第16話 変態の神髄ここに極まれり
「ぐぁああああ!! あ、あった!!」
亘がマスクの上から鼻を押さえて悶え苦しむ。
「見付けたんですね?!」
マゼラがそう言いつつ、再び遠隔操作でフィギュアの臭いを消した。
「あ、ああ、こっちだ!!」
悪臭も限度を超えると激痛に代わる。
涙と鼻水を垂らしつつ嗅覚千倍の機能を停止した亘が、肩で息をしつつ、市民ホールの方を指さす。
すると、苦しそうに鳴きながらカラスが飛び回っていた。
「あいつだ、フィギュア泥棒は!!」
そう言って走り出すと、マゼラも後を追いかけて来る。
「亘さん、私のフィギュアを取り返したら、自爆装置を解除してください」
「分かった。で? どうすれば良いんだ?」
「フィギュアのスカートの中に指を入れて、キャッホー!! と言えば解除されます!!」
「・・・・・・・何だって?」
「ですからスカートの中に指を入れて、キャッホー!!です」
「何をどう考えたら、そんな解除方法を思いつくんだよ?!!」
「誤操作を防止するためです!!」
確かに、手首を回したり頭を押さえるぐらいなら、何かの拍子に間違って操作してしまう可能性がある。
「くそっ!!」
迷っている暇はない。
市民ホールの周囲には、部外者が入場できないように簡易フェンスが並べられていた。
亘はそれを軽々と飛び越える。
驚いたことに、マゼラもスペーススーツを着た彼の背後にピタリと張り付いて、引き離されない。
亘が察知したマゼラフィギュアの位置は、市民ホールの外でコスプレイヤー達の撮影会が行われているエリアだった。
そして――
「な、な、な、南條さん?!!」
そこには、探し求めていたフィギュアを左手に持ち、右手で鼻をつまんでいる南條 由利亜がいた。
「おい、あいつ?!」
「最近話題になっている赤い全身タイツの変質者じゃないか!!」
「もう、コスプレしている奴がいるのかよ?!」
周囲にいる人達がスペーススーツ姿の亘に気付いて騒ぎ出す。
しかし、そのほとんどは、本物ではなくコスプレだと思っているようだ。
取り囲まれる前に、マゼラフィギュアを手に入れなければならないが、それを持っている人物を見て、亘の足が止まりそうになる。
「止まらないで、今しかチャンスはありませんよ!!」
すぐ後ろからマゼラにそう言われ、我に返る。
そうだ。もし南條 由利亜がマゼラフィギュアのスカートの中を覗いたりしたら……いや、彼女がそんな事するか?……でも、万が一にもそのような事をしたら。
彼女は間違いなく、この世からいなくなる。
俺のせいで、俺があのフィギュアを落として、カラスなんかに取られたりしたから。
それだけは絶対に避けなければならない!!
自分に向かって突進してくるスペーススーツ姿の亘に気付いて、南條 由利亜の表情が引きつった。
「キャーッ!! 変態!!」
とても謝ったり、優しい言葉などかけられる状況ではなかった。
そして、そんな彼女に急ブレーキをかけながら、亘が飛び掛かる。
二人は抱き着くようにして、地面の上に倒れた。
「だ、誰か助けて!! 変態!! 変質者!!」
悲鳴を上げて暴れる彼女の手からマゼラフィギュアを取り返し、それを右手で掲げると、亘が、
「キャッホー!!」
と叫びながら、スカートの中に左手の人差し指を突っ込んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
その瞬間、周囲から音が消えた。
彼に押し倒されていた南條 由利亜も、目を点にして固まっている。
「やった、成功だ!!」
そのような中、亘だけが右手でマゼラフィギュアを握りしめて喜んでいた。
そして、周囲がまるで時間が止まったかのように静まり返っている事に気付く。
「あれ?」
背後を振り返るが、さっきまですぐ後ろをついて来ていたマゼラの姿はどこにも見当たらない。
そして、自分の下を見ると、顔を真っ赤にして口をパクパクとさせている南條 由利亜がいた。
「ちょっと、そこのレイヤーさんに触れるのは禁止ですよ!!」
会場整備をしていたスタッフ達が慌てて駆け寄って来る。
そして、可愛い女の子を押し倒している、赤い全身タイツの男を見て驚いた。
「あんな格好のコスプレイヤー、いたっけ?」
そう言うと、一人が図板に挟んだ名簿をめくって確認をし始めた。
このコミックマーケット会場でコスプレをする場合は、参加申請をする際に、どのようなコスプレをするか申請し、許可を得る必要があった。
あまりに過激であったり、不適切な物はそこで弾かれるのだ。
しかし、その申請の中に、世間を騒がせている変質者など無かった。
そもそも、そのようなコスプレなど認められるはずがない。
「あんた、どこから入って来たんだ!!」
もちろん申請どころか、そもそもコスプレですらない亘は、完全にアウトだ。
「キャーッ、変態!! 痴漢!! 助けてぇ~!!」
我に返った南條 由利亜がそう叫ぶと、止まっていた時間が一斉に動き出した。
「こいつ、ふざけやがって!!」
「痴漢よ、警察を呼んで!!」
「コスプレじゃなくて本物の変質者だ!!」
一斉に罵声を浴びせられ、スタッフが亘を捕まえるために周囲を取り囲んだ。
『亘さん、亘さん』
どうすれば良いか分からず固まっている亘の頭に、マゼラの声が響いて来た。
思念通話だ。
『お、お前どこに?』
『一時的にUFOに転送します。一瞬で良いので、人のいないところに逃げてください』
そう言われ、周囲を見回した。
どっちを向いても大勢の人がいる。
逃げるとすれば――。
そして上を見上げると、まずは馬乗りになっていた南條 由利亜の上から、そっと離れた。
「ごめん」
と小さい声で謝ると、ジャンプをした。
「オオーッ!!」
周囲にいた人達が全員驚く。
それはそうだろう。赤い全身タイツの変質者は、10m以上ジャンプすると、市民ホールの屋根の上へ逃げて行ったのだ。
「な、何だ今の?!」
「ワイヤーアクションか!!」
亘が市民ホールの屋根の上に着地をした瞬間、視界が切り替わった。
おなじみのUFOのブリッジだ。
「いやぁ~、危なかったね」
凶悪宇宙人にしか見えないデスラー保安官がそう言った。
その隣には、ジャージ姿のマゼラが立っている。
「すいません、亘さん。私は先に転送回収されていたんです」
そのため、途中から彼女は消えていたのだ。
「それにしても素晴らしいね、亘君」
疲れ果て、床の上に座り込んだ彼に、デスラー保安官がそう言った。
「何がだよ?」
「もうそのスーツの能力を完全に使いこなしているじゃないか」
「本来の目的では一度も使ってないけどね!!」
4月15日 1700
変質者騒ぎの後、警察が駆けつけて一時的にコミックマーケット会場が騒然となり、屋外でのイベントが中止されたが、イベント自体は何とか継続され、無事に終了した。
そして、南條 由利亜は幸いな事に怪我もしていなかったことから、現地で警察に事情を聞かれただけで解放された。
「ハァ~、なんで私ばかり」
これであの謎の変質者と遭遇したのは3度目だ。
1回目と2回目は偶然だと思っていたが、今日は明らかに自分に向かって抱き着いて来た。
そのあと、彼女が拾った美少女フィギュアを振りかざして、スカートの中に指を突っ込んで奇声を発していたが。
「そう言えば、あのフィギュアって……マゼラさんに似ていたような気がする」
似ているような気がするも何も、本人そっくりなのだが。
「あと、あの変質者の声……」
何となくだが、クラスメイトの西條 亘に似ていたような気がした。
もっとも、こちらに関しては同一人物だとは思っていない。
あの目立たない、匂わない、超モブキャラの彼が、あのような格好をして、さらに市民ホールの屋根の上までジャンプできるはずがない。
「一体何者なんだろう」
そして、何故自分が付きまとわれるのか?
胸の辺りがモヤモヤする。
とりあえず、家に帰って今日買った同人誌をゆっくり鑑賞しつつ、考えようと思った。
「こ、これは……」
宇宙犯罪組織の地球アジトで、ボスであるスシローが驚いていた。
彼は、情報収集用に手に入れていた地球製スマホを見ていたのだが、動画の投稿サイトにスペーススーツを着た男が映っていたのだ。
「宇宙警察用の特殊装備、スペーススーツじゃないか?」
「どうされました?」
そこにドクターと戦闘用アンドロイド、シャリが近付いて来る。
「この街で、宇宙警察が活動をしている」
「それは本当ですか?」
ドクターがそう言うと、スシローがスマホの画面を見せる。
「スペーススーツか……こいつは厄介ですね」
いくら戦闘用アンドロイドと言っても、シャリ1体だけでは太刀打ちできない。
「ドクター、その特殊スーツは、先日の交通事故にもいました」
そのシャリがそう言った。
「何だと?!」
あの時は、当たり屋に失敗をし、逃げるのに必死だったのだが、さすがはアンドロイドである。
冷静に周囲の情報を集めていたようだ。
「まずいな……」
「確かに、今の我々では宇宙警察のスペーススーツには太刀打ちできません」
「かといって、そろそろ活動資金が底をつきかけているし……」
「表立った活動は、しばらく控えるべきでしょう」
こうして、宇宙犯罪組織は犯罪の手段を変更することにしたのだった。




