第26話 BGMはエアロスミスで
「なるほど……それで我々の宇宙船を使わせろというわけだな?」
アジトのリビングで亘の説明を聞いたスシローがそう言った。
マゼラは亘の後ろに、ドクターとシャリはスシローの後ろに座っている。
「はい、急がなければ、東京湾にゴミが不法投棄され、津波と衝撃波で大きな被害が出ます」
この台詞だけ聞いたら、ギャグにしか思えない。
「秒速100km、100tもある圧縮されたゴミの塊。確かに、この惑星のテクノロジーレベルでは迎撃不能ですね」
ドクターが腕を組んで考え込みながらそう言う。
「で、今そのゴミはどこまで近づいているのだ?」
スシローがそう言うと、マゼラがリビングにあるテレビの電源を入れた。
「ああっ、電気代が……」
と、小声でつぶやく声が聞こえたが、無視をして、その画面に最新の状況を映す。
「あと2時間30分で、大気圏に突入します」
「まさか、こんなことになっていたとは……」
どうやらこのアジトでは、電気代を節約するために、最近はテレビを観ていなかったようだ。
「どうかお願いです。今だけでいいので、力を貸してください」
そう言って亘が深々と頭を下げる。
「…………」
それを見て宇宙犯罪組織側は、3人で相談を始めた。
「ここで断られたら……」
そうなる可能性について、亘とマゼラは事前に話し合っていた。
もし断られたら、彼らの宇宙船を力ずくで奪うしかない。
そして、その時は真っ先に戦闘用アンドロイドを破壊する必要がある。
3分ほど話し合って、スシローが亘に向き直った。
「いいだろう、協力しよう」
「ほ、本当ですか?!」
「ああ、この星は我々の仕事場でもあるからな」
その仕事内容には問題があったが。
「ありがとうございます!!」
「しかし、一つ条件がある」
これも予想済みだった。
もし受けるにしても、彼らは何か条件を出してくるだろう。
そして、それがあまりにも無茶ぶりだった場合も、強硬手段に移らなければならない。
「今月分の、このアジトの家賃と光熱費を立て替えてくれ」
「……えっ?」
「このままでは、電気・ガス・水道を止められるんだ」
それを聞いて亘が後ろに座っているマゼラに振り返った。
「どう?」
「それぐらいなら、経費でなんとでもなります」
その回答を聞いて、スシローに顔を向ける。
「分かりました」
「よし、交渉成立だ」
でもあなたたち、アジトの場所がばれても、ここに住み続ける気なの? と思ったが、今は言わないでおく。
亘とスシローが握手をする。
こうして、地球を救う段取りが決まった。
5月6日 2300
亘が助手席に座ると、運転席に戦闘用アンドロイドのシャリが乗り込んだ。
「これって……宇宙船なの?」
そこはアジトの駐車場で、世界のト〇タのミニバンが停められていた。
「すごいなトヨ〇は、いつの間に宇宙船なんか作っていたんだ?」
亘がそう言うと、シャリが
「そんなわけないだろう、あとシートベルトを締めて」
と、言ってきた。
「あ~っ、はいはい」
そう返事をして、三点式シートベルトをカチッと締める。
「見た目は、この惑星の車両だが、それはカモフラージュで、れっきとした宇宙船だ」
「へぇ~」
そう返事をしつつ、そういえば宇宙警察のUFOも、いつも透明な状態で、姿を見たことがなかったと思い出す。
「亘さん、気を付けてくださいね」
窓の外でマゼラが心配そうな表情でそう言ってくる。
「分かっているけど、どう気を付けたらいいかサッパリ分からない」
亘がそう答えたとき、シャリが宇宙船のエンジンをかけた。
そしてゆっくりと駐車場から出ていくが、よく見ると車体が少し浮いていて、タイヤが回っていない。
「おおっ、すごい」
さらに、車道に出ると、そこから真っすぐ上に上昇していく。
さすがは宇宙船と言うべきだろう、その速度が異様に速い。
あっという間に町の夜景が足元に小さくなっていったかと思うと、ミニバンが雲の中に突っ込み、何も見えなくなった。
宇宙警察のUFOもそうだが、まったくGを感じないため、いまいちリアリティーに欠ける。
そして雲を抜けると――
「おぉおおお」
足元は雲の海、そして頭上は満天の星空、なにより三日月が明るく輝いていた。
『亘さん、亘さん』
感動に浸っている彼の頭に、マゼラの思念波が届いた。
『ああっ、はいはい』
『不法投棄ゴミが月軌道を通過しました』
『えっ、マジ?!』
地球から月までの距離は約38万km。そして、不法投棄ゴミは時速約36万kmで東京湾に向かっている。
フロントガラス越しに月を見上げるが、見えない。
亘はヘルメットを被ると、視覚強化能力を使った。
10倍、100倍と少しずつ拡大していくと――
「いた!!」
重さ100tの不法投棄ゴミが見えた。
「あれか……」
どうやら戦闘用アンドロイドにも同じような機能があるらしく、彼も月の方向に目を凝らしている。
駐車場を出てから3分もしないうちに、亘たちは大気圏を突破し、さらに加速を続けつつ、大きく弧を描くように宇宙を飛行していった。
直接、不法投棄ゴミに向かっても、乗り移ることはできない。
大きく回り込みつつ加速を続け、背後から追いつかなければならないのだ。
どんどん地球が小さくなってゆき、月軌道を利用して重力ターンをすると、今度は不法投棄ゴミを背後から追いかける。
すると、今度は地球が正面に見えるようになった。
その間も亘は、不法投棄ゴミを見失わないように睨み続けている。
どうでも良いことだが、今はサングラスもマスクもつけていない。
そして、ついに不法投棄ゴミを正面に捉えた。
あとは追いつくのみだ。
秒速100kmの不法投棄ゴミに追いつくため、ミニバン宇宙船はそれ以上の速度を出している。
そのため、地球がどんどん近づいてくるのが分かった。
そうこうするうちに、倍率を上げなくても肉眼で不法投棄ゴミが見えるようになる。
「こうして見ると、鉄球にしか見えないな」
綺麗な球状をしており、その表面はツルツルだ。
「乗り移る準備を」
「了解」
亘がそう言うと、助手席のドアを開ける。
ここはスペーススーツを装着していない状態なら、人間は生きていけない場所だ。
シャリがハンドルを回し、さらにアクセルとブレーキを微妙に操作して、不法投棄ゴミへ近づいていく。
宇宙では空気がないため、球状の不法投棄ゴミがはっきりと見えて、まるでCGのようだった。
あと10mまで近づいたとき、亘が運転席のシャリの方に向き直り、
「ここまでで十分です。ありがとうございました」
と礼を言った。
このままではミニバン宇宙船の減速が間に合わなくなり、地球の大気圏に突っ込んでしまいそうだ。
「西條 亘……幸運を祈る」
戦闘用アンドロイドにそう言われ、亘は力強く頷くと、飛び出した。
不法投棄ゴミは、直径3mの大きさの鉄球のような外見をしていた。
それに飛び移ろうとしたまでは良いが、捕まるところがないため、慎重に近づく。
「思ったより小さいな……」
これぐらいなら、スペースビームで蒸発させることができそうな気がするが、止めておく。
下手にビームを照射しても、表面の一部が蒸発し、軌道が変わって落下位置が変わるだけだ。
手を伸ばすと、不法投棄ゴミの表面に触れた。
その状態で片膝をつき、両手を左右に広げた後、頭上に挙げて胸の前に下ろし、指でハートを作る。
「スペースビーム!!」
よく考えたら、これを使うのは初めてだ。
ビームの焦点を、不法投棄ゴミの表面の一点に集中して当たると、その部分が溶け出す。
蒸発した超圧縮ゴミが蒸気となり、手元が見えなくなる。
それでも穴を少しずつ大きく、さらに深く溶かしていく。
『亘さん、地上でもそのゴミの落下地点が計算できたらしく、騒ぎ始めています』
マゼラの声が頭に響く。
今頃、東京湾周辺の自治体ではサイレンが鳴り響き、海岸から離れ高台に避難をするように緊急放送が行われているはずだ。
当然、テレビやラジオでも、ヘルメットを被ったアナウンサーが、避難を呼びかけていることだろう。
『大丈夫、絶対に俺が阻止する』
『あと10分で地上に激突します。もし間に合わないなら逃げてください』
『そんなことできるわけないでしょ』
そう言ったとき、不法投棄ゴミの表面に直径30cm、深さ50cmの穴が開いた。
「よし、できた」
そう言ってから、マゼラフィギュアを取り出す。
『マゼラ、ユーザー登録の解除方法を教えて』
『分かりました。フィギュアに3秒間頬ずりして、デヘヘヘ可愛いなぁ~とだらしない顔で言って下さい』
「ああ~っ、せっかくのシリアス展開が台無しだぁあああああ!!」
素でそう叫ぶ亘。
『さあ、急いでください』
『わ、分かったよ。でもマゼラは嫌じゃないのか? 自分そっくりなフィギュアにそんなことをされて?』
『もちろん死ねばいいと思いますよ』
『だよねぇ~』
しかし、やらなければ、この不法投棄ゴミを破壊することができない。
亘はマゼラフィギュアに頬ずりをすると、デヘヘヘ可愛いなぁ~と笑いながら言った。
『あ~っ、なんだか寒気がします』
『それは、こんなフィギュアを作って、こんな解除方法を設定したデスラー保安官に言ってくれ』
なんにせよ、これでマゼラフィギュアのユーザー登録は解除された。
それと同時に、マゼラとの思念通話も切れる。
あとは、これを爆発させるだけだ。
振り返ると、青く美しい地球が見える。
「こんな切羽詰まった状態じゃなくて、もっとゆっくりと見たかったな」
そう言うと、マゼラフィギュアを右手に握り、穴の中に入れて、ゆっくりとひっくり返していく。
青い地球をバックに、美少女フィギュアのスカートの中を覗く、赤色全身タイツ姿のダサいヒーロー。
恐ろしくシュールな光景だ。
直後に、核爆発級の閃光が発生した。
その夜、恐怖にひきつった顔で空を見上げていた首都圏の人たちの頭上で、美しく壮大な天体ショーが開催された。
突然、閃光が瞬いたかと思うと、そこから放射状に大量の流れ星が一斉に飛び散ったのだ。
それは短い時間であったが、誰も見たことがないほど美しく、そして幻想的な光景だった。




