第1話 未知との遭遇は突然に
202X年 4月10日1600
東京のベッドタウンと言うには少し距離がある、関東の某県某市を緩やかなカーブを描きつつ、川が流れている。
その河川敷を西條 亘は、一人で歩いていた。
西日が川面を、そして彼自身も茜色に染めている。
黒い詰襟学生服で学生鞄を持ち、トボトボという表現がぴったりな歩みで遊歩道を進んで行く。
ジョギングをしている人や、犬の散歩をしている人とたまにすれ違うが、誰も彼に注目などしない。
平均的な中肉中背の体格に、人ごみに紛れると見つけるのが苦労するモブ顔、勉強も普通、スポーツも普通、友達はいるが親友と呼べるほど親しい者はおらず、もちろん彼女もいない。
一度自己紹介をしたぐらいでは、ほぼ間違いなく顔と名前を覚えてもらえず、再会した時に「初めまして」と毎回言われてしまう、そのような特徴がないことが彼の特徴だった。
ハァ~っと時折溜息をつき、空を見上げる。
彼は地元の公立高校の3年生で、10日ほど前に無事に最終学年に進級することができた。
もっとも、それ自体は難しくなかったし、自慢するような事でもない。
彼が通う高校は平均的な偏差値で、有名な部活はなく、野球部もサッカー部もラグビー部も創立以来一度も、甲子園や国立競技場や花園ラグビー場に足を踏み入れたことがない。
河川敷沿いにある堤防の上の道を、同じ高校の2人の生徒が自転車で走って行く。
男子と女子の仲の良さそうなカップルで、笑顔で談笑していた。
実は、何の特徴も取り柄もない彼だが、同じクラスに好きな女子生徒はいた。
名前は南條 由利亜、長い黒髪の可愛い子で、勉強ができて人当たりも良い。
体が弱く運動は苦手のようだが、亘も含むほとんどの男子生徒達にとって、それは弱点にはならない。
いや、本人は嫌だろうが、あえて言うなら魅力度アップですらある。
当然だが男子達から人気がありモテるが、男子の友達はいても、付き合っていると言う話は聞いたことがない。
亘は運が良いことに彼女と1年生からずっと同じクラスだった。
3年のクラス割を見た時、思わず運命を感じてしまったほどだ。
「あっ、西條君、また同じクラスだね」
「うん、まさか3年まで一緒なんて、こちらこそよろしく」
そう言う挨拶を交わそうと思い教室に入ったが、彼女は同じクラスにいる友人達と楽しそうにはしゃいでいた。
もちろん、ただ同じクラスにいただけの地味な男子になど、まったく気づかない。
このまま俺の高校生活は終わるのだろうか? 一応大学進学を考えているが、おそらく家から通える可もなく不可もない所にしか行けないだろう。
彼の高校から東京にある誰もが名前を知っている大学に進学する生徒は、学年のトップクラスの数名のみだ。
「俺って一生このままなんだろうなぁ」
時間帯のせいか、センチメンタルな気分に浸ってしまう。
「早く帰ってネットで特撮ものでも見るか」
彼の数少ない趣味は、ヒーローもののテレビや映画を鑑賞することだった。
子供の頃からテレビにかじりついて、地球の平和や人類の未来のために戦うスーパーヒーローの活躍に目を輝かせ、憧れてきたのだ。
もちろん、自分がそのようなものになれないことは百も承知している。
代わりに警察官や消防士になろうかと考えたこともあった。
しかし、性格的に自分に合わないことは分かっているので諦めている。
17歳にして、なぜそこまで卑屈になってしまったのか? もちろん色々な事が積み重なった結果だが、その最大の原因は“自分から行動を起こさない”の一言に尽きる。
普通、無難、平凡であることを自分から望み、目立つような事は避けてきた。
その結果が、華やかさの欠片もない現状に繋がっている。
「街がいきなりゾンビだらけになるとか、宇宙人が攻めて来るとか、巨大隕石でも降って来れば良いのに」
そう自分で言っておいて、フッと自嘲気味に笑う。
そのような緊急事態になっても、自分には何もできない。
好意を持っている女子を助けるどころか、真っ先にゾンビに噛まれたり、ひたすら逃げ回ったあげく、謎のビームで蒸発させられて終わりだろう。
「せめて卒業までに、一度ぐらい何か目立つことをしたいなぁ」
もちろん、悪い事ではなく善行でだ。
前から若い男性の飼い主に連れられて歩いて来た柴犬が、亘の方を睨みつけると、突然、狂ったように吠えだした。
「な、なんだ?!」
「どうしたんだ、ジュンイチ?!」
飛び上がって驚く亘と、飼い犬を鳴きやませようとする飼い主。
しかし、柴犬は前脚を踏ん張り、威嚇をするように唸りながら吠え続ける。
「ええっ!? 普段は犬にもほとんど無視されるのに」
なんとも悲しくなるような事を言いつつ、足早にその場を離れる。
すると、ある事が分かった。
怒り狂って吠えている柴犬は、亘に向かって吠えていたのではなかったのだ。
彼が目の前からいなくなっても、空の一点を睨みつつ吠え続けている。
「どうしたんだ? 何か見えるのか?」
飼い主の男性がそう言い、亘も空を見上げるが、ところどころに雲が浮かんでいるだけで、他にはカラスすら飛んでいない。
「何なんだ?」
そう呟いたとき。
『見つけた!! ちょうどお手頃なのが!!』
と、言う声がいきなり頭の中に響いた。
それは若い女性の声だった。
「な、何だ? ついに幻聴まで聞こえるように……」
そう言っている途中で、突然視界が切り替わった。
そう、それはまるでテレビを見ている時にリモコンを操作したように、目の前の景色が変わったのだ。
「へっ?」
足下を見ると、そこは金属の床だった。
そして周囲を見ると、そこは一言で言えば、SF映画に出てくる宇宙船のブリッジとしか表現できない、機械とモニターで埋め尽くされている。
広さは学校の教室ほどで楕円形をしており、さらに外の光景が見えるが、そこには数秒前まで自分が歩いていた河川敷の遊歩道を、10メートルほど上空から見下ろす視点で映っていた。
あと、柴犬が亘の方に向かって吠えているのが見えた。
「こ、ここって、河川敷の上?」
その時、すぐ背後から、
「おめでとうございます!!」
先ほどは頭の中に響いた声が、今度は肉声として聞こえてきた。
「うわぁあああ!!」
飛び上がって驚いた亘が振り返ると、そこには若くて可愛くて、さらに言うと金髪で青い瞳の女の子が笑顔で立っている。
身長は小柄で150cmもないだろう。ほっそりとした体に、見たことがないデザインの、軍人か警察官のような制服を着て、長い髪の毛はポニーテールにしている。
紛れもない外人の美少女だ。
一見すると自分より年下に見えるが、外国人の年齢はよく分からない。
「な、何?」
日頃は滅多に女子と会話どころか挨拶もしない亘が、思わず及び腰になりつつそう聞く。
「あなたは地球人を代表して選ばれました!!」
そんな彼に、満面の笑みを浮かべた彼女がそう言う。
今更だが、驚くほど流暢な日本語だ。
「え、選ばれた? 何に?」
「ヒーローですよ、地球を救うヒーローに選ばれたのです!!」
「…………。」
「どうしました? 嬉しすぎて声も出ませんか?」
「い、いや……そんな事より、ここどこ?」
とりあえず、自分が置かれた状況を確認したかったので、そう質問をしてみる。
「ここですか? ここは、現地人が言うところのUFOですね」
「ゆ~えふ~お~」
胡散臭いどころの話ではない。
しかし、改めて周囲を見直すと、確かにものすごいSF感がある。
外の様子を映しているモニターに近付いてそっと触れてみると、妙に柔らかいくせに質感がある。
「セットじゃない」
「当たり前じゃないですか。あと、下手な所に触らないで下さいね。地表に激突したりしたら大惨事になりますよ」
笑顔のまま怖い事を言う。
「で、俺が何に選ばれたって?」
「地球の平和を守るヒーローにです」
ウィンクをしてペロッと舌を出しつつ、金髪美少女がそう言った。
恐ろしくあざといが、可愛いから何も言えない。
「選ばれたって……さっき『ちょうどお手頃なのが』って言ってなかった?」
正確には、それは頭の中に響いた声だが。
「言ってませんよ」
「い、いや、でも頭の中に……」
「言ってません」
そう言いつつ、ズイッと笑顔のまま顔を寄せてくるが、女の子の目は笑っていない。
「そ、そう……そうだね」
可愛い女の子、それも金髪ポニーテールに迫られて、それ以上言い返せなくなる。
「フッフッフッフッ」
すると、そこにもう一人、今度は身長の高い男性が近付いて来た。
いや、正確には男性と思われると言うべきか。
どうやら最初からこの宇宙船のブリッジ(らしき部屋)にいたらしいが、隅の方の暗がりでジッとしていたようだ。
渋くて低い声で笑いつつ、ゆっくりと近付いて来る。
「うわぁあああああ!!」
その姿を見た亘が、今度は驚いて腰を抜かした。
その男性は、身長が2メートル以上あり、皮膚は粘液のようにぬめり、頭から角のような突起が何本も生えている、『エイ〇アン』と『プ〇デター』を足して二で割ったような、どこからどう見ても凶悪宇宙人だったからだ。
人類の天敵のような外見の宇宙人は、あまりに体型と言うか体格が違うため気がつかなかったが、よく見ると、金髪ポニーテールの女の子と同じ制服を着ていた。
「ようこそ、地球の少年よ。私の名前はデスラー、宇宙警察辺境警備隊、太陽系担当の保安官だ。あと、その子は助手で名前はマゼラという」
見た目はアレだが、とても綺麗な発音の日本語で、デスラーと名乗った宇宙人が挨拶をした。
そして、
「少年よ、地球は狙われている」
「それって……あなたにですか?」
「違う」
フシュルルルルと鼻らしき場所から息を吐きつつ、デスラー保安官がそう言った。
「我々は宇宙の治安を守る宇宙警察だ」
「…………」
「何だね、その目は? 私の外見が怖いかね? 私に言わせれば、よくもそんな貧弱な身体で惑星の大気中を歩けるものだと感心するがね」
「彼女は?」
亘がそう言いつつ、デスラー保安官の側に立っている、金髪ポニーテールの女の子を指さす。
「マゼラは保安官助手だからね。ああ見えて頑丈だよ」
そう言われて、マゼラと呼ばれた女の子が肩を竦めながら、テヘッと照れたように笑う。
もしかして彼女はサイボーグかアンドロイドなのか? と考えたが、とても聞けるような雰囲気ではない。
「先ほども言ったが、我々はこの文明レベルの低い原住生物がウジャウジャと生息する惑星を、犯罪から守るために派遣されて来た。しかし、どうにも人手が足りなくてね。是非、君に手伝ってもらいたいのだよ」
そう言うと、デスラー保安官がギロッと白目のない目で亘を睨んだ。
「そこで最初の質問だが、君は、ヒーローは嫌いかい?」
彼がゆっくりとそう問いかけてくる。
い、いや、嫌いじゃないけど、むしろずっと憧れていたぐらいだし。でも、今のこの状況で即答できるほど、彼は能天気ではなかった。




