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01 姫騎士さん、オークの仕掛けた落とし穴でピンチ


「くっ……! 殺せ……!」


 落とし穴の入り口を見上げて、姫騎士は絶望を憎悪で隠してうめいた。


 全身鎧など重くて仕方ないため、胴鎧(キュィラス)篭手(ガントレット)のみという軽装ではあるが、金属鎧を装備したままでは、やはり登攀(とうはん)足枷(あしかせ)になる。

 しかも、彼女が手足を伸ばしても壁に届かない程度に内部は広い。ただ土を掘り返しただけでなく、壁は押し固められて一枚岩のようになり、手をかける場所がない。仮に鎧を脱いで身軽になろうとも、彼女が落とし穴から脱出するのは無理だった。

 半日ほど色々と試して足掻(あが)いたのだから、それは純然たる事実であり、(くつがえ)ることはない。

 通りかかった誰かに助けてもらうくらいしか、ここから抜け出る方法は考えられなかった。しかし彼女は一人で旅をし、しかも道に迷ったのだから、望むことはできない。


 それだけも充分絶望に値するのに、更に悪いことが起こってしまった。

 上から覗き込む存在だ。それも複数いる。最初は思いもよらなかった通りすがりの旅人かと希望を抱いたのだが、逆光を(さえぎ)るその顔を認め、彼女は血の気が引いた。


「オークどもめ……!」


 ブタを思わせる潰れた鼻、口内に収まらず伸びた牙。全身は見えないが、人間を超える巨躯であろうことは、顔の大きさや首の太さから(うかが)い知ることができる。


 醜悪な魔物。繁殖力と性欲が強く、しかし雌は存在しない。そのために人間の女をさらう。オーガやトロールには(おと)るとはいえ膂力(りょりょく)があり、賢いとまでは言えなくとも知性を持っている。

 (ちまた)に広がる噂をまとめれば、そんなところだろう。彼女自身、目にしたのは初めてだが、冒険者間では常識のような話だ。


 王族の末子として生まれた彼女が王宮を出奔して二年。その歳月は形だけでも一端(いっぱし)の冒険者に仕立てた彼女にとっては、獲物であり、敵でもあるはずの存在。

 それが、こんな状況で遭遇するとは。もしかすればこの落とし穴も、オークが用意したのか。

 絶体絶命だった。未来の己を予想すれば、絶望するような姿しか思い浮かばない。


(このままでヤツらに陵辱される……! 女としてさすがにそれは避けたい……!)


 (ゆえ)に『くっ……! 殺せ……!』なのだが、望めないのものと理解している。相手の目的が体を(もてあそ)び、子孫を産ませるのだとすれば、殺すはずはないだろう。


 果たして彼女がオークにとって、メスの魅力があるかはわからない。

 王宮を出奔するより以前は、社交界の華として注目された。今でも仕事を終えて酒場に入ると、既に酔った同業者に絡まれることはしょっちゅうだ。陽に焼けても輝くハチミツ色の髪、切れ長に収まった緑色の瞳は、人間の男を魅了することを、彼女も自覚している。

 だがオークの体格と比べれば、下手に扱えば背骨が折れてしまうような細身だ。鎧と剣に相応しい筋肉は身に纏っているが、見た百人が百人女性扱いする彼女に、屈強と呼べるほどの外見要素はあるはずもない。胸や尻も女性らしい隆起はしているが、豊満と呼べるほどでもない。動物が持つ種の優秀さとしては、本来雄が持つ強さ(もの)はある程度持っているが、雌に求められる子供を生す力については、見た目では察することはできない。


(いやいや、相手は魔物なのだ……! 好み云々(うんぬん)じゃなく女ならばなんでもいいのだろう……!)


 やはり王家に生まれ育っただけあり、市井(しせい)に暮らす娘たちに比べれば、彼女の貞操観念は固いだろう。実際、男社会の冒険者でありながら、まだ男を知らない。


(ただでさえ男のアレを入れられるのは痛いって聞くのに……! それがオークって……あの体格だぞ! 無理無理無理! 絶対無理! 死ぬ!)


 乙女(おぼこ)ならではの具体性を知らない想像力で、モザイクをかけないと『見せられないよ』な光景を想像し、更に血の気を引かせた。


 そんな絶望に構わず、なんだか上からのん気な会話が降ってきた。種族の違いか、やや潰れたような響きではあるが、獣の鳴き声とは異なり聞き分けられる『声』だった。


「兄貴ぃ。罠にヘンなのがかかってやすぜ?」

「オレも実際見るの初めてだ……多分あれが人間だぜ」

「へぇ……あれが。どうしやす?」

「しょっぱな『殺せ』だぜ? なんか面倒そうじゃないか?」

「え?」


 魔物が人間の言葉で会話している。

 そんな事実はどうでもいい。彼女は会話内容に貞操以外の危機感を抱いた。


「見なかったことにして、他の罠調べるか」

「そうでやすね。一頭でも多く獲物を仕留めて、今年の冬は余裕を作っておきたいですし」

「えっ、ちょ」


 オークが人間の女に興味を示さなかった。実際、穴を覗き込んでいた二つの頭は見えなくなった。

 それに安堵するよりも、彼女は危機感を深めた。


「それにしても、人間がここらに来ることあるんすね」

「村の長老の話じゃ、この辺りは人間なんて来ないらしいしなぁ」

「待って!?」


 オークの寿命が如何(いか)ほどかはわからない。だが、ここが十数年単位でしか人間が訪れないような僻地(へきち)であることは、簡単に察するできた。

 つまり、オークがなにもせずとも、助けが通りかかるより前に、死ぬ未来しか予想できない。


「あれ腐肉食らいどもが片付けやすかね? 獲物を横取りされないよう、穴かなり深く掘ってやすから、ヤツらも入らねぇですし」

「まー三〇昼夜くらい放っておけば、鳥と虫が(たか)って骨だけになってるだろ」

「行かないで! ここから出してぇぇぇぇっっ!」


 『殺せ』と言い放ったことも忘れ、オークを呼び止める姫騎士の声が、穴から森に響き渡った。


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