「我ら、百年かけて人と交わりて角も牙もすでに失えれど、血に眠る鬼の力だけは残りて候。力仕事に、あるいは里の守りに、必ずや役に立つゆえ、どうか此の地に置いては下さらぬか」**と。 長はその誠実な瞳を見て、彼らを客人として温かく迎えたという。
なるほど、日本各地に落ち武者が流れ着いてきた落ち武者伝説を持つ地域は数多いが、鬼が流れ着いてきたというパターンはちょっと珍しい。
しかも鬼そのものではなく、角も牙もない自称鬼の子孫というのが変わっている。
例の高台の大岩と地域独特の祭りもそのゆかりなのだという、これは面白い、やはりおにぎりをくれたおばあちゃんの言葉に従って途中下車して正解だった。
UFOプレスリーよりよほどオカルトライターとして興味をそそられる話だ。
ただここまで話しを聞いたあたりですでに外は暗くなっており、さすがに夕飯時を邪魔しては悪いと思って続きはまた明日聞かせてほしいと席を立とうとしたら、奥様が今晩泊まる宿はどうするのか?この村には宿泊施設などないとおっしゃる。
予想はしていたし、著者は寝袋は常に持ち歩いているので、そこらで野宿するつもりだと笑いながら答えると、御主人も奥様もならばこのままウチで泊っていけばいいと勧めてくださった。
急なアポなし訪問に応じて頂いた上にそれは申し訳ないと言ったのだが、お二人が熱心に勧めるもので、そのご厚意に甘えることになった。
夕食は奥様が裏山でとってきた旬の山菜をふんだんに使い、地鶏を使ったしゃも鍋である、著者にとっては何年ぶりのご馳走であろうか?
大喜びで舌つづみを打つ著者にもっと食べろもっと飲めと勧められたせいで久しぶりに大満足の夕食を堪能できた。
夕飯用に買っておいたお買い得おにぎりセットは、明日以降の取材の際のお弁当にしよう。
寝室に割り当てられた客室には豪華な金の装飾がなされた来客用のふっかふかのお布団が用意されていた、著者のアパートの万年床せんべい布団とはえらい違いである。
どうして見も知らぬよそ者にここまでしてくれるのか不思議に思い、寝間着を届けに来てくれた奥様に聞いてみた。
この村は昔から温厚な土地柄で知られているらしく、それを聞きつけて古くからこの村に流れてくるものは多かったらしい。
そのたびに村人は暖かくそれらを迎え入れてきたそうだ。
なるほど、さきほどの御主人の話しに出てきた自称鬼の子孫たちも、そんな噂を聞きつけてこの村に来たのかもしれない。
奥様が言うにはその鬼の子孫に纏わるある言い伝えもあり、今でもこの村ではたまに訪れる外からの訪問者には精いっぱいのもてなしをするのが習わしとなっているそうだ。
だからやたらとこの村の人はよそ者の著者にも愛想が良く、世話を焼いてくれたわけだ。
鬼の子孫たちに感謝しないといけない、何年かぶりのしゃも鍋など、そうでなければありつけなかったところだ。
名前も知らぬ鬼の子孫たちに感謝しながら、その日は床に就いた。
明日は高台の大岩の現地調査と、ご主人にさらなる話を聞いてみようと思う。
良く眠れた。
大きなあくびをしながら起きた著者に御主人と奥様が良く眠れたかと問うてくる。
お陰様でぐっすりと眠れました、と答えると満足そうにお二人も頷いていた。
これはお世辞ではない、美味しいしゃも鍋と檜風呂、ふかふかのお布団のお陰でプレスリーにガリガリと削られた著者のSAN値も本当にすっかり回復していたのだ。
相変わらず絶品の奥様の手作りの和食ベースの朝食をいただいた後、改めてお礼を述べ、高台のウラガミさんの大岩の調査に向かった。
30分ほどかけて高台に上る、ここは村全体を見渡せる、大岩の周りを調べてみた....
あった、石碑だ。
それほど古いものでもなく、おそらく比較的最近建てられたものだろう、刻まれた文章も現代文だ。
「この大岩は古くよりこの村落に伝わる伝説に基づいて村の信仰の対象となっている、祭りが行われる際にはこの大岩の高さまで高く組まれた櫓の周りに村人総出で集まり二日間にわたって行われる。
この祭りはかつてこの村を救った一家の行いを忘れぬよう始まったものと伝わっており、今でもこの岩が村を守っている守り神のような存在として扱われている。
村の子供が一定の年齢になると子供の健やかな成長を祈りこの大岩に子供に手を添えさせて健康を祈るなどの風習が残っている。」
という内容だった。
著者の予想どおりである、これは一種の道祖神なのだ。
道祖神とは村の入り口や外部に繋がる村境などに設置されるもので、もともとは大陸の庚申信仰(こうしん / かのえさる) からきたものだ。
村の境界や路傍、交差点などに祀られ、外部から入ってくる悪霊や疫病、災いなどの侵入を防ぐ「村の守り神」であり、旅人の安全を守る「旅の神」である。
村に外部から望ましからざる災厄や悪いものが入り込んでくるのを防ぎ、見張る役割をもつ、塞の神ともいう。
一般的な道祖神には境界の神としての性格から、男女の和合や子宝、安産をもたらす神としても広く親しまれており、そのため、男女一対の姿(双体道祖神)で表されることが多く、力強い青面金剛や三猿が彫られたものもある。
この村の場合、この大岩が塞の神としての役割を持たされているのだろう。
自分の予想通りだったことが確認できてニンマリする著者の目の前に、村から上がってきた若い女性と手を繋いだ小さな子供の二人連れが現れた。
挨拶をすると母親と思われる若い女性が会釈しながら
「こんな何もない田舎になにかの取材ですか?」
というので、簡単にオカルト雑誌の取材で訪れたことを正直に告げる。
特にそれに気を悪くする風でもなく、その母親は取材協力のつもりなのか、この大岩に関する風習について説明してくれた。
今日はこの子の誕生日であり、健やかな成長を祈って村の風習にのっとってウラガミさんの大岩に祈願しに来たのだ、という。
見ると小さな手を大岩に充てた子供が、母親に言われた通り何かを目を閉じて唱えている。
「掛け巻くも畏き(かけまくもかしこき) 皇神の御前に白す
古よりこの地を守り鎮まる 塞の神、ウラガミの大神の広前に、 恐み恐みも白す
本日は、 幾世の御代を重ねて授かりし尊き御子の生誕の日に当たり、 親の命たち、恐み敬ひて、 大神の御稜威の御影に仕え奉る
乞い願わくは、 大岩の磐城の如き、堅く強き御稜威を分け与へたまひ、 この御子の御骨をば、 猛く強に、 風雪をも凌ぐ堅磐に斎き固め、 健やかに、豊けく、長き世に守り導き幸へたまへと、 恐み恐みも白す。」
そのように著者には聞こえた、これは神道由来の祝詞だろう。
もちろん子供には意味など解らないのだろうが、母親に言われた通りに何度も言い間違えながらも、一生懸命に唱えている姿がとても愛らしい。
「こうしておけばウラガミさんの御利益で丈夫な体の強い子に育つといわれてるんです。」
そう教えてくれた母親は、軽く会釈した後、子供と手を繋いで、来た時と同じ道を通って村へと降りて行った。
道祖神としての役割を持ちつつ子供の健やかな成長を願う信仰の対象となっているのは面白い、他の道祖神にはあまり見られない特徴だ。
さきほどの祝詞の内容を忘れないうちにネタ帳に書き留め、石碑の文章を書き写したあと、お昼ごはんにお買い得おにぎりセットを頬張りながらしばらく大岩や石碑の周りを調べ、最後の唐揚げを口に放り込み満足して村へと降りた。
実に充足感のある調査となった著者は名士の家を改めて訪れ、預けてあったわずかな荷物を引き取り、丁重に一宿一飯のお礼を述べバスの停留所へと向かった。
鶏面人と腰を振るプレスリーに精神をかなり削られたが、偶然からこの村に立ち寄ったおかげで最後は面白い調査ができた。
停留所のくたびれた所々割れたベンチに腰掛けて時刻表を見る、次の便がくるまでたっぷり一時間以上ある。
取り出した型落ちの古いノートパソコンでレポートをまとめつつ待っていると、編集部からの電話が入る。
スマホを取り出して通話ボタンを押すと、ゲイツだ。
開口一番
「プレスリーの件はどうなった?」
と来たもんだ。
もちろんそんなアホ話、まともに取り合うわけはない。
めんどくさいので、テキトーに答えて一方的に通話ボタンを切ってやった。
完成したこのウラガミさまのレポートを、奴の横っ面に叩きつけてやる瞬間が楽しみだ。




