03 姫騎士さん、オークの集落で夜にピンチ その1
「くっ……! 殺せ……!」
姫騎士は、夜中にやってきたオークにうめいた。
心の傷となった幼少時代を悪意なくウリウリとほじくり返された挙句に塩を塗りこまれ、泣き崩れる彼女にオークリーダーは若干引きつつも、『すまないが、お前を警戒しないわけにはいかない』と理性的かつ紳士的な態度でありつつも、この簡易的な牢に入れられた。当然武器も荷物も取り上げられている。
そもそも言葉は通じるが、お互い情報として多少知っているだけの種族なのだ。それにオークたちは、定期的に商人や聖職者も来ないような、閉鎖的な環境で生活している様子だ。そんな場所にいきなり武装した人間が現れて、警戒するなというのが無理だろう。
だから彼女は、奥行きのない洞窟の入り口に大量の茨が垂れ下がる、粗末な牢に入れられていた。
落とし穴同様に土は固められて、素手では周囲を掘り返すこともできない。茨に生えるトゲはかすかな刺激臭を発する液体で濡れており、触れればただで済むとは思えない。粗末ではあるが、立派に牢として機能している。
オークが噂に語られる怪物ではなさそうなのは、ひとまず実体験として確認できた。ならばすぐにどうこうされることはないだろう。どちらにせよこの状況では、ひとまず大人しくしておくしかない。
彼女がそう考えた矢先に、オークが訪れたのだ。見分けはつけにくいが、最初初めて人間を見たような態度だったことから、オークリーダーや最初に出合った二体ではない、別の個体と思えるものに。
しかも、どうやら柵代わりの茨は、人間を害することはあっても、オークの皮膚を破るほどではないらしい。平然と素手で押しのけて、巨体を内に入れてきた。
見た範囲では、集落には文明と呼べるようなものはなかった。人間でも辺境であれば珍しくないだろうが、原始的とも呼べるような生活を送っているのだろう。見える範囲に明かりはほとんどないのだから、王都にある場末の酒場のような光景が繰り広げられることはなく、きっとオークたちは陽が沈めば寝てしまうような、健康的な生活を送っているに違いない。
なのにこんな時間に、一頭のオークが彼女の下に訪れた。悪い予感しか覚えない。
(犯される!?)
想像ですら他の選択肢は思いつかなかった。
(やはりオークはオークということか……!)
噂からの想像以上に知性が高いことは、実体験として理解し、認識を改めた。
故に、彼女を騙したという想定もできる。
そうでなくても、人間にも善人と悪人がいるように、オークという種族全体に固定概念を持つことが間違いと考えることもできた。
(くっ……! 逃げようにも、これでは逃げられない……!)
洞窟の入り口を塞いだだけの牢とはいえ、彼女にとっては中は広い。しかしオークが入ると圧迫感を覚える程度の広さだ。もし怪我や毒を覚悟で柵を突破しようにも、脇をすり抜けて脱獄するのは難しい。いくらオークが手になにか持っているとはいえ、体を壁に寄せるだけで、分厚い筋肉に容易く行く手を塞がれるだろう。
万事休すだった。
「私を犯す気か……」
オークという存在に会った時から、その覚悟は決めていた。その度にいい意味で裏切られたが、とうとうやって来たかという思いが強い。
いかに体は汚されようと、気高き魂まで汚されてたまるか。
そんな想いを強く乗せて、彼女はオークを睨みつける。
「あらあら、怖かったのかしら?」
しかしやって来たオークは、小首というか太く短い猪首を傾げて、穏やかな声を出す。
「人間には見分けつかないのかもしれないけど、わたしこれでも女よ~? 女相手にそんなことするはずないでしょ~?」
先入観からか、オークに雌がいるという発想はなかった。男も原始的な衣服で、上半身を覆っている。それに人間ならば肥満体な巨躯では、性別など区別つかない。
そしておばちゃん声で反論されると、女同士でも構わない、そっちの趣味という万一の可能性も考えない。
「すみませんでした」
だから姫騎士は素で謝った。




