第3話 スペーススーツ実用実験
202X年 4月10日1700**
「ハァ……」
亘が、赤い全身タイツのようなスペーススーツを手に取りつつ溜息をつく。
「これってどうやって着るの?」
そう聞くと、マゼラが、
「背中にチャックがありますよ」
と、その部分を指さしつつ教えてくれる。
「なんか、昭和の特撮ヒーローみたい」
そう言いつつ、そのチャックを下げて袖を通す。
不思議なことに、学生服を着たままでも着ることができるようになっていた。
そうでなければ、宇宙人とはいえ、人前で下着姿にならなければならないところだ。
赤い全身タイツは想像以上に身体にピッチリと張り付き、恥ずかしくて死にたくなる。
「俺は断言する。どんなイケメンでも、これを着たらダサさが倍増する」
その後は両腕に肘まである白い手袋を、両脚には白いブーツを履き、最後に白いヘルメットを被る。
「ち、ちょっと、これ顔が丸見えなんだけど」
このスーツを着るときは、一番隠さなければならない部位が丸出し状態だ。
「えっ? 地球ではティアラ一つで、親ですら騙せると聞いたのですけど?」
「それって、月に代わってお仕置きする人限定だよ!!」
「そうだったんですね。でもまあ、今は私達だけですし、今更顔を隠しても」
「まあ、そうだけど」
全ての装着を終えると、
「うむ、なかなか様になっているぞ」
「本当に、格好良いですよ、亘さん!!」
二人は真剣にそう思っているらしく、そう褒めてくれる。
「止めて、こんなのが似合うなんて言われて素直に喜べない。それどころか、何だか傷付く」
宇宙警察か宇宙人そのものか分からないが、一体どういうセンスをしているのだろう? いや、こういう場合は、地球人のセンスがおかしいということになるのだろうか?
もしかしたら、この超ダサスーツが宇宙の最先端デザインで、地球人の服装など原始人が動物の毛皮を腰に巻いているレベルに見られているのかもしれない。
「いやぁ~、それにしても、よくそんな恥ずかしい格好ができるものだ」
「地球人って凄いですね。私なら死んでも着ませんよ」
「おいっ!!!」
どうやら、このスペーススーツは、宇宙人的にもダサかったようだ。
「もしかしてあんたら、これを着たくないから、わざと間違ったサイズを申請したんじゃないだろうな?」
「ははは、そんなわけないだろう」
「そんなわけないでしょう」
そう言いつつ、二人が亘から視線を逸らす。
「こ、こいつらぁ~」
文句を言いながらも着替えを終えた西條 亘が、顔の前で白い手袋を装着した両手を開いたり閉じたりしている。
デザインは最悪だが、着心地は悪くない。いや、正確には着ていることを認識できない。
彼的には、スーツの下に着ている学生服の感触しかないのだ。
もし全裸でこのスーツを着たら、恐ろしく心細い思いをすることだろう。
「で、これで空を飛んだり宇宙でも活動できるの?」
「はい、その前にちょっと調整をしますね」
そう言うと、マゼラが亘の背後に回り、ヘルメットの後頭部の辺りを、指先でポンポンと数回軽く叩く。
「これでスーツが亘さんの脳波をスキャンしましたので、これ以降は思考コントロールができるようになります」
「つまり……」
「考えることによって、スーツのコントロールができるということです」
それって、よく変なことを考えて暴走するやつじゃ……と思ったが、
「大丈夫ですよ。このスーツを着て、可愛い私を見てドキドキしても、亘さんのコマンドにはフィルターがかけられますので」
「な、なるほど」
サラッと自分のことを可愛いと言ったことは、スルーしておく。
「要は、感情に任せて命令をしても、スーツは無視をするわけだね?」
「はい。可愛い私に力一杯抱き着きたいと思っても、その時は力がセーブされます」
「…………」
ニコニコと笑顔のマゼラを、半眼になって見つめる。
「それで、俺は何をすればいいの? スーツの性能をここで試すの?」
亘がそう言うと、デスラー保安官が、
「ハハハ、そんなことをしたらUFOが壊れてしまうよ。というわけで、一旦地球に戻そう」
彼がそう言うと、ブリッジのモニターに再び外の光景が表示された。
そして、遠くに見える地球が、見る見るうちに近付いてきて、さらに大気圏内に突入する。
映画やアニメなら、大気との摩擦熱で真っ赤に熱せられ、ガタガタと激しく振動するところだが、まるでテーマパークのアトラクションのように静かだ。
いや、アトラクションの方が臨場感を増すために、わざと効果音を出したりするから、迫力があった。
3分もしない間に、UFOが日本の上空に降下してピタリと停止する。
「ちょっと待て、こんなにすぐに帰って来られたの?!」
「まあまあ」
そう言いつつデスラー保安官が、モニターの前で指を動かす。
どうやらそれで、このUFOの操縦ができるようだ。
「じゃあ、マゼラ、後は頼むよ」
「はぁ~い、了解です」
直後に、目の前の景色が一瞬で切り替わった。
「あれ?」
そこは紛れもない地上だった。
と、言っても元の河川敷の遊歩道ではなく、どこかの山の中だ。
ただし、なんと言うか、なだらかな山の斜面で、やたらと広い土がむき出しの荒れ地が広がっている。
そして、その斜面の先には、
「富士山だ」
そう、日本の象徴、霊峰富士が目の前にあった。
彼の地元からでも高い所に上がれば、この山が見えるが、こんなに近くまで来たのは初めてだ。
「ここなら、多少死にそうになっても大丈夫ですから」
隣にはマゼラが立っていて、そう言ってくる。
「いや、ほんのちょっとでも、死にそうな目には遭いたくないんだけど」
「それじゃあ、亘さん、ちょっとジャンプしたり走ったりしてみてください」
「分かった」
そう返事をすると、亘がその場で軽くジャンプをしてみた。
軽い。そうとしか表現のしようがない。
少し力を込めてみると、あっという間に10メートル、20メートルと跳ね上がる。
「うわぁ~っ!! 高い、高い!!」
スーツの性能は凄いが、中身の人間がその高さに耐えられない。
まだまだ高くジャンプできそうだが、怖くてできなかった。
続いて、走ってみる。
かなり地面には凹凸があったが、まるで氷上を滑るようにスムーズに加速していき、どんどん速度が上がる。
「うわぁ~っ!! 速い、速い!!」
軽いジョギングぐらいのつもりが、気が付くと時速80キロぐらい出ていた。
「こ、こいつは、見た目はアレだけど……中身は凄いな」
体は全く疲れておらず、息切れ一つしていない。
「でしょ~」
マゼラが自慢げに胸を反らす。
「ところで、マゼラさん」
「マゼラでいいですよ」
「じ、じゃあ、マゼラ」
女の子の名前を呼ぶなど、いつ以来だろうと考えつつ、亘が質問を続ける。
「君や、あの化物保安官が、サイズの合うこのスーツを着たら、もっと凄いんじゃないの?」
宇宙人に言わせると、現地人(地球人)はかなり脆弱らしい。それなら、屈強な宇宙人がこのスーツを着た方が、はるかにパワーアップするはずだ。
「スーツには増幅できる力に限界があるんです。だから私やあの化物がサイズの合ったスペーススーツを着ても、亘さんと大差ありません」
そう言ってからマゼラが、
「あっ、すいません。つい口が滑っちゃいました」
と言って空を見上げつつ、ペロッと舌を出した。
どうやら彼女は、母船のUFOと何らかの方法で通話ができるようだ。
「じゃあ、このスーツを俺以外の地球人が着た場合は?」
「そうなると、装着者の能力が多少は影響します。ただし、先ほども言いましたように、引き出せる性能には限界があります」
「要は、限界に近い能力を引き出せるかどうかってことか」
「はい、そうです」
そのあと、次の試験に移る。
「ねえ、これってビームとか出せないの?」
この超ダサいスペーススーツには、銃や剣のような装備はなく、スーツ自体にもビームの発射口のようなものは見当たらない。
しかし、マゼラはあっけらかんと、
「出ますよ」
と答えた。
「マジで?!」
「はい。両手を左右に広げて、そのまま上に上げて、最後に両手を胸の前に下ろしてきて、指でハートを作って『スペースビーム!!』と叫んでください」
「どこまでダサければ気が済むんだ!!」
「だって、日常では絶対にしないポーズにしないと、誤発射とかしたら大変じゃないですか」
「確かにそうだけど……」
そう言いつつ試しにポーズを取ろうとしたら、
「ああっ、駄目ですよ」
「何で、試験はしなくて良いの? それとも、これって敵との戦闘の最後にしか使えない必殺技的な奴なの?」
「いえ、いつでも何発でも撃てますけど、威力が強すぎるんです。射線方向に街や山があったら消滅しますよ」
「どこで使うんだよ、そんなの?!」
「そうですね。試しにこの方向にある国とか撃ってみましょうか?」
そう言いつつマゼラが、某国がある方向を指さす。
「駄目だよぉ、それぇええええ!!」
とりあえず、スペースビームは封印することになった。
「さあ、次は飛行試験です」
「これで本当に空を飛べるの? ジャンプとかじゃなくて?」
「もちろんですよ」
そう言われても、これもスペースビームと同じで、スーツのどこにも飛行用の装備が付いていない。
さらに言うと、空を飛ぶヒーローのお約束であるマントすらないのだ。
「思念操作で飛行機能は起動します。要は、考えるだけでOKです」
「要は、飛びたいって思えば良いってこと?」
「はい。でも最初は、口に出して言う方が安定しやすいですね。あと、速度もイメージで調整できます。時速1キロから100キロまでは細かく設定できて、それを越えるとマッハ単位に、最高速度はマッハ10になります」
「何て雑な」
その時、遥頭上から、ヒュルルルルルという不穏な音が聞こえてきた。
マゼラが、どこからともなく可愛いクマの絵が描かれたカラフルな傘を広げて頭上にかざす。
「えっ? 何の音?」
「最後の防御力テストです」
彼女がそう言った直後に、二人の頭上約20メートルで爆発が発生した。
「おわぁあああああ!!」
ビックリなどという生易しいものではない。
次々と頭上で火球が膨れ上がり、辺り一面に鋭い破片が飛び散る。
あっという間に周囲が黒煙に包まれ、もうあとは何が何やらさっぱり分からない状態になった。
「な、何だこれ?!!」
その場で頭を抱えて蹲りつつ絶叫する。
彼の頭上では、さらに次々と爆発が続いていた。
「ここは、地球の原始的な武器の射撃場ですよ」
熊さんの傘を差したマゼラが、平然と立ったままそう言った。
「えっ、えっ? それって……もしかして、ここって?!」
「はい、ここは土着軍隊、この国で言うところの陸上自衛隊の東富士演習場、その弾着地域です」
「何で、こんな所に下ろしたんだぁ!!」
「もちろん、スペーススーツの防御力を体験していただくためです」
真上で砲弾が炸裂し、視界が爆炎で包まれる。
「ひぃいいいい、助けてぇええええ!!」
「何を言っているんですか。助けるのはヒーローの役目ですよ」
この後、陸上自衛隊のどこかの特科部隊による155ミリ榴弾砲の射撃は、15分ほど続いた。
巻き上げられた土によって生き埋めになっていた亘が、プハッと言いつつ顔を上げた。
そして、ヨロヨロと立ち上がる。
あれだけ激しい砲撃を受け、爆風に嬲られ、破片を全身に浴びても、彼は掠り傷一つ負っていなかった。
「し、死ぬかと思った」
普通なら余裕で死んでいる。
「どうです? 凄いでしょう?」
熊の傘を畳みつつ、マゼラがそう言った。
彼女も掠り傷どころか、煤一つついていない。
「ど、どういう仕組みなの、それ?」
「これも、スペーススーツと同じ、シールド機能があるんです」
「そ、そうなの。へぇ~」
正直、もうどうでもよくなってきている。
「さあ、一通り試験が終わったので、UFOに帰りましょうか」
マゼラがそう言うと、上空に浮かんでいる、見えない母船に笑顔で手を振った。




