第20話 ゴールデンウィーク
4月29日 1200
学生たちが待ちに待っていたゴールデンウィークがやって来た。
新学期早々、人生観が変わる、もしくは人生が終わるような大変な目にあった西條 亘も、弾道ミサイル迎撃未遂事件以降は大きなトラブルもなく、形だけは、宇宙人たちと出会う前の平穏な生活に戻っていた。
しかし油断はできない……なぜなら。
「あの、亘さん。この漫画の続きの巻はどこですか?」
亘の部屋のベッドの上に横になりながら漫画を読んでいたマゼラが、そう言ってきた。
「それ、最新刊」
「ええ~っ、続きが気になります!!」
不満そうな声を上げつつ、宇宙警察保安官助手がそのようなことを言っている。
別に、亘の両親が急に海外赴任して一人になった彼とマゼラが同棲を始めたとか、彼女がデスラー保安官と喧嘩をしてUFOから家出をし、西條家に転がり込んだ、などというお約束展開ではない。
亘の母親が彼女を昼食に招待したので、準備ができるまで時間を潰しているのだった。
この時のマゼラは、アイボリーのスウェットとブラックのショートパンツ、そして白いソックスという、完璧な地球人女子の普段着姿になっている。
トレードマークになっている金髪ポニーテールはそのままだが、白いリボンで結ばれていた。
今朝、家に訪ねてきた彼女を見た時、亘が、
「えっ?」
と、ドキッとして、
「マゼラって、こんなに可愛かったっけ?」
などと顔を真っ赤にしながら言う、お約束展開などでは、もちろんない。
なぜなら、亘が寝起きで、ちょうどパジャマを脱いでパンツ一丁というあられもない姿だった時、突然、室内に閃光とともにマゼラが転送されてきたのだ。
「おぁあああああっ!!」
驚きすぎてひっくり返った亘が、ベッドの角で股間を強打して悶絶する。
「あっ、亘さん、おはようございます」
涙と鼻水を垂らして悶え苦しんでいる亘に、いつも通りの笑顔でマゼラがそう挨拶をした。
「あれ、どうしたんですか?」
「ううっ……し、死ぬ……」
「まさか、宇宙犯罪組織にやられたんですか?! ……大変です、デスラー保安官!! 亘さんがやられました!!」
空を見上げて、彼女が思念通話で上司にそう報告する。
「えっ……分かりました。亘さんをUFOに回収してサイボーグ手術をするわけですね!!」
「するなぁ!!」
股間を両手で押さえつつ、亘がそう叫ぶ。
「あ、亘さん、良かった、生きていたんですね?」
「最初から死んでないだろ!!」
「じゃあ、そんな格好で、そんな所を押さえて……あっ、すいません。亘さんも年頃の男の子でしたね」
マゼラがそう言って、ティッシュの箱とゴミ箱をそっと差し出してくる。
「やめろ、そんな恥ずかしい勘違いをするな!! 転んでベッドでぶつけただけだ!! って、なんで宇宙人がそんな思春期の男の子雑学を知っているんだよ?!」
「そんなの、宇宙の常識ですよ」
「そ、そうなの?」
そう言った時、大きな物音と亘の叫び声に驚いた両親が2階に上がってきて、ノックもなしにドアを開けた。
「どうしたの、亘? 大きな声を出して?」
「転んでキン〇マでもぶつけたのか?!」
そして、そう言いつつ二人揃って固まった。
可愛い私服姿のマゼラと、その前で半裸の状態で息子が自分の息子(両親から見ると孫?)を押さえて涙を流し、前かがみになっている。
「…………」
二人は無言のままお互いの顔を見合わせると、頷き合って、そのままそっとドアを閉めた。
「ま、待って、せめて説明させて!!」
結局、両親には、マゼラが家に来たけど誰も気づかなかったので自分で2階に上がってきて、そこで着替え中の亘が驚いて転んだ、と説明をして事なきを得た。
そして、現在に至る。
ベッドの上を彼女に占領されているので、亘は床の上に座ってスマホを弄っている。
「そう言えば……」
せっかくの機会なので、亘がずっと気になっていたことを質問することにした。
「なんですか?」
「デスラー保安官やマゼラって、いつまで地球にいるんだ? 赴任期間とかあるんじゃないのか?」
そう言われ、彼女が最初のページから読み返していた漫画本から顔を上げる。
「私たちは今年赴任したばかりなんですけど、前任者は、日本の元号が大正から昭和に変わる時に地球に来たと言っていましたね」
「ひ、百年前!!」
「そうですね。だいたいそれぐらいは基準だと思います」
「……さすが宇宙はスケールが大きいな。ってことは、宇宙人の寿命はどうなっているんだよ?!」
「まあ、定期的に内臓や骨格や肌を交換したり、脳細胞の活性化処置をしますから、人それぞれですね」
つまり、その気になれば数百年ぐらい軽く生きられるということか?
まあ、そうでもなければアンドロメダ星雲と銀河系を往復などできないだろうけど。
「言っておくけど、俺、そんなに長生きできないよ。あのスーツ、どうするの?」
スペーススーツには亘の生体データがユーザー登録されているため、他の人間は使えなくなっている。
もちろん、着るだけなら体格が似ていれば可能だが。
「亘さんが死ねば、自動でユーザー登録は消えますし、あと、身体能力が低下して、スーツの使用推奨能力を下回った場合もそうなります」
「つまり、俺が大怪我をしたり、歳を取って体がヨボヨボになったら、ユーザー登録が解消されるということか?」
「はい、そうなります」
それは言い方を変えれば、死ぬか、死ぬような大怪我をするか、老化して体が思うように動かなくなるまで、あのスーツを着続けなければならないということになる。
「なんてこった」
その時、
「亘、マゼラちゃん、ご飯の準備ができたわよぉ~!!」
1階から母親の声が聞こえてきた。
西條家で昼食をとった後、亘とマゼラは一緒に出掛けていた。
「亘さん、どこに行くんですか?」
「ちょっと、前から考えていたことがあったんだよ」
この日、彼は、働く人の味方、プロに選ばれる品ぞろえで有名な、ワァーキングマンに来ていた。
もちろん、普通の高校生活を送ることを断念したわけでも、学園生活に嫌気がさして職人になろうとしているわけでもない。
あの超ダサスーツが問題なのは、見た目だけだ。
外見がまともなら、単身で大気圏を突破し、巨大隕石を破壊することだってできるスーパーマンスーツなのだ。
ん? それって警察の仕事なのか? と疑問を感じたが、今は考えないようにする。
つまり、見た目だけ何とかすれば、本物の地球を救えるヒーローになれるのだ。
「というわけで、スペーススーツの上に、さらに服を着て隠すことにした」
亘がそう言うと、彼に買い物に付き合わされていたマゼラが、ええ~っ、と不満そうな表情になった。
店はちょっと若者向きではないが、高校生(一人は正確には違うが)の二人が私服姿で服を選ぶなど、知らない人が見たらデートにしか見えないだろう。
ただし、平凡モブ男子の亘と、金髪美少女のマゼラでは、釣り合いが取れているとは、とても言い難かったが。
「もしかして、あのスーツの上に何か着たら機能が阻害されるとか?」
「別にそのようなことはありませんけど、作業着姿のヒーローってどうなんですか?」
「変態と間違われる格好より、はるかにましだろ」
この街では、赤い全身タイツにVの文字、白い手袋とブーツ、白ヘルメットにサングラスと白マスクの人間は、無条件で変態ということで確定している。
おそらくビルの屋上から落下した女の子や車に跳ねられそうになっている子供を颯爽と助けても、感謝されるどころか悲鳴を上げられ、即、警察に通報されるだろう。
現に、最近は噂の“V男”を撮影してネットに上げてバズる目的で、スマホを持った連中が町中の至る所に出没し、それはそれで迷惑だと話題になっている。
まあ、自撮り棒で自分を撮影しつつ独り言を言いながらウロウロする人間が、何人も閑静な住宅街にいたら、住民としては怖いだろう。
「やっぱり作業用のつなぎが良いかな」
それなら安い物なら3千円ぐらいで買える。
「一番の問題は、サングラスとマスクだと思いますけど」
確かに、あれがなければ、あのダサいスーツも実はパーティーグッズでしたと言って誤魔化せそうだ。
しかし、
「顔がバレたら、もうこの街では生きていけない」
「まあ、亘さんは仕方がないとして、お父さんとお母さんに迷惑がかかるのは、ちょっと良心が痛みますね」
「お願いだから、俺にも少しはその優しさや労りの気持ちを持って」
「ヒーローとは孤独なものです」
「俺が孤独になったのは、ヒーローだからじゃないけどね」
なにせ、これまで何度もスペーススーツを装着しているが、ただの一度も犯罪者を捕まえたり、人助けをしたことがない。
ひたすら変態としての認知度が上がっているだけだ。
「よし、これにしよう」
そう言うと、黒色の作業用つなぎを購入した。
レジでお金を払うと、
「どこかで一度試したいから、スーツを転送してもらわないと」
と言いつつ、店の外に出る。
すると、店の前の道路を賑やかな爆音を上げつつ、3台の原付が走ってきた。
いかにもヤンチャそうな雰囲気で、乗っているのもヤンキーっぽい若者たちだった。
その顔を見て、亘がゲッ! という表情になった。
そして、相手も亘に気づく……いや、正確には目立つマゼラに目を向けたら、その隣に亘がいたと言うべきだろうか。
「亘さん、お知り合いですか?」
「中学の時の同級生たちだよ」
その表情を見るかぎり、あまり良い印象は持っていないようだ。
そして、その男たちは駐車場に入ってくると、原付のスタンドを立ててエンジンを止め、だるそうに降りてきた。
そして、改めて金髪美少女のマゼラを見てニヤッと笑い、その隣に立っている亘に声をかけてくる。
「久しぶりだな、西條」
「マジかよ?!」
「何で、そんな可愛い外人の女と一緒にいるんだよ?!」
「うわ、最悪だ」
3人のヤンキーたちと対峙する亘と、普段通りの笑顔のマゼラ。




