第22話 マゼラ対戦闘用アンドロイド
亘が飛び立ち、それを見送るマゼラがいる場所から1キロほど下流の河川敷で、地元の中学校の陸上部が練習をしていた。
ランニングパンツ、ランニングシャツ姿の男女合わせて30人ほどの生徒たちが、コーチの指示を受けてトレーニングをしている。
「ペース上げていけ、スパート、スパート!!」
彼らは普段、学校のグラウンドで練習をしているのだが、休日は時々、気分を変えるためにここへ来ていた。
「遅れないで!!」
「ナイスラン! ナイスラン!」
生徒たちも、お互いに声を出して励まし合っている。
その時、頭上から、
「ニャアアアアア!!」
という猫の鳴き真似をしている若い男の声が聞こえてきた。
驚いた生徒たちが声のする方を見上げた時、赤い人型の何かが、生徒たちのすぐそばの川に落下した。
派手な水しぶきが上がり、驚いたコーチと生徒たちが足を止める。
「な、何だ?!」
「人が落ちてきたような……」
「人だって?!」
もしそうなら、一大事だ。
ただ、この川は子供でも立てるほど水深が浅いため、そうそう溺れることはない。
「お~い!! だ、大丈夫か?!」
生徒たちを川岸から下がらせつつ、コーチがそう言った。
すると、ザバァーッと水を撒き上げつつ、それが姿を現した。
真っ赤な全身タイツの胸には大きな黄色のVの文字、白い手袋とブーツ、顔にはサングラス(マスクは落水した衝撃で外れている)。
そして白いヘルメットには猫耳をつけ、極めつけは――
「ニャ~ッ、ニャニャ、ニャ~(あ~、死ぬかと思った)」
猫の鳴き真似をする不気味な若い男。
「うわぁああああ!! 変態だ!!」
「V男だ、V男が出たぁあああ!!」
怯えて泣き叫びながら、コーチと生徒たちは逃げていった。
4月29日 1500
宇宙犯罪組織の戦闘用アンドロイド、シャリは、今日の夕飯の買い物に出ていた。
左腕にぶら下げているエコバッグには、インスタントラーメンとモヤシが目いっぱい詰め込まれている。
「あとは、スシロー様のビールか」
そう言うと、激安リカーショップへと向かう。
なにせ、宇宙犯罪組織地球アジトは活動資金が底をつきかけて大ピンチなのだ。
ボスのスシローとドクターは、当たり屋に失敗し、振り込め詐欺も失敗してしまったため、今は次の犯罪計画を立てている。
激安リカーショップは川を渡った向こう側にあるため、川沿いの堤防の上を歩いていると、少し離れた河川敷から子供たちの悲鳴が聞こえてきた。
シャリは声が聞こえてきた方に顔を向けると、アンドロイドらしく、チィーという小さなモーター音を立てつつ、視界をズームする。
そして、逃げ惑う子供たちと、川の中に立つ赤い全身タイツの不審者を確認した。
すると、彼はエコバッグをそっと足元に置き、そして人間では決して不可能な猛ダッシュで走り出す。
さらに、堤防の上からジャンプをした。
「ニャ~、ニャニャ(あ~、またやっちまった)」
亘が猫語でそう呟きつつ、ジャバジャバと水をかき分けて岸に向かって歩いていく。
河川敷で練習をしていた中学生たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ散ってしまっていた。
おそらく、すぐに通報され、警察が駆けつけてくるだろう。
それまでに、この場を離れなければならない。
そして、護岸用のコンクリートブロックをよじ登った時、目の前に大柄な男が降ってきた。
ドスンッ!!
という鈍い音がして、地面が揺れる。
「ニ、ニャッ(び、ビックリした)?!」
そう言って驚く亘の前で、ゆっくりとその男が立ち上がる。
「ニャ、ニャニャ~ッ(お、お前は)?!」
その男の顔を見て、驚いた。
半月ほど前、高級外車相手に当たり屋をしていた戦闘用アンドロイドだったからだ。
「変態発見」
「ニャ! ニャアニャア(だ、誰が変態だ)!!」
「あなたのことです」
「ニャア、ニャアニャア(お前、猫語が分かるのか)?!」
「外国産の猫以外でしたら翻訳可能です」
そう言いつつ、シャリが両手を伸ばし、亘を捕まえると、岸まで引き上げてくれた。
いきなり攻撃されるかと思って首を竦めていた亘が、少し驚く。
「ありがとう」
頭から猫耳カチューシャを外すと、怯えながら礼を言った。
「どういたしまし……!!」
そこまで口にした時、戦闘用アンドロイド、シャリが真横に吹き飛んだ。
「へ?」
驚く亘の前に、スチャッとマゼラが着地をする。
彼女が物凄い速度で走ってきて、シャリに真横から飛び蹴りを食らわせたのだ。
高級外車と正面衝突してもビクともしなかった戦闘用アンドロイドが、10メートルほど吹き飛んで倒れている。
「無事でよかったです、亘さん」
彼女は息一つ乱さず笑顔でそう言うと、すぐにシャリに襲い掛かっていく。
「えっ? えっと……ええっ?!」
巨体に似合わず素早く飛び起きた戦闘用アンドロイドと、宇宙警察保安官助手が激しいバトルを始めた。
「ええ~っ、嘘だろ……」
マゼラがシャリの腕にしがみつくと、自分より4倍近く重い相手を、体を捻って引きずり倒そうとする。
しかし、さすがはアンドロイドである。
人間と違い、関節があらゆる方向に回るため、関節技が効かない。
逆に、腕に捕まったままのマゼラを地面に叩きつけようとする。
とっさに腕を離して飛びのくが、すぐに拳が襲い掛かってきた。
「な、なんなんだ、この白熱バトルは……」
亘は呆然と二人の戦いを眺めることしかできなかった。
たまにしか見ないが、テレビでやっている格闘技の試合とは次元が違う。
どちらかというと、アニメの格闘シーンを実写版にしたような感じだ。
「それにしても……やっぱりマゼラ、つぇ~」
戦闘用アンドロイドと互角に戦っている。
ただし、彼女の攻撃では相手にダメージを与えることはできないようだった。
なるほど、戦闘用アンドロイドには勝てないと言っていたわけが分かる。
当然、ここは亘も一緒に戦って、戦闘用アンドロイドを倒すべきなのだろうが、
「これは……無理」
邪魔になるだけだし、お約束としてマゼラと戦闘用アンドロイドの両方から攻撃されそうだ。
マゼラが背後にジャンプすると、間合いを切った。
すると、シャリが右手を彼女に向けて突き出す。
その手のひらが開いて、レーザーかビームの発射口が現れる。
「おおっ、すごい、本物だ?!」
驚く亘をよそに、マゼラがどこからか分からないが折り畳み傘を取り出して、ワンタッチでそれを広げた。
可愛いクマがプリントされた傘で弾かれたビームが、亘の顔面に直撃する。
「いってぇ~!!」
そう叫んで顔を押さえて転げ回るが、本当は痛いどころか、一撃で頭部が蒸発するほどの威力である。
その証拠に、周囲に飛び散ったビームで、地面が次々と抉られていく。
「大丈夫ですか、亘さん?! よくも……許しませんよ!!」
「い、いや、マゼラが弾き返したビームに当たったんだけど……」
そう言い合う間も、シャリが撃ったビームをマゼラは傘で避け続けていた。
すると、シャリがビーム攻撃をやめ、自分の足元を見下ろすと、そこに落ちていた犬のウ〇チを拾い上げ、マゼラ目がけて投げた。
「キャーッ!!」
それまで余裕だったマゼラが、必死の形相でそれを避ける。
「危ないじゃないですか!! 何てモノを投げるんですか?!!」
さらにシャリが犬のウ〇コを持った手でマゼラに掴みかかると、
「や、止めてください、その手で触らないでぇ~!!」
と、逃げ回る。
「な、何というか、さっきまでSFアクションシーンだったのに、急に子供がふざけ合っているようにしか見えなくなった」
なんにせよ、このままではどちらかが怪我をするかもしれない。
いや、正確には、一方は壊れるかもしれないが。
ただ、亘はマゼラに怪我などしてほしくはないが、戦闘用アンドロイドが破壊されればいいとも思えなかった。
「おい、アンドロイド!!」
亘がそう声をかけると、マゼラを追い回していたシャリが足を止め、彼の方に顔を向ける。
その彼に対して亘は、猫耳カチューシャを投げてよこす。
そしてそれを頭に着けるジェスチャーをした。
それを見たシャリが、その意味を察したらしく、先ほど川に落ちた亘が着けていた猫耳カチューシャを、自分の頭に装着する。
「あ~っ、それ私のですよ。返してください!!」
マゼラが猫耳戦闘用アンドロイドの頭を指さしつつ、そう言った。
「ニャア」
低くて渋い声でそう答えると、シャリがそれを頭から外す。
「あ~っ、ウ〇コに触った手で……」
彼女がショックを受けているが、このおかげで二人の戦闘が止まった。
その時、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「どうやら時間切れのようですね」
それに気づいたマゼラとシャリの動きが止まる。
「あなた、なかなかやりますね」
「お前もな」
そう言って、同時にニヤッと笑う。
「…………」
無言でそんな二人を微妙な目で見つめる亘。
「保安官、収容してください」
マゼラがそう言うと、彼女と亘は同時にUFOへ転送された。




