戦史に埋もれた鬼
歴史に埋もれた朱羅神一族の痕跡を探す、荒吐九十九氏渾身のレポート第二弾となります。
荒吐氏がかつてから蒐集していた、日本各地に残る奇怪な伝説伝承に、荒吐氏は奇妙な共通点を見出します。
御子神一族の口伝に伝わる禁忌の一族、彼らが歴史に残した爪痕とは...?
1943年(昭和18年)初頭 ~ 1944年(昭和19年)夏頃
ソロモン諸島における日本軍との戦闘記録より。
「According to unofficial accounts and leaked testimonies filtering out from official military records, a series of bizarre nocturnal raids suddenly targeted the night positions of the U.S. Army 32nd Infantry Division (or the 1st Marine Division). What made these incursions peculiar was that the attackers showed no signs of pain even when riddled with bullets, seemingly dissolving into the darkness in an instant, or appearing out of nowhere entirely alone before vanishing abruptly from the soldiers' field of vision.
A record left behind by a platoon on night patrol describes the following encounter: Beneath the moonlight, a figure resembling a mud-covered Japanese soldier was standing there. As they drew closer, however, they saw that its face was not covered in skin, but rather fused with a bizarre, dark-red, glistening 'mask (or a surface of raw, exposed flesh).' It refused to fall despite being subjected to a barrage of gunfire, instead closing in with an eerie, creeping gait. Driven by terror, the soldiers panicked, opened erratic fire, and abandoned the position in a complete rout.
Eventually, prompted by the local command's growing exasperation with these persistent, elusive intruders, the U.S. forces carried out a calculated ambush with a full infantry company. Unleashing a torrential crossfire of massive hand grenade bombardments and four heavy machine guns, they finally succeeded in neutralizing the intruder. This commotion forced the offensive operations against the Japanese positions to be delayed by approximately four days.
」
「日本語訳
非公式の記録や、公式の軍事記録から漏れ伝わる裏の証言によると、米陸軍第32歩兵師団(または第1海兵師団)の夜間陣地に対し、突如として奇妙な夜襲が相次いだ。特異なのは、その襲撃者が銃弾を受けてもまるで痛がる様子がなく、一瞬で闇に溶けるように消える、あるいはどこからともなく単身で現れ、兵士たちの視界からふっと姿をくらますという点だった。
ある夜間哨戒中の小隊が残した記録には、次のような遭遇譚が記されている。月明かりの下、泥まみれの日本兵の姿をした何者かが立っていた。
だが、近づいてよく見ると、その顔面には皮膚ではなく、赤黒く艶めく異様な『仮面(あるいは剥き出しの肉の面)』のようなものが張り付いていたという。
激しい銃撃を浴びせても倒れず、むしろ不気味な足取りでこちらにジリジリとにじり寄ってきたため、恐怖に駆られた兵士たちはパニックを起こして銃を乱射し、総崩れとなって陣地を放棄した。
やがて、幾度も続くこの得体の知れない侵入者に業を煮やした現地司令部の指示により、米軍は一個中隊による周到な待ち伏せ総攻撃を決行。
大量の手榴弾と4挺の重機関銃によるすさまじい十字砲火を浴びせかけ、ようやくこの侵入者を仕留めるに至ったという。
この騒ぎにより日本軍陣地に攻勢をかける作戦が4日ほど遅滞せざるを得なかった 」
同戦闘に関すると思われる日本軍側の記録。
「昭和18年(または19年)某月某日(所々かすれており読めず)
我が陣地に対する敵米軍の総攻撃は、目前に迫りつつあった。
然るに、折からの物資窮乏により防御陣地の構築は到底十分とは言い難く、将兵一同、全員玉砕の覚悟を固め、静まり返る極限の緊張下にあってその時を待っていた。
斯様な絶望的状況のなか、一兵卒が挺身して直訴に及んだ。
「我が守りはまだ固まっていない。自分が単身で敵陣へ赴き、奴らを足止めしてくる。その間に少しでも陣地の構築を進めてほしい」
と。
もとより生還を期さぬ決死の志願であり、苦渋の末にこれを許可したところ、その兵士はたった一人で闇夜へと言霊の如く消え去っていった。
驚くべきことに、その一兵士は単身で敵の包囲網を攪乱し、連夜にわたる奇襲と神出鬼没の戦闘によって、実に4日もの間、米軍の全力を足止めし続けたのである。
彼の命懸けの奮戦により、我が部隊は奇跡的に十分な防備を固めるための時間的猶予を得ることができた。
そして第5日目の激しい戦闘の末、圧倒的な物量を誇る米軍の猛攻を辛うじて撃退し、陣地を死守することに成功したのである。
しかし、その代償はあまりにも大きかった。
あれほど獅子奮迅の働きを見せた彼は生還せず、壮烈な戦死を遂げたことが確認された。
我々は、彼が文字通り一身を以て部隊と陣地を救ってくれた恩義に涙し、銃砲弾飛び交う戦火のなか、全員で丁重にその遺体を葬った。
彼の遺体は損壊がひどく、おそらく米軍は重機関銃を使用したものか、銃創だらけであった。
彼の身体は内出血なのか遺体全体が赤黒く変色していたが、少し不思議だったのが彼の体の表層には大量の鉄片が刺さっていた、鉄片自体は手榴弾の物なのは一目で分かったが、通常はもっと体内に深く突き刺さっているものなのだが、彼の体に刺さった鉄片はいずれも全て彼の厚い胸板や腹筋の表層で止まっていた。
我々は勇者の遺体からそれらの鉄片をすべて取り除いたが、両手のひらに収まりきらないほどの量であった。
そして彼の遺体はやはり不思議なことに身体中の骨が砕けていた、これは無数の重機関銃の銃弾によって骨格が粉砕されたのだろうか?
我々の命を救ってくれた勇者の亡骸を埋葬し終えた時、誰もが彼に感謝の黙祷を捧げた。
彼なくして、今日の勝利は断じてあり得なかった。
ここに、その勇敢なる犠牲と忠烈の精神を深く後世に伝え、衷心より哀悼の誠を捧げるものとする。」
これらは国会図書館に残された太平洋戦争当時の記録である。
米軍側の記録は当時は兵の士気にかかわるとして箝口令が敷かれていたようで、戦後かなりたってから機密解除により公開された記録の中に紛れ込んでいたものを発掘したものである。
著者はこの資料を手掛かりに調査してみたところ、この地獄の島より生還した旧日本軍の兵士がいまだ御存命であることを突き止め、急遽連絡を取ってみた。
彼はすでに100歳を超える御高齢であり、すでに病院のベッドから動けなくなっていたため、ご家族には断られてしまったのだが、どうしても生きているうちに当時の話しを後世に伝え残しておきたいとのご本人の強い希望があり、病院の一室でのインタビューが実現した。
このご老人を仮にA氏としよう、A氏はすでにあちこちにチューブが付けられており、言葉も不明瞭だったがご家族の通訳協力で何とか話を伺うことができた。
以下がその要約である。
「我々は彼の亡骸を葬った後、なんとか生きて終戦を迎え帰国することができた、帰国したら彼のご家族に彼がいかに勇敢だったか、いかに立派な最後だったかを是非にとも伝えねばと思い、彼の遺髪を戦地より持ち帰ったのだが、どうしても彼の家族に関する情報が見つからない。
終戦直後の混乱期だったこともあり、やむなくせめて海の見える岬にソロモン島の方角に向けて小さな彼のための鎮魂碑を建て、遺髪はそこに収めた。」
とのことであった。
著者は彼とそのご家族に丁重に礼を述べ、病室を後にした。
翌日著者は地図でA氏に聞かされた場所を確認し、夜まで待ってから夜行バスに揺られて現地を訪れた。(飛行機なんか使えるほどの軍事費はない!!)
翌日まで野宿で夜を明かし、それと思わしき岬を探してみたのだが...見つからない。
たまたま近くを通りかかった犬の散歩をしていた地元の老人に聞き込みをしたところ、
「おそらくアレのことではないか」
との有力情報を得、そのあたりを探索してみた。
おり悪く真夏、しかもその年は猛暑だったため、ようやくそれらしい碑を見つけた時は汗だくになっており、思わずその場にへたり込んでしまった。
A氏に聞いていたイメージより小さかったのと、猛暑により伸び放題の雑草に隠れていたのだ、そりゃあ見つからんわな。
しかしようやく見つけたと思いきや、また一難。
戦後80年もたったその小さな碑の表面はすでにコケがびっしりと覆いかけており、ほとんど読めない。
著者は一休みした後ゾンビのように目についたコンビニへとふらふらと向かった。
すでにここまでの探索の合間に、近くの自販機でポカリスエット三本が犠牲となっている、ここで諦めるわけにはいかないのだ。
命からがら太陽から逃れコンビニに転がり込んだ筆者は雑誌コーナーでたっぷり30分火照った体を冷却したのち、タワシとバケツを購入、店員に頼み込んでバケツ一杯分の水を調達してから再び碑のある場所へと戻った。
そこから何度も休憩をはさみながら、コケに水をかけ湿らせてからタワシで碑の表面を欠損させないように慎重にゴシゴシとこすり、コケをこすり落とす作業だ。
2時間近くかけてようやく碑に刻まれた文字の全文が読めるようになった頃にはヒグラシが鳴き始めていたのを妙に鮮明に覚えている。
途中何度も休憩とコンビニとの往復を繰り返し、すでにビール三本とガリガリ君二本の追加予算を投じている。
当時の著者の財政状況からすれば国が傾かんばかりの巨額の投資である、著者の努力と取材にかける熱意を評価して欲しい。
また、お歳暮や暑中見舞いはアサヒスーパードライを所望するが、ただの独り言であり何かを期待しているわけでは決してない。
ただ読者がどうしてもというのなら、月刊アトランティス編集部・荒吐九十九宛てにて年がら年中受け付けているので、読者諸兄の頭の片隅に留めておいて欲しい。
ハムなども付けて頂けるなら、著者の慎ましやかな生活が少しだけ潤う。
冗談はさておき、碑に刻まれていた内容はA氏から聞いた話のとおりであった、しかし一つだけ著者が知りたかった新情報が刻まれてあった。
例の勇敢な兵士の氏名である、取材時にA氏にも聞いてみたのだが、御高齢のA氏の弱々しい声ではご家族の通訳を通しても「...らが...ける上等兵だった」としか聞き取れなかったのだ。
そこに刻まれていた文字は「忠勇無双の勇士 由良上 武流上等兵」であった。
読みは「ゆらがみ たける」であろうか?
満足した著者は碑に黙とうをささげ、追加で購入した缶ビールと小さなお饅頭を勇士の鎮魂碑にお供えし、その夜の夜行バスにて帰宅した次第である。
この取材はずいぶん前に行った取材記録であり、正直著者も忘れていたのだが、改めて読み返してみると、いろいろと符合する。
米軍側記録にある「赤黒く艶めく異様な『仮面(あるいは剥き出しの肉の面)』のようなものが張り付いていたという。
激しい銃撃を浴びせても倒れず、むしろ不気味な足取りでこちらにジリジリとにじり寄ってきた 、という記述。
たった一人で4日も米軍を遅滞させるほどの身体能力と不死身ぶり。
彼の遺体の赤黒い変色、手榴弾の破片を筋肉表層で食い止める異常な筋密度、全身の骨が砕けていたというのも重機関銃で蜂の巣にされただけでそうなるものだろうか?
そして何より「ゆらがみ」という変わった響きの苗字。
彼の家族に関して全く分からなかったという証言...ここまで読んだ読者の皆さんも著者と同じ推測にたどり着いているのではないだろうか?
これらの古伝口伝などの古い忘れ去られた記録は著者が長く行ってきた日本全国から蒐集した地方の土着伝説の類である。
著者の自慢のコレクションでもあったが、著者はこれらの伝承はバラバラの情報であり特に繋がりなどは無いものと考えていた。
しかし後述する御子神家の記録を通じてある疑惑にたどり着いたのだ。
著者が御子神 巴氏のご厚意によりお貸し頂いた御子神家の伝書資料の中の片隅に、異様な記述を発見した。
「霞の眼を行ふ時は、息は胸に至るまでにて留むべし。
決して腹の奥深くまで息を入れてはならぬ。 それは霞の眼の誘う暗がりの深淵へ、自ら戻れぬほどに足を踏み入れぬ為の戒めなり。
此の禁破らば、二度と還れぬ深き深淵に呑み込まれ、人の理も外見も忘れて、ただ外法の獣と成り果てん。 獣と成りし者は、金剛の力を以て己が身を微塵に砕き、死に果つるまで殺生を重ねる悪鬼と化さん、二度と人界へは戻ること能はず。
努々(ゆめゆめ)忘るることなかれ。」
(霞の眼を用いるときは呼吸は胸式呼吸で浅く行え、決して腹式呼吸で深く行ってはいけない、自己暗示をかけるためのトランス状態が深くなり、暗示が強くかかりすぎるからだ。
強くなりすぎた暗示により理性が崩壊し、限界を超えて解放される筋力は自分自身の骨格まで破壊してしまう。
理性を失い獣のようになったものは、二度と人間の理性を取り戻すことはなく、目の前の動くものすべてを殺しつくし、自身の肉体のすべての骨格が砕け尽くすまで狂乱の殺戮を続ける、この禁は決して破ってはならない。)
…現代語訳するとすれば、こんなところだろうか?
この異様な文章で注目すべきは
「自身の異常に増大した筋力が、自身の肉体をも破壊する。」
という点であろう。
またその状態になれば、もはや理性や生物としての自己保続本能のブレーキすら消え失せ、破壊衝動のままに自分の肉体すら自壊させながら狂乱状態を動けなくなるまで継続する、という点である。
前述の著者が日本各地から集めた伝承記録を、この御子神の記録を読んだ後、息抜きがてら整理しようと改めて読み返している時に、著者はあるインスピレーションを得た。
どうだろうか? この雑文を読んで下さっている読者にも、これに気づいた時の私の衝撃の意味がそろそろ理解できたのではないだろうか?
この可能性に思い至った時、著者は背中に氷を突っ込まれたような感覚に陥り、真夏だというのに全身の汗が一瞬で引いていくような感覚を覚えた。
これらの日本各地へと残る伝承の、もちろん全てではないのだろうが、いくつかは御子神から別れ、霞の眼の深遠という禁忌に溺れて行った「朱羅神一族」の末路が伝説化したものではないだろうか?
もちろんこれが論理の飛躍が過ぎることは著者も重々承知である。
だが歴史の闇や空白に、空想の翼を羽ばたかせてみる権利は誰にでもあるはずだ。
著者は自身の仮説の正しさを証明するためにも、今後ともにこの特異な一族とそれにまつわる歴史の残滓を追い求めていくつもりだる
これらの資料は新しい何かが分かり次第随時追加、更新していくつもりである。
なお、本稿に興味を持っていただけたとあるメディアがGeminiNotebook上にて番組の裏話制作という体裁で、居酒屋「童」(わらべ)において雑談形式のフリートークではあったが、ポッドキャスト音声ファイルを作って頂けたとの連絡が編集部にあり、喜んで拝聴させて頂いた。
本稿の内容を大変良く要約した内容となっており、荒吐の取材の苦労も評価して下さる好意的な内容となっていた。
著者の執念の結晶とも言える本稿の内容を取り上げて頂いたことに対し、荒吐と編集部一同より厚く御礼を申し上げるものである。
九十九令和奇譚はここまでは御子神と朱羅神の残した痕跡を、拾い集めたパーツ同士をつなぎ合わせることで朱羅神一族との関連を推測しています。
次回、第十夜では、令和奇譚シリーズ初の単発ネタを扱う、それなりのボリュームとなっております。




