02 姫騎士さん、オークの尋問でピンチ
「くっ……! 殺せ……!」
鎧はそのままだが武器は奪われ、両腕を後ろ手に縛られた姫騎士は、目の前のオークに恐怖を隠し、憎々しげにうめいた。
最初に見た二体のオークは、体毛が少なくブタに近かった。だが目の前のオークは毛深く色黒で、イノシシの風情が強い。体格も一回り大きく、雰囲気も異なる。
「で? なぜ人間がいるのだ?」
イノシシオークは彼女の言葉を無視し、連れてきたオーク二頭に話を振った。やはりリーダー格は違うのか、その声はかなり人間に近い男性の低音だった。
「罠にコレが落ちてたんですよ」
「で、コレが『助けろ』ってうるせぇもんで、仕方ねぇから引き上げて」
報告どおり、それはもう面倒くさそうにオーク二頭は、蔦を落として彼女を落とし穴から引き上げてくれた。
「そのまま放って狩り行こうとしたんすけど」
「『このまま置いてかれたら死ぬ』ってうるせぇもんで、仕方ねぇから村に」
彼女は道に迷って、落とし穴に落ちたのだ。穴から脱出しても、遭難が絶賛継続するだけだ。
なんだか話に聞いていたオーク像と違うので、交渉の余地があるかもしれないと思ったのも事実だ。王家に生まれ育った彼女は、噂や情報がどういった性質か、一般市民よりも多少は理解していた。だから広まるうちに歪んだ話が定着して、実はそう邪悪でもない、普通の亜人種ではないかと期待した。
「どうしたもんか、村長に判断してもらおうかと、連れてきたんすよ」
だから彼女自ら武器を捨て、信用ならないなら手を縛ればいいと、オークに申し出た末、今の図がある。
そして自分の選択を後悔しての『くっ……殺せ』だ。
連れて来られたのは、立派に村だった。さすがに石造りの建物はないが、巣と呼ぶことは到底できない、建築物が並ぶ集落だった。
その中でも一際大きな建物に連れて来られ、床に座らされて、各の違う、オークリーダーとでも呼ぶべき存在と対面させられていた。
仮に腕が自由で、剣が手にしていたとしても、彼女が敵う相手ではない。嬲り者にされる未来しか予想できない。
彼女とて冒険者として幾多の戦いを潜り抜けているからわかる。もしかすれば、争い無縁の者でもわかるやもしれない。そのオークは村長に相応しい、圧倒的な存在感を放っていた。
なんだかぞんざいにも思える報告に、オークリーダーは組んでいた腕を解きながら、重々しく言い放つ。
「人間の町から遠いこの地に、何用で訪れたか……質す必要があるな」
やましい事などなにもない。しかし彼女は心臓を掴まれるような寒気が走った。
辺境暮らしにありがちな閉鎖的心理もあるかもしれないだろうが、人間であったとしても同様の、当然の用心だ。街でも出入りを観察し、不審な者は詮議をかける。
オークという存在は噂とは違い、特にこの個体は優れた知性を持っている。だから話せばわかるという期待は、裏切られるのではないのかと恐怖が覚える。
「それを寄越せ」
まずは彼女自身に対して尋問を行うのではなく、オークリーダーは普通オークに、彼女の荷物を渡すことを求めた。
安堵を覚えたがしかし、持ち物の検分が終われば自分自身の番であることは間違いない。彼女は不安いっぱいで、床にぶちまけられた自分の荷物を見やる。
「あ……!」
そのひとつ、彼女が王族であったことを示すような、装飾の施された日誌帳に声を上げた。ただでさえ紙は高価な代物であるため、そんなものを持ち歩いているともなれば、興味を抱いて当然だろう。
「やはり、なにかあるようだな」
彼女の反応に、オークリーダーはつまらなそうな態度で日誌を拾い上げ、無骨な指が器用にページをめくる。そのスピードと目の動きは、明らかに内容を読み取っている。
「まさか、人間の文字が読めるのか……!」
「まぁな」
人間であっても識字率は高くなく、一般市民では文字が読めない者も多いというのに。
驚きと共に、オークという存在への認識を改めると同時、彼女は慄いた。
そこに書き連ねた言葉は、決して知られてはならないものだというのに。
「やめろ……頼む、やめてくれ……!」
止めようと膝で寄ったが、背後のオークに肩を掴まれた。不自由な形で、並の男を凌駕する力で触れられるだけでも、彼女の妨害行為は阻まれてしまった。
「『さみしいと、隙間を埋めたくなるの。わたしの心にぽっかりと空いた、ドーナツみたいな空しさ』」
「やめろぉぉぉ!」
しかもオークリーダーが朗読を始めた。その声は渋くいいものなのだが、語る内容が彼女の心を掻きむしる。
「『わたしはずっと待ってるの。魔女がかけた退屈という魔法から、キスで解き放たれる時を待ってる』」
「殺して……! やめないなら、私を殺して……!」
それは彼女が今よりもっと若かりし頃、強さや剣に憧れることなく、花も恥らう乙女であった証。
冊子を処分するのもどうかと思ったが、かと言って部屋に置いたままにしておけない。だから冒険者となった今も所有していたのだが、処分を怠ったツケが今、彼女を苦境へと追い込んでいく。
「『白馬の王子様は、いつになったら来てくれるの? わたしはずっと待ってる。ずっと詠いながら待っている。あなたが愛の花束をたずさえて、ここに来てくれる日を待っているの』……なんだこれは?」
「お願いだからぁぁぁぁぁっ!! もう殺してぇぇぇぇぇっ!!」
オークの集落に、姫騎士の慟哭が響き渡った。




