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18 オークリーダーさん、再会す


「そっか……あの人、元気にしてるのね」


 王都に向かう馬車の中で、姫騎士の話を聞き、王妃は懐かしそうに目を細めた。


 捕まったのは仕方ない。だから久しぶりの親子の再会を終えて、彼女は立ち去ろうとしたのだが、そうは問屋が(おろ)さなかった。

 公務から王都に戻る王妃様の護衛が、一介の冒険者に依頼された。同じ街に戻るなら、一緒に帰ろうという母親の方便であることは、一行の誰もが理解している。

 それに彼女だけは、オークの集落での話を、もっと聞きたいからだとも理解できる。


村長(むらおさ)などと呼ばれていたが、一人で大きめの家に暮らしていた」

「私が暮らしていた頃は、もっとおじいさんのオークが村長だったけど、代替わりしたのね」

「だが、引退するかもという話をしているみたいです」

「引退、ねぇ……? 一年間一緒に生活していたけど、オークのことはわかってるとは言えないけど、あの人、そんな歳でもなかったと思うけど」


 馬車の中は二人だけ。

 だからこの話は、親子で共有する秘密だった。

 王妃と姫騎士は、特段仲が悪かったわけではないが、このような話をしたことはない。イタズラ心にも似た仲間意識の芽生えが、彼女には新鮮だった。


「!?」


 不意に馬が短くいななき、馬車が急停車した。同時に同行している護衛たちのざわめきが聞こえてくる。


「母上は馬車から出ないでください!」


 なにか異変が起きたのだ。

 そう判断すると、彼女は剣を確かめて、馬車を飛び出す。


 飛び出た矢先に剣戟が響き始める。

 何本の矢が斜めに突き立つ中で、身なりの貧相な男たちと、鎧を着込んだ兵士たちが、剣を交えていた。

 野盗が襲ってきたのだ。人数だけ見ても、ただの荒くれ者集団ではない。盗賊団として注意喚起がされているだろう集団に。


(まずい……!)


 最初に射掛けられた矢で、少なくない護衛が負傷している。矢が突き刺さったまま防戦している兵士もいる。


「母上を守ってくれ!」


 戦線には加わらず、王妃を守るために側にいた兵士たちに言い置き、彼女は走った。

 狙いは戦況を見守っているような大男のみ。それがこの集団の頭目だと見当をつけた。


「はぁっ!」


 剣を抜き、分厚い脂肪と筋肉の塊に叩きつける。しかし奇襲でもない一撃は、難なく間に割って入った鉄棒に防がれ、弾かれた。


「――ごっ!?」


 それどころか、意外にも機敏に動き、鉄棒の先端が腹に突き込まれた。鎧越しでもこの衝撃では、生身であれば内臓が破裂していたかもしれない。

 こみ上げるものは我慢できたが、息が詰まり動きが止まる。しかも吹き飛ばされた拍子に、剣が手から離れてしまった。


「へへへ……ムサい男に混じって、上玉がいるじゃねぇか」


 下卑た笑いを向けられても、今は気丈に睨み返すことしかできない。


(くそ……初っ端で動けなくなるとは……)


 急所を疲れたため、鈍痛がひどい。このままでは動くのもやっとだ。

 膝を突いたまま、視界の隅で戦況を確認すると、護衛たちは劣勢だった。やはり最初に矢を射掛けられ、出鼻をくじかれたのが痛い。


「くっ――」


 このままでは、負けてしまう。姫騎士は奥歯をかみ締めた。

 だが。


(早々に『殺せ』などとは言えんよな……)


 まだなにもしていない。諦めるには早すぎる。今は呼吸を整えて、鈍痛の波が少しでも引くのを待つ。

 野盗の頭目が、厭らしい笑みを浮かべて、鉄棒を引きずりながら近づいてくる。あの様子では殺されはしなくとも、手足をへし折り、(なぐさ)め者にされるだろうか。


(一撃くらいは見舞ってやらんとな……)


 抵抗するより先に、手足がへし折られるかもしれない。

 その時は耳たぶか鼻でも食いちぎってやろうと、姫騎士は頭目が無造作に近づいてくるのを待つ。


 だが、必要はなかった。


「ぎゃっ!?」


 誰かの野太い悲鳴と共に、大きなものが飛んできて、頭目に激突して吹き飛ばした。

 なにが起こったかと見渡すと、今までいなかった巨大な人影が、戦場に存在していた。

 野盗たちも兵士たちも体格はいい。しかし毛皮のマントを着込んだ新たな人影は、彼らを子供扱いするほど巨大だった。片手で野盗をあしらい、唖然とする兵士たちに構わず、悠々と戦場を歩み進み。


「今度は『殺せ』とは言わぬのだな」


 彼女の前で、歩みを止めた。


「なぜ、お前がここに……?」


 ここにいるはずのない、助成など到底期待できるはずのないオークリーダーに、姫騎士は呆然と問いかける。


「村に忘れ物をしていたから、届けに来た」

「いや、そうではなく――」


 聞きたいのは動機ではなく、集落から離れたこの場所にいる理由だったのだが、オークリーダーは構わず、フードの中からなにかを取り出し放ってきた。

 思わず姫騎士が受け取ると、モフモフした(かたまり)が動いて、腕の中で円らな瞳で彼女の顔を見上げてくる。


「お前……」


 狩りの得物として捕らえられ、彼女が助命したことで愛玩動物と化していた、オークの集落で一緒に暮らしていた子ギツネだった。旅に連れていくこともできないから、そのまま集落に置いてきたのだが。


「お前がいなくなって、ソイツうるさいから、連れて帰れ。でなければ俺が食うぞ」

「食うなぁっ!? こんなモフモフを食うとか正気か!?」


 慌てて子ギツネを胸にかばい、オークリーダーの視界から隠す。

 それで彼女への用事は終わったと言わんばかりに、彼は(きびす)を返す。


 いつしか野盗との戦いは終わっていた。この周辺では恐れられるオークの出現に、野盗から逃げ出していた。

 だが護衛の兵士にとってはたまったものではない。野盗との戦いが終わったと思えば、化け物が出てきて、逃げることもできないのだから。

 近づいてくるオークリーダーに警戒し、彼らは剣を構える。


「おやめなさい」


 だが、いつの間にか馬車から出ていた王妃が、護衛たちを制して、前に出る。


「お久しぶりです、『お義父(とう)さん』。娘から聞きましたが、お元気そうでなによりです」


 懐かしげに瞳を細め、親しげに柔らかい声をかけると、オークリーダーもかすかに破顔する。


「やはり姫騎士(アイツ)は、お前の娘だったのか」

「ふふっ。私もすっかりおばちゃんになって、かなり変わったと思いますけど、ひと目でわかってくださいましたか」

「姿はかなり変わったが、目元口元は子供の頃のままだ。アイツにも似ていたから、もしかしてとは思っていた」


 ようやく激痛が引いたため、姫騎士も腹をさすりながら、そちらに近づく。

 ただし、久しぶりに会う二人の邪魔はしない。


「あー、諸君。注目」


 化け物(オーク)と親しげに会話をする王妃を、呆然と眺めていた護衛たちに声をかける。


「まずは負傷者の手当てだ。御者たちは馬と馬車に異常ないか、確認してほしい」


 まずはこれからの行動を促し、忘れずに付け加える。


「王妃殿下とオークとのことは、一切を忘れろ。もし酒飲み話に広まるようなことでもあれば、諸君らの命は保障できない」


 さすがに王家の存亡にも関わる、重大場面を目にしていることを、ようやく自覚したか。その場にいた者たち全員が大きくうなずき、我先に動き出して役目を果たす。仕事をすることで頭を働かせないようにするかのように。


 ただ一人、動かなかった、王妃の側付き使用人が、姫騎士に近づいて(ささや)く。


「先日、私にまで人払いした理由は、これでしたか……」

「あぁ……私のオネショどころではないだろう?」

「王妃殿下の行方不明自体、病気療養ということになり、(おおやけ)にはされておりませんからね……」


 危機感を募らせる姫騎士たちに構わず、王妃とオークはまだ言葉を交わしている。


「村長をなさっていると娘から聞きましたが、お一人で森を出ていて、よろしいのですか?」

鰥夫(やもめ)村長(むらおさ)だと、なにかと具合が悪いから、早々に代替わりしてきた。家族もいないのだから、旅暮らしも悪くないかと思ってな」

「そのおかげで、私たちは助かりました。皆に代わってお礼申しあげます……ですが、これからどちらに行かれるのですか?」

「当てはない」

「でしたら、どうですか? 一緒に来られませんか?」

「ちょっと待てぇぇぇぇっ!?」

 

 不穏な方角に向かっている話に、姫騎士は慌てた大声を出して割って入った。


「母上!? それはいくらなんでもマズいです!」

「あら? どうして?」

「市井でのオークの認識がどういうものか、ご存じないわけはないでしょう!? 彼を連れて行けば大騒ぎになります!」


 オークリーダーを遠ざけたいわけではない。だがこのまま連れて行けば、大混乱は必至だ。

 なのに王妃は、笑顔を崩さず再度の危険発言を発射する。


「よく知らない相手だから、恐れを抱くのよ。このままお義父さんを私たちを助けてくれた英雄とすれば、問題ないじゃない?」

「いやいやいやいやいや! 事実ですが! 事実ですけど!」


 (まぎ)れもない事実であるが、だから誰もが受け入れるという保障はない。悪意を持った話は人は容易く信じるが、逆の話は実際に見聞きしなければ、人の話をなかなか信じない。姫騎士自信がそうだったのだから。

 尚も止めるための言葉を連ねようとしたが。


「フリカアナ・ヒス・フォーブロア」


 王妃は表情を改め、姫騎士の名を威厳を込めて呼び、口を閉ざさせた。

 しかし厳しい顔は一瞬のこと、すぐに表情を和らげる。


「あなたも体験したでしょう? オークは危険な存在ではないと」

「まぁ、人間同士と同じ程度には、信頼を置けると思いますが……」

「ならば、変えていかないとね」


 この王妃は、差別をなくそうというのか。噂に尾ひれがつき、化け物扱いされる種族との。


「そもそも、どうして私一人で、あの町に行っていたと思う?」

「そういえば、お聞きしていませんでしたね……」


 自分はもう姫でなく、一介の冒険者だと考えているため、公務の内容を問いただすのは、なんとなく避けていた。


「街道を敷いて、交易を行い、あの集落と交流ができないか。それを確かめるために、一番近いあの街に確かめに行っていたのよ」


 王妃は本気だった。

 幼い頃、危機を救ってくれたオークに対する、個人的な心情が発端かもしれなくても。


「あなたもそろそろ冒険者稼業もおしまいにして、私を手伝ってくれない?」


 王妃に改めて問われ、姫騎士は眉根を寄せて、オークリーダーを見上げる。


「……お前、どうする気だ?」

「さぁな。人間たちに畏れられるのは慣れているから、別にどうということはないし、『娘』から頼まれたら断りにくい。村については、いい影響悪い影響あるだろうが、こうした筋道が最初に作られるなら、最悪のことにはならないだろう」


 こちらも賛成とまでは言わずとも、積極的に反論する理由もないらしい。

 

「俺のことはさておいても、お前は剣を捨てたほうがいいと思うぞ。騎士様ごっこは終わりにして、お姫様に戻る時が来たぞ」


 集落で散々痛めつけられ、野盗の頭目にもあしらわれるようでは、冒険者としては長く生きられるとは思えない。


「くっ……! どうにでもしてくれ……!」


 『殺せ』とは言わずとも、同じような心境で、姫騎士は子ギツネをなでながら、憎々しくうめいた。


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