15 姫騎士さん、オークリーダーさんの過去を知る その3
「……つまらん話を」
夜、そろそろ寝ようかという時間に、姫騎士は子ギツネの体を撫でながら昼間の話を問うてみると、否定はもちろん、隠し立てもしなかった。
「なぜ、人間の子供を?」
「なぜ、そんな話を聞きたがる?」
しかしやはり触れられたくない話なのか、オークリーダーは顔をしかめ、質問を質問で返してくる。
なぜかと改めて考えると。
(やはり、私が何事もなく居候している理由か……)
オークが噂とは違う亜人なのは、まぁいい。噂はやはり尾ひれはひれが付き物だ。
だが人間同士で考えてたとしても、完全武装のよそ者が、閉鎖的になりがちな集落に訪れれば、警戒するだろう。
それが人並みの寝床と食事を与えられて、集落内で白眼視もされていない。
平穏に暮らしている理由がわからないのが、落ち着かないのだろう。
「……村を出た俺は、色々な場所を放浪していた」
だがオークリーダーは、彼女の回答を待たずに、言葉少なく語り始めた。
○ ○ ○ ○ ○
「その中で人間と触れ合うこともあったんだが……それは関係ないからいい」
若きオークリーダーの旅は、気まぐれであったらしい。
その旅は驚くべきことに、半ば人間に混じった旅であったらしい。
他の亜人に比べて、オークは人間から受けられているとは言いがたい。やはり巨体と異形から忌避される。だが、その程度であれば、荒くれ者も大差ない。無用に恐れられることもあったが、彼から言葉をかけると、なんとか人並みには扱われていたらしい。
やはり魔物とそれ以外を分かつのは、言葉、意思を伝える手段なのかもしれない。
「ある時、この森の近くに戻ってきた時だった」
とはいえ、妻のことを忘れるための放浪は、なにかを得るためのものではない。ただただ自分を磨耗するだけの行為でしかない。
だから彼は疲れ、懐かしい故郷に癒しを求めたのかもしれない。
「その時、野盗に襲われている馬車に出くわした。身分の高い者が乗っていたのか、護衛も存在したが、野盗のほうが強かった……ようだ」
仮定なのは、彼がその現場に出くわした時には、ほぼ略奪は終わっていたから。
そして遅ればせながら、彼が助けに入った時には、一方的な暴虐になってしまったから。やはりオークと人間の能力差は顕著だった。
「生き残ったのは、一人だけ……人間の娘が、馬車の中で震えていた」
護衛の存在、馬車の作り、身なり。オークの彼でも、身分の高い者だと察することができた。
『間に合った』と呼べるのか微妙ではあるが、きっと護衛たちが守ろうとした命だけは、助けることができた。
だが、今後に困った。
近くに人家はない。捜索隊が出されても、彼女が救出されるまで何日かかるかわからず、獣に襲われる可能性だって十分ある。
それまで彼が守るとしても、下手をすれば、彼が高貴な馬車を襲ったと疑われる。
「だから仕方なく、その娘を連れて、この村に戻った」
集落は大騒ぎになったらしい。当然だろう。
ただでさえ村を離れていた者が戻っただけでも、出入りがない小さな集落からすればちょっとした事件だ。しかも日ごろ触れ合うことのない、人間などという異物を連れていれば。
「…………大変だったな、うん」
異形たちが暮らす村に、娘も怯えただろう。
きっとオークたちにとって、懐かない動物を懐かせるような苦労があったに違いない。
集落の様子を見れば、今は妙齢となってしまったオークの娘たちも、手伝ったのではないだろうか。
「そうして、人間の暦では、一年ほど暮らしていただろうか」
人間の娘と暮らす時間は、彼にとって幸福なものだったのではなかろうか。少なくとも、決して悪いものではなかったはず。
彼の語り口がそう語っているし、でなければ『娘』などと呼ぶはずはない。
外部の情報を知りえない環境なのもあるだろうろうが、だから別れが伸び伸びになり、一年もの時間を過ごしていたのではなろうか。
「たまたま一番近い人間の町に、王が訪れると知り、その子を連れて行って……それきりだ」
言葉が少ない彼の説明では、かなり省かれているが、きっと寂しさを伴う決断であったことは、容易に想像がついた。
人間は、やはり人間の元で暮らしたほうがいい。
そう考えたからに違いない。
○ ○ ○ ○ ○
「昔の話だ」
彼にしては長い話を聞き終えて、彼女は小さく息をついた。話を聞きながら撫でていた手が心地よかったのか、子ギツネは膝の上で丸くなっている。
この言葉は口にするべきか、少し迷った。
「……私をこの家に住まわせていたのは」
でも、口にした。
オークリーダーが、彼女を居候させ、なんとなくそのままになっているのか。
「『家族ごっこ』をしたかったのか?」
「…………」
無言の肯定が返ってきた。
そして、終わりとなってしまった。呆気なく。
「……お前も、人間の里に戻れ」




