第4話 謀ったなデスラー!!
202X年 4月10日1800
亘とマゼラが、物質転送装置でUFOのブリッジに帰って来た。
無傷だが全身泥まみれになった亘が、ゼェゼェと床に手を突いて、肩で息をしている。
対して、マゼラはニコニコと笑顔のまま、熊柄の傘をロッカーのような場所にしまっていた。
「ハハハ、どうだい? スーツの性能は凄いだろう」
デスラー保安官が、胸を張ってそう言ってくる。
確かに、榴弾砲の弾着地にいながら、亘は掠り傷一つ負ってはいない。
「高出力レーザーの照射を受けても、短時間なら耐えられるぞ」
「そもそも、そんな物に撃たれたくない」
亘がフラフラと立ち上がると、マゼラが、
「あと、スーツだけじゃなくて、そのヘルメットにも凄い機能があるんですよ」
と言った。
「へぇ、どんな機能?」
正直言って、もうどうでも良かったが、とりあえずそう聞き返す。
どうせ黙っていても、勝手に説明をするに決まっているのだ。
するとマゼラが、
「視力、聴力、味覚あと嗅覚を最大千倍まで強化することができるのです!!」
ジャジャーンと口で言いつつ、そう説明をする。
「…………味覚を上げてどうするの?」
視力・聴力・嗅覚は、まだ戦闘や捜索などで役立つこともあるだろう。しかし味覚だけは、何の役に立つのかサッパリ分からない。
それどころか、千倍の味覚など、自爆スイッチにしか感じられなかった。
間違って味覚MAXで香辛料入りの料理を口にしたら、間違いなく死ぬ。
「大丈夫ですよ。ちゃんと調整できますから」
「それも思念制御?」
「はい、そうです。もちろん言葉にしても調整できますよ。味覚レベル百倍とか、視力十倍とか」
「怖いなぁ」
便利だが、うっかり千倍とか言ったら間違いなく即死する。
とりあえず怖いので、ヘルメットを脱いで両手で持つ。
155ミリ榴弾砲の曳下射撃を受けたというのに、その表面には傷一つついていない。
一体何で出来ているんだ、これ? と首を傾げてしまう。
そして、あることを思い出した。
「そう言えば、あんた達、最初に地球は狙われているって言っていたよね?」
もしそれが本当なら、亘が今身に着けているスペーススーツのようなオーバーテクノロジーの武器や装備を持った宇宙人の犯罪者達と戦わなければならない。
見た目はダサすぎるが、地球人類の武器では太刀打ちできないことは間違いないだろう。
「はい、宇宙犯罪組織が、辺鄙な田舎でテクノロジーレベルの低い、クソみたいな星まで手を伸ばして来ています」
「お前、地球嫌いだろう?」
ニコニコと笑顔のまま、地球人類に対してとても失礼なことを口にしたマゼラに、亘が思わず突っ込む。
しかしその瞬間、亘はふと考えた。
宇宙犯罪組織とは一体どのような物なのだろう? 怪獣? 怪人? ロボット? まさか宇宙艦隊などということはないだろうな。
調子に乗って、この超ダサスーツを着て宇宙警察に協力するなどと言ったら、そんな連中と戦うことになるかもしれないのだ。
そんな彼にデスラー保安官が、
「最近は、高齢者のお宅に息子のふりをして電話をかけて、事故を起こしてしまったとか、会社のお金を使い込んでしまったとか言って、お金を振り込ませたり、警察官のふりをして、あなたの銀行口座が犯罪組織に利用されたから捜査のために口座番号と暗証番号を教えろって言ったりするのが多いな」
「それって、振り込め詐欺じゃん!!」
「そうだな。全く、悪知恵ばかり働く連中だ」
こ、こいつら、テクノロジーレベルは高いけど、頭の中身は21世紀の人類と同等か、それ以下だな。
そう考えつつ、白い手袋を装着した両手を見る。
「そんな、詐欺集団相手に、このスーツで何をしろって言うんだよ?」
真紅の全身タイツに白いブーツと手袋、顔丸出しのヘルメットという、派手でダサいスペーススーツ姿で、詐欺集団と戦う姿を想像して頭が痛くなる。
「もしかして、スーツの能力で宇宙犯罪組織の通話を妨害しろとか?」
「それをすると、地球の通信インフラが先に吹っ飛びますね」
マゼラが可愛らしい仕草で、顎に右手の人差し指をあてつつ、そう言った。
「糞の役にも立たないな、このクソスーツ!!」
そう突っ込みを入れてから、亘がフゥと小さく息を吐く。
「まあ、とりあえず一通り試験が終わったことだし、もう良いでしょ」
また宇宙の彼方に連れて行かれる前に、家に帰りたい。
ブーツと手袋を外すと、背中に手を回してチャックを下ろし、スペーススーツを脱ぐ。
「家に帰してください」
「うん、ありがとう。助かったよ」
デスラー保安官がそう言ってUFOを操縦すると、モニターに見慣れた景色が映った。
そこは亘の家の前で、2階建ての少し古い一戸建て住宅だ。
「このUFO、見えてないんですよね?」
「もちろんだよ」
そこにマゼラが亘の鞄を持って来た。
「どうもお疲れさまでした」
「ありがとう」
「じゃあ、家の前に転送するよ」
デスラー保安官がそう言ったので、思わず身構える。
「それじゃあ、今後も頼むよ」
「はい、分かりましたって……ちょっと待て!!」
さりげなく聞き捨てならない言葉をかけられ、亘が怒鳴った。
「何だよそれ、まだ試験が残っているの?」
「いいや、一通り終わったよ」
「じゃあ、『今後も頼むよ』って、何だよ?!」
亘がそう言うと、マゼラが、
「実は、このスペーススーツに亘さんのパーソナルデータが登録されてしまったんですよ」
「それって、つまり……」
「他の人には使えません」
「謀ったなぁ!!」
亘が自分より遥かに身長が高いデスラー保安官の襟首を締め上げる。
「そんな宇宙人聞きの悪い」
デスラー保安官とマゼラが二人揃って笑う。
「あ、あんたら~」
「そのスーツが無いと、宇宙犯罪組織から地球の平和を守ることができません」
「このUFOにも武器ぐらい積んでいるだろ?!」
「あることはありますが、良いんですか?」
「…………」
スペーススーツのビームですら、都市を消滅させるほど強力なのだ。その母船となれば、地球そのものを破壊しかねない。
「このUFOには波動砲でも積んでるの?」
「何ですか、それ?」
「と、とりあえず、すぐにこのクソスーツから俺のデータを削除してくれよ!!」
「それが、スペーススーツって盗まれて悪用されたら大変なので、一度使用者を設定すると、宇宙警察本部以外では削除や修正はできないんですよ」
マゼラにそう言われ、亘は嫌な予感がした。
「その本部って……」
「アンドロメダ星雲にあります。地球からだと、距離にして約240万光年離れています」
宇宙〇艦ヤ〇トの前人未到の大マゼラン星雲までの大航海が約16万光年だったので、その15倍も遠い。
「それって、どれぐらいかかるの?」
「そうですね。途中で何度か給油をするので、片道10年ぐらいですかね」
つまり往復20年だ。
「な、なんてこった……」
少なくとも太陽系で、宇宙犯罪組織と戦えるスペーススーツを着ることができるのは、西條 亘ただ一人ということになる。
「亘、地球に良い諺があるじゃないか」
デスラー保安官が自分の襟首を締め上げている亘の肩に手を置くと、
「人間、諦めが肝心だと」
西條 亘が河川敷で宇宙警察のUFOに誘拐されてから、2時間も経っていない。
住宅街はかなり薄暗くなってはいたが、まだ外灯は点いておらず、静かだった。
その道路上に突然、光に包まれた西條 亘が出現する。
「ハァ~」
人類で宇宙に出た人数は、未だ七百名程度だ。
その仲間入り、ましてや一般の高校生では初だというのに、彼は肩を落とし、深い溜息をついた。
目の前には2階建ての自宅があり、1階のリビングは灯りがついている。
頭上を見上げてみるが、UFOなど何処にも見えない。
夢だったのではないか? とすら思えてくる。
その時、学生服の上着のポケットに違和感を感じた。
手を入れてみると、掌に収まるサイズの人形が出てきた。
金髪ポニーテール、アイドルが着るようなピンク色のミニスカートの衣装、さらに右手でピースサインを作っている。
よくできた、マゼラ助手にそっくりなアイドル風フィギュアだ。
「な、何だこりゃ……いつの間に」
そう呟いた時、頭の中にマゼラの声が直接響いてきた。
『それは、スペーススーツの転送装置です』
「おわっ?! び、びっくりした」
『スペーススーツが必要になったら、そのフィギュアを頭上に掲げて、ブンブン振り回してください』
「いやいやいや、何だよその罰ゲーム?!」
思わず空に向かってそう叫んでしまう。
知らない人が見たら、誰もいない場所で、いきなり大声を出す危ない奴だ。
『そのフィギュアは思念通信機でもあるので、身に着けた状態で、話したい相手のことを考えつつ頭の中で話しかけたら通話ができますよ』
「そ、それは、便利だな……」
『はい。距離にして1パーセクまでなら、タイムラグ無しで意思の疎通ができます』
『1パーセクって?』
試しに頭の中でマゼラに質問をしている。
『約3.26光年で、分かりやすくキロメートルに直すと、約30兆8500億になります』
『どっちにしてもサッパリ分からない』
とりあえず、そこまで到達した地球人類がいないことだけは確かだ。
それはそれとして、
『何でフィギュアなの?』
そう思念で通話しつつ、右手で持っているマゼラフィギュアを観察する。
それはとても精巧にできていた。
髪の毛やスカートのヒダや服の皺にいたるまで、完璧に表現されている。
そして、男の子ならどうしてもしてしまうお約束。
フィギュアをひっくり返すと、スカートの中まで確認する。
「こ、これは……完璧だ」
思わず、そう感想を述べるが、もちろん生身の女性のスカートの中など見たことはない。
『ち、ちょっと亘さん、どこを見ているんですか?!』
頭の中にマゼラの怒った声が響いた。
『見られたく無かったら、こんな衣装のフィギュア渡すなよ』
『それを作ったのはデスラー保安官です』
『マジか?』
あの凶悪な外見の宇宙人が、細かい筆を使ってフィギュアに色を塗っている姿を想像して、思わず背筋がゾッとする。
『良い出来だろう?』
製作者の思念波がそう言ってきた。
『普通こういうアイテムの定番は腕時計でしょ。あと、今時ならスマホとか』
『私なりに地球の文化を研究した結果だよ。腕時計やスマホは、よく電車やトイレに忘れたり、落としたりするそうじゃないか』
『だからって、これは無いでしょ』
学校などでこの美少女フィギュアを落としたりしたら、その時点で人生が終わってしまう。
『そもそも、こんなに細かかったら、すぐに壊れるよ』
『その点は大丈夫だ。そのフィギュアは、この惑星で最も固いとされるダイヤモンドの百倍の硬度がある』
『そんな物をポケットに入れて持ち歩くの……俺』
『気を付けてくださいね、亘さん』
マゼラの声がそう言ってきた。
『大丈夫。落とさないように注意をするから』
『そうでは無くて、椅子やベッドの上に置いたまま、うっかりその上に座ったり、寝転んだりしたら……』
『やめてぇ、想像するだけで痛い!!』
つまりこの美少女フィギュアは、スペーススーツの呼び出しアイテムであり、通信機であり、凶器でもあるということだ。
『俺は、これからずっと、これを持ち歩かないといけないの?』
『心配しないでください。完全防水ですし、溶岩の中に落としても、大量の放射線を浴びても壊れませんから』
『うん、でも俺は間違いなく死ぬよね』
『そうなる前に、スペーススーツを転送してください。あれを着れば亘さんも無敵ですから』
肉体的に死ぬか、精神的に死ぬか、はたまた社会的に死ぬか、どれを選んでも人生が終わってしまう。
『では、西條 亘、今日はゆっくりと休みたまえ』
デスラー保安官がそう言うと、思念通話が切れた。
「俺、何か悪いことしたかな」
そう言いつつ亘が空を見上げる。一番星が輝いていた。




