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16 姫騎士さん、オークの集落を発つ


 あれから半月ほどたった。

 久々に鎧を身につけ、旅装を調えた姫騎士は、原始的な家が立ち並ぶ集落を振り返る。


「元気でねぇ」

「はい、お弁当だよ。途中で食べておくれ」

「すまない……」


 彼女自身はそんなに親しくしていたとは思わないのだが、おばちゃんオークは涙を流して見送ってくれていた。差し出された大きな葉の包みを、苦笑しながら受け取る。オークサイズなので三食くらいありそうだが。


「なんで子供孕んでねぇ!?」

「……お前が大人になればわかる」


 若いオークが悔しがってたが、深くは触れない。オークの村社会を乱すつもりはないので、手を繋いで子作りという勘違いができる純真さが失われないことを祈り、ただ村の教育に期待する。


 見送るオークは、他にもいる。なんとなく顔の見分けがつくようになったので、彼女があまり言葉を交わしたこともないオークがいることもわかる。

 しかし、オークリーダーはこの場にいない。



  ○  ○  ○  ○  ○



「……お前も、人間の里に戻れ」


 そう告げたオークリーダーは、外したばかりの山刀を手にして立ち上がった。


「ついて来い」


 そうして彼女を連れて外に出た。

 なにをするかと思えば、取り上げて保管していた彼女の剣を投げ渡し、(うなが)す。軽く切っ先を向けて、稽古をつけると。


 いきなりの展開で、不得要領ながらも、彼女も剣を構えると。

 オークリーダーから踏み込んで、巨大な刃を振るってきた。


「ぐっ!?」


 分厚い刃を()らすだけで精一杯、その摩擦ですら体が流れてしまう。

 受け止めれば、間違いなく剣が叩き折られた。逸らさなければ、体を真っ二つにされていた。

 今度は手加減を感じさせない、本気の殺意が乗った一撃に、彼女は背筋に寒気が走った。


「フンッ!」


 けれどもオークリーダーは止まらない。

 続けざまの回し蹴りはどうすることもできず、悲鳴すらも上げられず、彼女は吹き飛ばされた。


「げほっ……! げほっ……!」


 これまでの冒険者生活でも、数えられるほどしかまともに食らったことにない一撃だった。患部と神経が熱と悲鳴をあげて、呼吸ができず、血の味が口の中に広がる。


「立て」


 だがオークリーダーは冷徹な言葉と共に、山刀を振り下ろしてきた。

 懸命に体を動かすと、地響きを立てて割れる。やはり避けなければ叩き斬られていた。


「急になんなのだ……!」


 なんとか立ち上がり、かすれた声を絞り出して、説明を求めた。


「怒ったのか……『家族ごっこ』などと言ったから……」

「そうではない」


 怒りは感じない。オークリーダーの声は、彼女の知る理知的なもののままだ。

 だが殺気まで発した、凄まじい攻めは変わらない。峰側であったが、下から振り上げられた山刀に、また再度吹き飛ばされた。


「ぐっ……!」

「よもや『殺せ』などとは言わぬよな」

「あぁ……」


 舐めた土を吐き出し、手を突いて立ち上がり、今度は剣を振り上げて彼女から襲いかかった。


 いつしかオークたちが集まり、輪を作って彼女たちを見ていた。

 だが止めない。彼女を心配するように顔を歪める者もいたが、制止はしない。

 他の者は、皆一様に真剣な面持ちで、見守っていた。



  ○  ○  ○  ○  ○



「アイツは遠慮なしに痛めつけてくれたな……」


 旅立ちに際して時間がかかったのは、その時に痛めつけられた体を癒すためだった。致命的な傷はないが、骨に(ひび)が入る程度の傷は無数にあった。

 しかもその間、彼女はオークリーダーの家から追い出された。最初の夜に入れられた、あの天然牢屋で寝泊りすることになった。


「なにをしたかったんだ……」


 結局のところ、よくわからない。

 オークリーダーは牢に一度も来ず、追求も恨み言も言うことができなかった。


「こんなものまで渡して……」


 その代わりのように、人伝(ひとづて)というかオーク(づて)に、あの小さなドレスを渡された。全く意図は理解できない。


村長(むらおさ)には、なにか考えることがあるんじゃねぇです?」

「そうそう。あれでもいろいろ考えてるヒトなんで」


 森の入り口まで送ってくれる男のオークたち――最初、落とし穴に落ちた彼女を助けてくれた、オーク二人組が口を挟むが、彼女にとっては理解ができないことに変わりない。


「どんな考えだ……」

「さぁ。そりゃわかんねぇですね」


 そして、意外な言葉が出てきた。


「あの人、突然村長(むらおさ)を引退するとかって言ってるし」

「え?」


 彼が(おさ)らしいところは、正直あまり見たことがない。ただ威厳や理性や知識は、他のオークとは違うだろうと漠然(ばくぜん)と考えていた。

 なぜ彼がそんなことを言い出すのか。

 しばらく考えてみたが、わからない。

 オークと人間の種族さというより、彼個人の考えが、理解できない。


「アネさん、そろそろ出ないと、夜が面倒になっちゃいますぜ」

「アネさんって……そんな呼び方したことないだろう」


 木々に隠れて見えなくなる前に、集落を振り返る。

 冒険者として、決して平穏とは呼べない時間を送っていた彼女にとって、オークの集落での時間は、久々の平穏だった。


 まだ見送るオークたちに手を振り、姫騎士は集落を発った。


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