第4話 「慎重にやっても普通に詰むんだが?」
ギチ、ギチギチギチッ。
来る。だが、もう焦りはない。足元を見て、地面の違和感を拾う。少し先、色の違う土。踏めば崩れる。さっき落ちた穴だ。
「……はいはい、そこね」
一歩手前で止まる。小石を投げる。──スッ、と地面が沈み、ぱっくりと口を開けた。
「やっぱりな」
アリが突進してくる。だがコースは単純。穴の位置と重ねるように横へ誘導する。
「ほら、こっち来い」
半歩、二歩。わざと大きく足音を鳴らす。アリが軌道を合わせてくる。
(そのまま——)
踏み抜いた。
ズズッ、と巨体が沈み、バランスを崩す。
「ナイス」
落ち切る前に、縁から身を乗り出す。光っている急所が、もろに見える。
「お前、もうパターン見えてんだよ」
ナイフを突き立てる。ズブッ。深い。暴れる脚を避けながら、二度、三度。
やがて痙攣。沈黙。
「……よし」
息を吐く。今度は倒し切っても、体は無事だ。血も流れていない。ちゃんと“勝った”。
(さっきより、楽だ)
理由は単純。スキルだけじゃない。罠の利用。位置取り。誘導。全部が噛み合った。
(ちゃんとやれば、死なない)
そう思った瞬間、背筋に冷たいものが走る。
──ザッ。
「……ん?」
音。さっきのアリじゃない。もっと軽い、数が多い音。
振り向く。
木の幹の影、落ち葉の下、枝の上。黒い点がいくつも動いている。
「……は?」
小型のアリ。数十、いや百はいる。サイズは犬ほどだが、問題は数だ。
「群れかよ……」
さっきのは“個体”。こっちは“群れ”。役割が違う。
ざわ、と一斉に動く。囲まれる。
(まずい)
単体ならどうとでもなる。だがこの数は無理だ。ナイフ一本じゃ捌ききれない。
後退する。足元を確認。さっきの穴は使えない。数が多すぎる。
「……走るか」
選択は一つ。逃げる。
踵を返し、森の奥へ走る。枝が顔に当たる。足場は不安定。だが止まれば終わる。
背後で、ざざざっと音が迫る。速い。思った以上に速い。
(距離、詰められてる)
前方、倒木。飛び越える。着地。次の一歩——
ぐにゃ、と沈んだ。
「っ、またか!」
罠。浅いが足を取られる。体勢が崩れる。
その一瞬で、距離が詰まる。
「チッ……!」
振り返り、ナイフを振る。先頭の一匹を切り裂く。だがすぐに次、次、次。
捌ききれない。
(数が多すぎる)
腕に噛みつかれる。痛み。さらに一匹、二匹。服を引き裂く音。
「クソッ!」
蹴り飛ばすが、間に合わない。視界の端で、別の影が動く。
──上。
「は?」
見上げた瞬間、落ちてきた。枝の上から、さらに数匹。
(奇襲かよ……!)
地面だけじゃない。上も横も全部使ってくる。
押し潰される。視界が黒で埋まる。噛まれる。裂かれる。
(……終わった)
スキルはもうない。《因果反転》は使い切った。
(ここまでか——)
そのとき。
頭の中で、何かが“引っかかった”。
(……いや、違う)
終わってない。
まだ——“引いてない”。
「……そうだ」
痛みの中で、笑う。
「死ねば、次がある」
この世界のルール。ここで終わりじゃない。ここは“試行”。
(じゃあ、この死も——使う)
最後に、目を凝らす。噛みついてくる個体。動き。連携。配置。
そして——一瞬だけ、光る点。
(あるのか……群れにも)
各個体じゃない。群れの中枢。わずかに動きが統制されている一点。
(あれが——)
思考が途切れる。牙が喉に食い込む。
暗転。
⸻
「はい、おつかれー。四回目の死亡でーす」
「……数で来るの反則だろ」
白い空間。神様がいつもの調子で手を振る。
「いいねぇ、ちゃんと観察して死んだじゃん。えらいえらい」
「褒めんな」
だが、否定もしない。最後に見たものは、無駄じゃない。
「群れにも“核”があるっぽいな」
「お、気づいた? まあ生態的にはそりゃそうだよね」
「先に言えよ」
「ネタバレはつまんないでしょ」
相変わらずムカつく神様だ。だが今はいい。
ウィンドウが開く。
【新スキル獲得:???】
またノイズ。だが今回は、前よりもはっきりしている。文字が、歪みながらも形を持つ。
「……またか」
「いい流れ来てるねー」
表示が、確定する。
【新スキル獲得:《虫群統制(B)》】
▶ 一定範囲内の“虫系生物”に対し、簡易的な指示を与える
▶ 知性が低いほど効果大
▶ 使用回数:1回(消費後消滅)
「……は?」
一瞬、言葉を失う。
「それ、さっきの状況で使えたらどうなってたと思う?」
神様がニヤニヤする。
「……群れごと、操作できる?」
「さあねー。やってみれば?」
喉が鳴る。
(当たり、どころじゃない)
さっき見た“群れの核”。そこにこれをぶつければ——
「……よし行くか」
即答だった。
もう迷いはない。慢心もない。ただ、最適解を試すだけだ。
「いい顔してるじゃん。じゃ、いってらっしゃい」
指が鳴る。
視界が、再び森へと切り替わる。
《To be continued》




