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法医学 宮内暦の事件簿  作者: 泉水遊馬
CASE1 骨が語る詩

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第二話:白骨遺体の検分

槇原玲二は、解剖台の横にある古いパイプ椅子を引っ張ってくると、泥臭いトレンチコートを揺らしてドカリと腰掛けた。

彼はポケットから追加のイチゴ飴を取り出し、包み紙を乱暴に剥いて口に放り込む。


「十年前の、二十代から三十代の男ねえ。

……宮内、俺がなぜ生きてる人間の言葉を信用しねえか、お前には話したことがあったか?」


こよみはピンセットを持ったまま、首を横に振った。


「いえ、ありません。

ですが、槇原さんが極度の人間不信であることだけは、普段の態度から合理的に推測できます」


「手厳しいね。

……昔な、ある殺人事件の容疑者がいたんだ。

人当たりのいい男でな、涙を流しながら『俺はやっていない、信じてくれ』と俺の手を握った。

俺はその涙を信じ、そいつのアリバイを証明するために必死に足を棒にして走った」



挿絵(By みてみん)


槇原は缶コーヒーを一口すすり、自嘲気味に目を細めた。


「だが、結果は裏切りだ。

そいつは俺が作ったアリバイを利用して、重要証拠をすべて隠滅しやがった。

生きている人間ってのはな、自分の保身のためなら、どんな美しい涙だって流せるし、どんな完璧な嘘だって吐ける生き物なんだよ」


だからこそ、槇原は汗をかき、泥にまみれ、人間の「言葉」ではなく「行動の矛盾」だけを追いかける現実主義の刑事になったのだ。


「そんな俺から見れば、お前の言う『嘘を吐かない骨』ってのは、確かに少しは信用に値するかもしれん」


「少し、ではなく、絶対です」


こよみは真顔で言い返し、解剖台のライトの角度を調整した。

強い光が、遺体の左腕の骨を白々と照らし出す。


「では、槇原さんの大好きな『行動の矛盾』を、この骨から提示しましょう。

……まず、この遺体の左腕の橈骨とうこつを見てください」

こよみが指し示した部分には、骨の形にぴったりと沿うようにして、鈍い銀色の輝きを放つ金属製のプレートが固定されていた。

それを固定する小ネジの頭まで、極めて精巧に作られている。

チタン製の医療用プレートです。

それも、市販の既製品ではありません。

骨格の形状に合わせてミリ単位で鋳造された、超高級な特注品オーダーメイドです」


「特注品だと?

そいつはまた、ずいぶんと金のありそうなホネ公……いや、ご遺体だな」


「ええ。

プレートに刻印された医療用のシリアルナンバーは、すでに照会に回しています。

十年前のオペ記録から、遠からずこの人物の『名前』は特定できるはずです。

ですが、私が本当に見てほしいのは、ここからなんです」


こよみは、遺体の「両手」の骨へとピンセットの先を移動させた。

顕微鏡と連動したモニターに、引き延ばされた指の骨の表面が映し出される。


「両手の中指と薬指、その基節骨(指の付け根の骨)の表面を見てください。

肉眼では単なる白い滑らかな骨に見えますが、拡大すると、微細な網の目のように細い亀裂が走っているのが分かります。

しかも、その亀裂の周囲は、一度壊れた骨が自ら修復しようとした際にできる『仮骨かこつ』によって、不自然に盛り上がっています」


槇原は飴玉を口の端に寄せ、モニターを凝視した。


「亀裂が修復された痕……?

ってことは、こいつは生前、何度も何度も手の指の骨を折っていたってことか?」


「その通りです。

それも、外部から一撃で殴られて折れたような、単純な外傷性骨折ではありません。

骨が悲鳴をあげるような異常な負荷を、自らの意志で、執拗に、何度も何度もかけ続けた結果として生じる『疲労骨折』の痕跡です」


「おいおい、待て。

一体どんな生活をしてりゃ、自分の意思で手の指を疲労骨折させるほど酷使するんだ?

そんな話、聞いたこともねえぞ」


「通常の生活、通常の職業ではあり得ません。

……例えば、手が動かなくなる難病、局所性ジストニアなどを発症した人間が、自分の意志に反して硬直していく指を無理やり動かそうとして、鍵盤を常軌を逸した力で叩き続けたらどうなるでしょうか」


こよみの言葉には、確固たる熱が宿っていた。


(この指は、激痛に歪みながらも、最後の瞬間まで何かを表現することを諦めなかった。

骨がこれほどの叫びをあげているのに、なぜ世間から消えなければならなかったのか)


「手が動かない病気……それでも叩き続けた、か」


槇原は口の中でイチゴ飴を転がし、ガリッと捕食者のように力強く噛み砕いた。


「事件性なしの行き倒れ、で片付けるには、このホネの執念が強烈すぎるな」


「ホネではありません、名もなきご遺体です。

……ですが、槇原さん。

この骨が語るメッセージは、単なる医療ミスや病苦による自殺ではないと、私の観察眼が告げています」


「いいだろう。

シリアルナンバーの照会結果が出次第、十年前の『嘘』を丸裸にしに行ってやるよ」


冷え切った法医学教室の中で、凸凹な二人の捜査が、十年の時を超えてついに動き出そうとしていた。


局所性ジストニアは、脳が誤作動を起こし、意図しない指令が筋肉に伝わることで体の一部が勝手に動いてしまう神経疾患です。

特定の動作をする時だけ症状が現れるのが特徴で、音楽家の手指のけいれんや、スポーツのイップスなどもこれに含まれます。

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