第2話 真紅の全身タイツそれがスペーススーツ
202X年 4月10日1615
気が付くと、UFOのブリッジの全てのモニターが外の光景から切り替わり、幾何学的な模様が表示されている。
おそらくだが、地球人には理解できないものの、あの模様はこのUFOの状態や運航のために必要な情報を映し出しているのだと思う。
「えっと……」
本来なら、もっと怖がるべきなのだろうが、金髪美少女も、凶暴な外見の保安官も流暢な日本語を話すため、自分でも驚くほど平静を保てている。
「ヒーローになりたくはないかい?」
その見た目は凶暴そうなデスラー保安官がそう聞いてきた。
「ヒーローになれるって、ヤバイ蜘蛛に噛まれるとか、特殊なサイボーグ手術を受けるとか、そういう奴ですか?」
西條 亘がそう言うと、マゼラが首を左右に振った。
綺麗な金髪がその動きに合わせて左右に揺れる。
「違います。このスーツを着るだけです」
そう言うと、マゼラが壁に近付き、そこから片手で運べるサイズの段ボールを取り出した。
そして、それを亘に向けて差し出す。
それを受け取り、表面を見ると、初めは読めない意味不明な文字がプリントされていたが、不思議なことに、その文字が崩れて自動で日本語に変換された。
そこには、品名『スペーススーツ』、その下にAmadonという社名が表示されている。
「うわっ、胡散臭い」
そう言いつつ蓋を開けると、そこには、見る者の心を打ち砕くような鮮烈な赤色の全身タイツと白い手袋とブーツ、さらに白いヘルメットが入っていた。
「それを着れば、あなたは地球を守るヒーローになれます」
「……これを着るぐらいなら、地球なんか滅びた方がマシだと思います」
そう言いつつ、赤い全身タイツを両手で持って広げると、その胸には黄色で、これでもかというほど大きな“V”の文字がプリントされ、ヘルメットも顔の部分が丸出しになっている。
こ、この格好で人前に出て、正義のヒーローを名乗る勇気はない。
もし名乗っても、きっと警察に通報されて逮捕されそうだ。
「西條 亘さん、あなたは正義の味方、ヒーローになりたかったのではないのですか?」
マゼラが笑顔を消し、真剣な表情になると、そう聞いてくる。
それに対して亘も、
「ああ、なりたかったよ。子供の頃からずっと憧れていたさ。でも変質者にはなりたくない!!」
そう言いつつ、胸にVの文字が大きくプリントされた真紅の全身タイツを広げて見せる。
「その胸のV字マーク、良いでしょう? 地球では、胸に“S”や“V”をプリントするのが流行だと聞いたのですけど」
「どこの情報、それ……」
「ああっ、そうか。あなたの名前は“あたる”だから、胸の文字は“A”の方が良かったですね」
「やめて、某トレーニングウェア会社から訴えられる」
ガクッと肩を落としつつ亘がそう言うと、再びデスラー保安官が、
「では、スペーススーツの使用方法についてレクチャーを」
と言い出す。
「ち、ちょっと待ってください。俺はこんな恥ずかしい物を着るとも、ヒーローになるとも言っていませんよ」
「何故だい? これを着れば君は、憧れていたスーパーヒーローになれるのだよ。悪い奴らを皆殺しにして、ついでに人々の平穏な生活を守ることができるんだ」
「あなた、仮にも保安官なのに、悪い奴らを捕まえるという発想はないのですか?」
「大丈夫。こんな辺境まで監査は入らないから、バレない、バレない」
「よくそれで、人に正義のヒーローになれなんて言えましたね?」
「そうですよ、デスラー保安官!!」
そう言うと、マゼラが右手の親指を立てて、自分より遥かに大きくて不気味な保安官に詰め寄る。
「賞金首は殺害したら駄目です。賞金が半分になっちゃいますから」
「ああっ、そうだったな。すまない」
「そう言う問題?!!」
この後も、スペーススーツを着てヒーローになろうと言うデスラー保安官とマゼラ助手に対して、亘は「嫌です」と断り続けた。
冗談じゃない。あんな時代遅れの恰好、誰がどう見てもヒーローではなくて不審者じゃないか。
思わず、学校のクラスメイト達、その中でも片思いの南條 由利亜に、
「近づくな、変態!!」
と、ドン引きされている自分の姿を想像してしまう。
「そんなの、もう生きていけない」
彼女に自分のことを認識してほしいとは思うが、それはクラスメイトとしてであって、変質者としてでは断じてない。
「どうしても嫌かい?」
「どうしても嫌です」
よく考えたら、よくこんな恐ろしい外見の相手にここまで強気を貫けるものだと、自分でも驚いてしまう。
もしこれが宇宙人のデスラー保安官ではなく、学校の不良生徒だったら、
「ああんっ? お前、今なんつった?」
と、ちょっと凄まれただけで言いなりになっていただろう。
「あ、あなた達は警察なんですよね。民間人に無理強いするなんて、おかしいんじゃないですか?」
もっとも、地球上ですら各国によって警察の権限には違いがある。
宇宙警察に、この理屈が通用するかどうかはかなり微妙だった。
しかし、彼の頑なな態度を見て、デスラー保安官とマゼラ助手は、
「ふぅ、そうだね。君の言う通りだ」
「そうですね。亘さんは本来、保護されるべき文明が未発達な原住生物ですからね」
何だか妙に引っかかる言い方だが、どうやら納得してくれたようだと、ホッと胸を撫で下ろす。
「では、ハッチに案内します」
マゼラがそう言うと、亘を先導してブリッジの端に移動した。
なんだ? 随分とあっさり引き下がるんだな、と怪訝に思いつつ彼女について行くと、壁の一部が音もなく開きだした。
ゴォォォォォォ……。
目の前には漆黒の宇宙が広がり、そのはるか先に、青い地球が浮かんでいる。
「あ~、ライカの気持ちが、今ならよく分かる」
思わず、彼が生まれるはるか以前、アメリカとソ連の宇宙開発競争の犠牲になった可哀想な犬のことを思い出す亘。
「ついさっきまで河川敷の上に浮かんでいたのに、いつの間にこんなところに?!」
彼らが乗っているUFOはずっと静かで、加速によるGや振動など全く感じなかったため、ずっと同じ場所に浮かんでいると思い込んでいた。
「亘さん、この宇宙船は恒星間航行が可能なのですよ。カップラーメンにお湯を入れて出来上がる間に、これぐらいの移動なんて簡単にできます」
そんなの常識ですよ、みたいな感じで言われても、月に行くだけでも大騒ぎをしている地球人類には理解できない。
「あの~、これってCG映像ですか?」
「いいえ、リアルですよ。お疑いなら、そのまま前に進んでください。シールドを通り抜けたら、すぐに生身で真空と無重力を体験できます」
「息が苦しそう……」
「そうですね。ですから大きく深呼吸をして血管に酸素を蓄えてから、息を吐きながら外に出てください。そうしないと肺の中の空気が膨張して咳き込んだり、血液が沸騰したり、強烈な紫外線をまともに浴びるので、お肌が荒れます」
「そ、それって死んでしまうのでは?」
「そうですね。地球人の皆さんにはちょっと厳しいでしょうね」
と、言うことは、この子は真空の宇宙でも耐えられるのだろうか?
「そ、そうだ、俺をこのUFOに乗せた時、あれって転送装置とかでしょ?!」
確かに、河川敷の遊歩道を歩いていたのに一瞬で、ここへ移動している。
「あの装置を使えば」
「あれって、転送距離に応じて、身体の欠損率が上がるんですよ。ここから元の場所だと、亘さんの体の5から7パーセントぐらいなくなるか、別の何かに代わってしまいますけど、それでも良いですか?」
「良いわけないでしょ!!」
「大丈夫ですよ。欠損するのは主に突起部分ですから、指や耳や男性器ぐらいで済みます。それぐらいならすぐに生えてきますよね」
「いや、いや、いや、地球人は生えないよ。一生そのまま!!」
「え~っ、じゃあ少しお金はかかっても、新しいのを買ってくるしかないですね」
「売ってないから。そして、もし売っていても、そんな簡単に取り換えられないから!!」
そう言いつつ、商品棚にズラリと並ぶ指や耳や男性器を想像してしまい、軽い眩暈を起こす。
「つまり君には二つの選択肢しかないわけだ」
それまで黙っていたデスラー保安官が腕を組みつつ、そう言う。
「ここから自力で帰るか、それともこれを着て地球を救うヒーローになるか」
「何で、あなた達が着ないのですか? そもそも宇宙警察の装備なのに?」
疲れた表情の亘がそう聞くと、デスラー保安官とマゼラが顔を見合わせ、
「サイズが合わない」
「それ、男性用です」
と、答えた。
「…………」
「ちょっと注文時に記載ミスがあってね。まあ、よくある事だよ」
「あんた達、人の事を散々、未開だとか原住生物とか言っておいて……」
さすがに腹が立ってきた。
「まあ、ヒーローになるかどうかはさておき、一度これを着てもらえないだろうか?」
「そうです、亘さん。地球人が着ても、スーツの機能が発揮されるか確認させてもらえるだけでもありがたいです」
もしそれができたら、亘に似た背格好の地球人男性など、いくらでもいるはずだ。
「それをしたら、地球に帰してもらえますか?」
「ああ、約束しよう。」
言っておきますけど、地球ならどこでも良いってわけじゃありませんよ」
こいつらは妙に大雑把なので、だいたいここらへんだろう、とか言いながら適当な場所に転送されそうだ。
「分かりました。それぐらいなら手伝います」
亘がそう言うと、マゼラが笑顔に、デスラー保安官は人間を食い殺しそうな表情(どうやらこれが彼の笑顔らしい)になって手を叩いた。




