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法医学 宮内暦の事件簿  作者: 泉水遊馬
CASE3 偽りの系譜

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第三話:仮面の崩壊

一ノ瀬絵里が西条署の槇原玲二によって連行されてきたのは、翌日の夕方のことであった。

都心の高級マンションで「良き母親」としての仮面を被り、十五年間もの間、自らの過去を完全に忘却の彼方へと追いやっていたその女は、取調室の椅子に座ってもなお、傲慢な態度を崩さなかった。

上等な衣服に身を包み、その指先には、かつての漆黒とは対極にある、透明で上品なネイルが施されている。

彼女は、自分がなぜこのような薄汚れた場所に呼び出されたのか、理解できないという風に、不快そうに眉をひそめていた。


「何の真似ですか、刑事さん。

私はこれから子供の習い事の迎えがあるのです。

十五年も前の、どこの誰とも知らない赤ん坊の骨の話など、私には一切関係ありません。

人違いも甚だしいわ。

弁護士を呼びます」


絵里の声は、理路整然とした怒りに満ちていた。

それは、自らの脳内で何百回も繰り返され、正当化されてきた「完璧な物語」の響きそのものであった。

だが、人間の言葉を一切信用しない槇原は、そのヒステリックな声をただのノイズとして聞き流し、無造作に新しいイチゴ味の飴玉を口に放り込んだ。

ガリリ、と奥歯でそれを激しく噛み砕く無骨な音が、取調室の冷たい壁に虚しく跳ね返る。


「一ノ瀬絵里。

いや、十五年前の浅野絵里。

お前の脳みそがどれほど都合よく過去を消し去っていようが、お前の子供の骨は、お前のことを一瞬たりとも忘れていなかったぞ」


槇原はトレンチコートのポケットから、T大学医学部法医学教室のこよみが作成した、一枚の精密成分分析データシートを机の上に叩きつけた。

そこには、赤ん坊の小さな指の骨から検出された、あの「漆黒のネイルベースコート」の化学式と、一ノ瀬絵里が現在も愛用しているサロンの登録データが、冷酷なまでに並べられていた。


「これは、お前が十五年前に使っていた、海外製サロン専用ネイルの成分検出データだ。

普通の生活摩擦じゃ絶対に混ざらない重金属の比率が、あの床下から見つかった赤ん坊の、剥がれた爪のあった骨の隙間から大量に検出された。

赤ん坊はな、お前から骨を砕かれるほどの暴力を受けたその最期の瞬間、その小さな手でお前を必死に押し返そうとしていたんだ。

自分の指の骨に、お前の爪の化粧を削り取るほど、狂気的な力でな。

お前がどれほど現在の幸福を飾ろうとも、あの子供の骨が、お前の犯行の決定的な『署名』を十五年間、地中で守り続けていたんだよ」


絵里の顔から、一瞬にして血の気が引いていった。

完璧に塗り固められていた彼女の「良き母親」という仮面の下から、かつて社会の底で child を虐げ、床下に遺棄した浅野絵里の醜悪な素顔が、物質の力によって強制的に引きずり出される。

彼女の指先が、嘘のように小刻みに震え始めた。

同じ頃、T大学医学部法医学教室の解剖室では、こよみがいつもと変わらぬ様子で、顕微鏡の前に座っていた。

彼女のサイズの合わない大きすぎる白衣の袖は、相変わらずだらしなく余り、万年寝不足を証明する漆黒のクマが、蛍光灯の青白い光に照らされている。

引き出しから取り出したカロリーメイトのチョコレート味を無感動に前歯で齧りながら、彼女の目は、すでに木箱の中に整然と並べられた、あの乳児の白い骨格へと向けられていた。

生者の流す涙や、取調室での醜い言い訳など、この部屋には一滴も届かない。


「先生、すべてが終わりました」


解剖室の扉が静かに開き、西条署での手続きを終えた槇原が戻ってきた。

彼のトレンチコートからは、人間の業が放つドス黒い執着の匂いが、微かに立ち上っている。

槇原は解剖台の横に立ち、口の中の飴の破片を静かに転がした。


「一ノ瀬絵里は完全に落ちたよ。

骨のデータを突きつけられた瞬間、自分が犯したすべての罪を金切り声で白状した。

監禁致死罪の時効撤廃が、あの女の十五年間の逃亡劇に、完全な終止符を打ったわけだ。

これで、この小さな赤ん坊も、ようやく戸籍のない幽霊じゃなく、一つの尊い生命として弔ってやることができる」


槇原の声には、生者の嘘を暴ききった猟犬の、静かな安堵が滲んでいた。

しかし、こよみは顕微鏡から目を離すことなく、感情の起伏を一切排した冷淡な声で応じた。


「お礼なら、私ではなくその物質に言ってください。

人間は脳でいくらでも嘘をつき、舌でそれを飾りますが、骨だけは決して嘘をつけない。

この子の破骨細胞と骨芽細胞は、十五年前のあの暗い部屋での負荷を、ただ愚直に刻み続けていただけです。

これほど誠実な組織は、この世界に他にありませんから」


こよみは大きすぎる白衣のポケットに両手を突き込み、ゆっくりと立ち上がった。

彼女の視線は、白く清潔な布に包まれた乳児の遺骨を、ただ物質としての敬意を込めて見つめている。

人間が紡ぐ言葉がいかに欺瞞に満ちていようとも、このリン酸カルシウムの結晶が遺した「沈黙の詩」は、いかなる権力も、いかなる時の流れも歪めることはできなかった。


「さて、刑事さん。

一つの事件の感傷に浸る時間は、私にはありません。

次の骨が、すでに法医学教室の裏口に届いていますよ」


こよみはそう言うと、次の鑑定資料が収められた新しいプラスチックケースへと、早くも冷たいピンセットを向けた。

彼女の万年寝不足の漆黒のクマが、新たな謎を前にして、微かに躍動するように見えた。


「ああ、分かっているよ、こよみ

次の嘘つきどもを全員、その骨で殴り倒しにいこうか」


槇原は不敵な笑みを浮かべ、空になったポケットを叩いた。

生きている人間の傲慢な嘘を暴くための、生者を信じない二人の孤独な対話は、これからもこの冷たい揺籠の中で、どこまでも続いていく。


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