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シャロンの喫茶店  作者: Toru


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22/26

「シャロンの喫茶店」 番外編 雨の定休日 シャロンSide

喫茶店「樹」の窓を、雨粒が静かに叩いていた。


定休日の店内は、いつもより広く感じる。

客の気配がないだけで、こんなにも空気が違うのかと、シャロンは改めて思った。


カウンターの上には、朝から淹れたままの紅茶がまだ温かい。

雨の日は、香りがいつもより深く感じられる。

静けさの中で、紅茶の湯気がゆっくりと立ちのぼるのを眺めるのが、シャロンは嫌いではなかった。


「……今日は、誰も来ないわね」


定休日なのだから当たり前なのに、

ふと口から漏れた独り言に、自分で小さく笑ってしまう。


翔子が学校帰りにふらりと寄ってくることも、

リサが「ママが焼いたの」とクッキーを持ってくることも、今日はない。

その“ない”という事実が、

雨音のせいか、いつもより少しだけ胸に響いた。


シャロンはカウンターの奥から、

古い木箱を取り出した。


中には、

レシピを書き留めた小さなメモの束、

店の店主になった頃に買ったお気に入りの茶器、

旅先で見つけた銀のスプーン、

笑っている母の写真…


「あの頃は、紅茶の香りを立たせるのがやっとだったな…」

挿絵(By みてみん)

銀のスプーンを手に取ってみる。

指先から伝わる銀の冷たさが、かつての旅の記憶を呼び起こす。

けれど今は、その冷たささえも心地よい。


そして──

翔子が初めて来た日に忘れていった、

小さな紙のしおり。


「……懐かしいわね」


淡い水色のしおりには、

翔子の丸い字で“ありがとう”と書かれている。

あの日、緊張した面持ちで紅茶を飲んでいた少女が、今では店の空気を明るくしてくれる常連になった。


しおりをそっと戻し、

シャロンは窓際の席に腰を下ろした。

雨脚は強くなったり弱くなったり、

まるで呼吸をしているみたいだ。


「……あの子達、濡れてないといいけれど」


翔子のことを思い浮かべる。

リサと一緒に帰ると言っていた日だ。

雨が降り出したのは、ちょうど放課後の頃。

二人の姿を想像すると、

自然と口元が柔らかくなる。


「きっと、どちらかが傘を忘れてるわね」


そんな冗談を心の中で呟きながら、

シャロンは紅茶をひと口含んだ。

温かさが喉を通り、胸の奥に広がっていく。

雨の日の紅茶は、

どうしてこんなに優しいのだろう。

挿絵(By みてみん)

ふと、スマホが震えた。

翔子からのメッセージではない。

仕入れ先からの連絡だった。


「フフ…ダメね、翔子ちゃんやリサちゃんかと期待してるなんて…私の方が子供みたいじゃない」


思わず漏れた笑みとともに、シャロンは小さく深呼吸をした。

温かな空気で胸を一度満たし、優しく気持ちを切り替える。


「……明日の焼き菓子、どうしようかしら」


明日は晴れるらしい。

雨上がりの朝は、

お客さんの足取りも軽くなる。


「明日は晴れるなら、少し軽やかなメレンゲ菓子を焼こうかしら…

やっぱり、雨上がりの湿気に負けないよう、香ばしいガレットを多めに用意しましょう」


翔子も、リサも、

きっとまた店に来る。

そう思うと、

胸の奥に小さな灯りがともった。


シャロンは立ち上がり、

カウンターの奥へ戻る。

明日の仕込みを少しだけ始めよう。

雨の日の静けさは、

丁寧な仕事に向いている。


外では、雨音がまだ続いている。

けれどその音は、

どこか優しく、

まるで店を守る子守歌のようだった。


「……明日、二人の顔が見られるといいわね」


シャロンは小さく呟き、

紅茶のカップを洗い始めた。


カチン、と陶器が触れ合う小さな音が、

静かな店内に響く。

それは明日を待ち侘びる、密かな合図のようだ


雨の定休日は、

静かで、少し寂しくて、

でも確かに温かい時間だった。


「シャロンの喫茶店」シリーズ 雨の定休日 シャロンSide 完

あとがき…のようなもの


リサSide、翔子Sideに続いてシャロンSideをお届けしました。

平和な平和な、雨の日の午後でした。

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