第10話「報酬少なすぎなんだが?」
カウンターに戻ると、受付嬢は変わらぬ笑顔で迎えた。
「お疲れ様でした」
その声音は柔らかいが、どこか温度が一定だ。感情ではなく、機能として整えられた声。
「はいこれ」
ユウキは討伐証明を差し出した。乾いた布に包まれたラットの耳が、二つ。
「確認いたしますね」
手際は無駄がない。視線は落とされ、指先だけが正確に動く。
横ではリズが壁にもたれ、腕を組んでいる。何も言わない。ただ、そこにいる。
(ほんと喋んねえな、この人)
沈黙に圧があるタイプだ、とユウキは思う。
「……はい、問題ありません」
受付嬢が小さく頷いた。
「依頼達成です。おめでとうございます」
「どうも」
形式的なやり取り。それでも、初めての達成にはわずかな実感があった。
「では報酬を——」
カウンターに、小さな袋が置かれる。
軽い音。
あまりにも、軽い。
「……少なくね?」
思ったまま口に出る。
「Fランクの基準報酬です」
「夢ないな」
「初心者向けですので」
受付嬢は微笑んだまま答える。
ユウキは袋を手に取る。掌の上で転がす。
軽い。
あっけないほどに。
(これが——命の値段か)
ほんの少し前まで、牙が喉元をかすめていた。判断一つで終わっていたかもしれない。
だが、手の中に残るのはこの重さだけだ。
生き残った証としては、あまりにも頼りない。
「なお、今回の評価は——」
「評価あんの?」
「あります」
受付嬢の声が、わずかに低くなる。
「“良好”です」
「お、マジで?」
「はい。戦闘行動、判断速度、危機対応——いずれも基準以上」
「へえ」
思ったよりも高い。素直にそう感じた。
「特に」
一瞬の間が置かれる。
「スキルの運用に関して、高評価がついています」
「……へえ」
(やっぱそこ、見られてるか)
視線を横に流す。リズは相変わらずの無表情で、こちらを見てもいない。
だが、見ていないはずがない。
あの距離で、あの観察の仕方。見逃しているとは思えなかった。
「ただし」
続けられる。
「注意点もあります」
「だろうな」
「油断」
短く、鋭い。
「二体目への反応が遅れています」
「……はい」
反論はできない。あの一瞬の遅れがなければ、転がる必要もなかった。
「現時点では“運が良かった”範囲です」
「耳が痛い」
「その自覚があるのは良いことです」
変わらぬ笑顔。だが、言葉は容赦がない。
(この人、ほんと遠慮ないな……)
「なお」
書類をまとめながら、受付嬢は続ける。
「次回以降の依頼ですが——」
「もうあるの?」
「はい。すでにいくつか候補が上がっています」
「仕事早くね?」
「あなたの場合、経過観察対象ですので」
「やっぱ監視じゃねえか」
「否定はしません」
にこり、と整った笑み。
隠す気はないらしい。
「次はどうなる?」
「難易度が少し上がります」
「まあ、そうだよな」
「ただし」
わずかに、目が細められる。
「同行者は……検討中です」
「リズじゃない可能性ある?」
「あります」
「それはそれで不安なんだが」
率直な感想だった。
少なくとも、リズは“強い”。それだけは今日で理解した。
「以上で手続きは完了です」
「了解」
報酬袋を受け取る。
軽い。
だが、確かに“ゼロではない”。
それだけでも、前進だ。
「リズ」
振り向く。
「どうだった?」
問いかける。
リズはしばらく無言のまま、こちらを見た。
評価を測るような視線。
「……及第点」
「辛口だな」
「死ななかったから」
「基準低くない?」
「ここでは普通」
淡々とした返答。
だが、それで終わらなかった。
「……無駄な動きが少ない」
一拍置いて、付け加えられる。
「ちゃんと“見てから動いてる”」
短いが、具体的な言葉だった。
観察していた証拠。
「お、ちゃんと見てんじゃん」
「仕事だから」
「素直じゃねえな」
軽く笑う。
リズはそれ以上何も言わないが、否定もしない。
(まあ——悪くはないか)
少なくとも、“使えない”とは思われていない。
それだけで十分だ。
「じゃ、俺は——」
宿でも探すか、と言いかけたところで。
「次回の依頼は、明日以降ご案内可能です」
「あいよ」
軽く手を振り、その場を離れる。
⸻
ギルドを出る。
夜風が、昼よりもはっきりと冷たい。
熱の抜けた身体に、じわりと染みる。
「……」
ふと、振り返る。
二階の窓。明かりの届かない奥。
暗がり。
その中に——
何かが、いた気がした。
一瞬だけ。
確かに、“こちらを見ていた”。
(……気のせいか?)
だが、視線だけが残る。
感触として。
皮膚の上に、まだ貼りついているような。
「ねえ」
横から、リズの声。
「ん?」
「気づいた?」
足を止めずに問われる。
「……何に?」
わずかな沈黙。
それから、小さく息を吐く気配。
「はぁ、いい」
「おい、気になるだろそれ」
歩幅を早め、並ぶ。
リズは答えない。
ただ前を向いたまま、歩き続ける。
夜の街は静かだった。
昼の喧騒が嘘のように、音が少ない。
だからこそ——
(なんか、始まってんな)
その感覚だけが、やけに鮮明だった。
監視。
評価。
視線。
見えていない何かが、確実に動いている。
そしてそれは——
自分と、無関係ではない。
街の灯りが、遠くで揺れている。
安全地帯のはずの場所が、わずかに歪んで見えた。
《To be continued》




