第9話 戦闘用アンドロイド シャリ起動
川にかかる橋の上を、高校の制服姿のマゼラが小走りで移動している。
そこで彼女は立ち止まると、こめかみに右手の人差し指をあてて目を閉じる。
「う~ん、この辺りのはずなんだけど」
彼女はUFOにいるデスラー保安官と思念通話をしていた。
そして、何か報告があったらしく、自分の足元を見ると、
「あ~っ、なるほど」
と呟き、橋を渡ってから河川敷へと降りて行った。
すると、橋の下の橋桁の影で、膝を抱えて蹲って座っている亘を見付けた。
「ああっ! いたいた。亘さぁ~ん!!」
そう言って駆け寄って行くマゼラ。
亘は、スペーススーツを脱ぎ、学生服姿になっている。
「あれ? スーツは?」
「脱いで川に捨てようとしたら、勝手に転送された」
小さな声でボソボソとそう答える。
「そうでしたか」
そう言ってマゼラが彼の隣に腰を下ろす。
「今日はちょっと失敗しちゃいましたね」
「あれをちょっとで済ませて良いの?」
「標的は退治しましたし、被害者は出ていませんよ」
それを聞いて亘が顔を彼女の方に向けた。
「も、もしかして、あのゴキブリは本当に宇宙生物だったのか?」
「いいえ、あれは百パーセント地球の在来生物です」
「…………」
「ちなみに宇宙にも似た生物がいますけど、大きさが10メートルぐらいあります」
確かに、そんな化物を相手にするなら、スペーススーツのような装備が必要になるだろう。
「帰りましょう、亘さん」
「うん」
この後、亘はマゼラに付き添われて学校に戻ったのだった。
4月12日 2000
宇宙犯罪組織のアジトで、地球支部長のスシローがテレビを観ていた。
今は、地元のニュースが流れている。
『ニュースです。本日〇〇市のマンションにベランダから男が侵入し、窓ガラスや家具を破壊する事件が発生しました。その容疑者は全身赤い全身タイツを身に着け、白い手袋、ブーツ、ヘルメット姿で、警察からの情報によりますと、昨日は近傍の公園でも同じ格好をした変質者が出没していたそうです』
女性アナウンサーが淡々とニュースを読み上げている。
「ふぅ~ん、変質者か、地球って怖いなぁ~」
呑気にそのようなことを言いつつ、缶ビールを飲むスシロー。
その頃、隣の部屋では。
ドクターがカプセルベッドの横で最終調整を続けていた。
部屋の中央に設置されたそれが小刻みに振動し、表面がピカピカと点滅を繰り返している。
「よし、ついに完成したぞ」
ドクターが笑いながらそう言うと、カプセルベッドからチーン、という音がして、静かになった。
そしてプシュー、という音がして水蒸気が噴き出し、まるで棺桶のように蓋がゆっくりと開きだした。
そこには筋骨たくましい全裸の男が横になっている。
彼こそ宇宙犯罪組織の戦闘用アンドロイドだった。
「目覚めよ」
そう言うと、ドクターがリモコンのような物を取り出し、電源ボタンを押した。
パチッとムキムキアンドロイドが目を開く。
「起動チェック開始」
そう言うと、頭の付近からガーッ、ピーッ、ガガッと、昭和時代のパソコンのような音が聞こえて来た。
おそらくモニターがあったら、「NOW LODING」という文字と、作業の進捗状況を示すパーセンテージが表示されたことだろう。
さらに言うと、もう少しで終わりそうだと思うと、数字が戻ったり固まったりする。
「最終チェック完了」
アンドロイドがそう言うと、ゆっくりと上半身を起こした。
盛り上がった胸筋、太い腕、バキバキに割れた腹筋、その姿は、まるで往年のシュワちゃんのようだ。
無表情なままカプセルベッドから出ると、ドクターの前に立つ。
身長は2メートル近くあるため、小柄なドクターが子供のように見える。
「素晴らしい……」
頭の先から顔、首、さらに胸と順番にゆっくりと確認していく。
そして腹筋の下に目を向けた時、
「OH!」
と英語チックな発音を発して、頬を少し赤らめた。
「なかなか凶暴そうだ」
戦闘用アンドロイドにソレをつける必要があるのかどうか、甚だ疑問があるが、ドクターはそういう細かい所に凝るタイプなのだった。
「お前の名前はシャリだ」
「了解、私の名前はシャリで登録をしました」
「よし、シャリ、最初の命令だ」
「何なりとお申し付けください」
「パンツを履け」
「スシロー様、戦闘用アンドロイドが完成しました」
そう言って、ドクターがシャリを連れてリビングに入って来た。
すると、
「ん? ちょっと待ってくれ、今いいところなんだ」
テレビの前に胡坐をかいて座ってサッカーの試合を観ていたスシローが、画面から目を離さずにそう言う。
「よし、よし、いけ、いけ、……ゴール!!!!」
こうして見ると、日本に馴染んだ外国人にしか見えない。
「ああっ、気分最高だ」
そしてそう言うと、二人(正確には一人と一体)の方に向き直る。
「おっ、ついに完成したのだな。良い出来ではないか」
そう言うとスシローは立ち上がって、ボリボリとお尻をかきつつシャリの周囲を見て回る。
「はい、この戦闘用アンドロイドは、自重の10倍の物を持ち上げることができ、さらにこの惑星の自動車並みの速度で走り、あらゆる武器を扱えます。そして何と言っても頑丈です。戦車の砲弾やミサイルの直撃でなければ、十分に耐えられるでしょう」
「いいね、いいね。私もドクターも戦闘向きではなかったから、これまで積極的に活動できなかったが、こいつがいれば百人力だ」
そう言うとシャリの肩をバンバンと叩く。
「お任せください」
「よし、それでは手始めに」
スシローが表情を引き締めると、シャリの顔を睨みつけた。
「晩飯を作ってもらおうか」
「……了解しました」
アンドロイドのシャリがそう返事をすると、カウンターキッチンへと向かう。
4月13日 1600
亘がゴキブリを駆除するために、マンションの窓と家具と壁を破壊した翌日の放課後。
「はぁ、失って分かるとはよく言ったものだ」
箒を持って教室の掃除をしつつ、亘がそう言った。
ここ数日、宇宙に連れていかれたり、超ダサいスーツを押し付けられたり、砲撃を受けたり、変質者に間違えられたり、本当に色々なことがあった。
スーパーヒーローに憧れるなんて、俺は何て愚かだったんだ。
激しく後悔をしている。
「西條君」
二度と戻れない平穏な日々のことを考えていると、一緒に掃除をしていた南條 由利亜に呼ばれた。
「な、なに?」
「掃き掃除はもう良いから、ゴミを出して来てくれないかな?」
もちろん喜んで行かせていただきますと心の中で答えつつ、口では、
「うん、分かった」
と返事をした。
そしてゴミ箱を持って廊下に出ると、そこにはマゼラがいる。
「あれ? 何をしてるんだ?」
転校をして来たばかりのマゼラは、掃除当番に入っていない。
「もちろん亘さんを待っているのですよ」
普通なら、金髪美少女にこのようなことを言われたら、ドキッとして「な、何恥ずかしいこと言ってるんだよ」などと照れながら言うところだが、
「何を企んでいるんだ?」
眉間に皺を寄せ、滅茶苦茶警戒をしながら亘がそう言った。
「わぁ~、なんて冷たい目でしょう」
「当たり前だろ。ここ数日で俺の人生が何度終わりそうになったと思っているんだよ」
そう言いつつ亘が歩き出すと、マゼラがその後をついて来る。
「憧れていた地球を守るヒーローになれたじゃないですか」
「今のところ、変質者にしかなれていないんですけど」
「ヒーローは勘違いをされるものですよ」
「今のところ、勘違いでもないんだけど」
亘がそう言うと、マゼラが彼の前に回り込み、
「実は亘さんにお伝えしていなかった捜査情報があるのです」
「捜査情報?」
「はい、地球にいる宇宙犯罪組織が、どうやら戦闘用アンドロイドを作っているみたいなのですよ」
「戦闘用アンドロイド?!」
なんて怪しくて格好良い響きなんだ?!
「スペーススーツほどではありませんが、かなり戦闘能力が高くて頑丈です。そのような物が完成したら、まさに地球の危機ですよ」
何故か嬉しそうにマゼラがそう言った。
「その情報はどこから?」
「Amadonの配達人が地球に来たので、捕まえて何を届けに来たのか職務質問をしたのです」
Amadonとは宇宙規模の通販会社の名前だ。
「そう言えば、スペーススーツもその会社の段ボールに入っていたよな」
見た目は段ボールのようだったが、三千度の高温に耐え、宇宙放射線もものともしない特殊な箱だったが、彼に分かるはずがない。
「それはそうですよ、スペーススーツはAmadonでポチッて買いましたから」
「か、買った?!」
驚いた亘が足を止めて、マゼラの顔を見つめる。
「はい、スペーススーツはAmadonで買いました。もちろんお金は経費で落としましたよ」
「あれって宇宙警察の装備じゃないの?! あと、あんなダサいスーツを通販で売っていたの?!」
「ダサくなんかありませんよ。ただ、絶対に自分では着たくありませんけど」
「お前な……」
「凄いんですよAmadonは、惑星破壊ミサイルやブラックホール爆弾まで売っているんですから」
「そんな物を商品として取り扱って良いの?!」
「大丈夫ですよ。誰にでも売るわけではありませんから。あと、時々セールをやってくれるんで、買い物するならその時がチャンスです」
そうか、あの超ダサスーツはセール品か、と何も聞いていないのに理解してしまう。
あと、誰になら売っても良いんだろう? とも考えてしまった。
「まあ、細かいことは置いておいて、その配達人を職務質問したのなら、地球のどこかにいる宇宙犯罪組織のアジトも聞き出せたんじゃないか?」
「それが、集配ボックスに届けるので、その後は分からないんです」
「し、集配ボックス?!」
「はい、そこには転送装置が付いていて、ボックスに入れて蓋を閉じると、自動で配達されるのです。ちなみに地球の集配ボックスは月の裏側にあります。」
あくまでもその集配ボックスは、荷物の中継地でしかないということらしい。
さらに、転送装置は顧客の個人情報保護のため、届け先の情報は引き出せなくなっている。
「それで、配達人はその集配ボックスに戦闘用アンドロイドの材料を届けていました。それが今から一カ月前のことです」
「なるほどね、だから地球のどこかでその戦闘用アンドロイドが組み立てられているはずだというんだな」
「その通りです」
「すでに完成していて、使われた形跡はないの?」
「今のところは」
そう言いつつ、マゼラが肩を落とす。
「何で残念そうなんだよ?」




