10 姫騎士さん、オークリーダーさんと剣を交える
「くっ……! 殺せ……!」
久々に握った自分の剣は、遠くに転がっている。自身も地面に転がり、顔前に突きつけられた刃に、姫騎士はうめいた。
「殺すわけはないだろ……」
そのセリフは口癖のようなものと理解したか、呆れ以上はなにも吐き出さず、オークリーダーは巨大な山刀の切っ先をどかした。
「稽古の相手をしろと言い出したのは、お前だろう」
「いや、そうだが……すまない」
差し出された巨大な手を握り、彼女は起き上がる。
取り上げられた剣のことが、ずっと気になっていた。刃物は簡単なことで錆びるため、手入れを欠かすことができない。冒険者となってから、商売道具であり、相棒でもあったため、彼女は大事に使ってきた。
狩りから戻ってきたオークリーダーにそんな話をしたら、彼は意外にも、どこからか取り上げた剣を持ってきて返してくれた。もちろん事が終わればまた取り上げれるだろうし、彼女も拒むつもりはない。
やはり想像していた通り、錆が薄く浮き始めていた刃を砥石にかけ、青光りするほど磨き上げた。
そして久しぶりに素振りをして、軌跡と筋肉を確認し、自分の腕がなまっていることに彼女は気づいた。
井戸が近くにあるわけでもない。最近都の店などでも普及を始めた魔力コンロもない。原始的な生活は、家事だけしていても肉体を酷使する。
それでも筋肉の使い方が違うのだから、技は鈍る。素振りでは確認できずとも、戦いの勘働きについても同様だろう。
危機感を抱いた彼女は、オークリーダーに稽古を願い、今の図がある。
「あわよくば俺を斬り、ここから逃げようとでも思ったか」
「そんなことしたら、野垂れ死ぬであろうことくらい想像できる。簡単に森を抜けられるようなら、迷ってここに来てなどいない」
つまらなさそうなオークリーダーに憮然とし、気を取り直して彼女は問う。
「それよりもだ……当てずっぽうなんだが」
なんとなく感じていたことだが、彼は強い。オークと人間の種族差もあるだろうが、根本的な部分で違いを感じる。剣を交えたことで確信した。
「お前、人間と触れ合うの、私が初めてではないのではないか? 少し聞いた話では、人間がここを訪れるのは、数十年なかったということだが」
彼の剣技は、人間か、亜人種に対するものだった。ただただ山刀を振るうかと思いきや、繊細かつ巧妙に動き、彼女を圧倒した。何度も刃を交えて、必死になって防戦したが、それでも手加減されていたようにも思う。
獣や魔物相手となれば、力任せだけでも充分なはず。加えて真剣での稽古に、手加減の必要もあったかもしれない。
だが彼は、『剣術』を修めている。ただ得物を振るうのとは違う、れっきとした技術を。
それに、彼女の持っていた日記帳を読んだ。黒歴史をほじくり返された記憶は封印したいが、それはさておき、彼は人間の文字を知っていた。村の中で、文字らしきものは見当たらないのに。
「……昔の話だ」
ただそれだけ。肯定はしたが、オークリーダーはそれ以上を語らなかった。
一緒の家に暮らしていても、そう会話はない。無口ではないが、不要な口は開かないという性格なのだ。
だから彼の言う『昔』の詳細が気にはなったが、問いを重ねることを避けた。
「なぁ……私はどうなるのだ?」
代わりに彼女は、別の問いを発した。
これも問おうとして、なんとなく出さずにいた言葉だった。
彼女がオークの集落に来て、もう十日は過ぎている。捕虜というか危険人物扱いされたのは最初の夜だけで、あとは居候か家事手伝いといった状態だ。
そして、体を求められたこともない。
なんのためにここにいるのか、理解できなくなり始めていた。
「さぁな」
そして口数少ない彼は、それ以上を口にしなかった。




