第13話 マゼラとトレーニング
亘は自分の部屋のベットの上で学生服姿のまま横になっていた。
そして、警察官が帰る前に返してくれたマゼラフィギュアを見つめつつ、天井を見上げている。
そして思念通話をした。
『マゼラ、ちょっといいか?』
『珍しいですね、亘さんから通話してくるなんて』
『白々しい。コンビニの駐車場の防犯カメラ映像に何かしただろ?』
『もちろんですよ。元々は亘さんのスペーススーツ姿がバッチリ映っていたんで、カメラの故障に見せかけてデータを削除していたんですけど』
『今度は、偽の動画を作って、それを警察に見せたわけだ』
『大正解です。この程度、私達の技術をもってすれば簡単ですから』
『それなら、コンビニ店内の防犯カメラのデータも消していてくれたら、こんな事にはならなかったんだけど』
『アハハハ、そうですね』
『アハハじゃねぇ』
こうして、西條 亘は17歳にして、人生を詰まずに済んだのだった。
西條家が警察の家宅捜索を受けるという大事件の翌日。
日々やつれていく西條 亘が、足を引きずるように登校して来た。
このままいけば、明日は杖をつくか、車椅子に乗っているかもしれない。
「やばい、このままだと一度もヒーローらしいことをしないまま、死ぬかもしれない」
おそらく人類史上初めて、警察に家宅捜索をされたヒーローだろう。
教室に入ろうとした瞬間、亘の足が止まった。
教室の中央の席に、南條 由利亜が座っていたからだ。
「良かった……」
勘違いとはいえ、自分のせいで彼女が心に深い傷を負ったと思っていたため、思いのほか早く立ち直ってくれてホッとする。
そのためだろうか、普段なら絶対に自分から近付いたりはしないのだが、この時はフラフラと由利亜に歩み寄って行った。
「あっ、西條君、おはよう」
すると、彼に気付いた南條 由利亜から挨拶をしてくる。
「う、うん、おはよう」
大丈夫? と聞きたいが、どの面下げてお前がそのような事を言えるのか、とも思ってしまう。
「き、き、き……」
「き?」
「昨日は……ど、どうしたの?」
手足が震え、全身から汗が噴き出す。
もし、変質者に付きまとわれて怖くて家から出られなかった、などと言われたら……。
あのクソダサいスペーススーツを転送してもらって、太陽に向かって飛んで行こう、などと真剣に考えてしまった。
「昨日はちょっとお腹が痛くて」
南條 由利亜が少し恥ずかしそうにそう答えた。
彼女に限って、食べ過ぎとか、冷たい物を取り過ぎたなどという事はないだろう。
ストレスで胃が痛かったとか?
そのような事を考えていると、側にいた女子が、
「西條君、女子にそれ以上言わせるのはマナー違反よ」
と、注意をしてきた。
どうやら、かなりデリケートな事らしい。
そして、それと同時に亘もなんとなく理解した。
「ごめん、昨日、皆が、あ、あの交通事故現場での事を言っていたから、ショックが大きかったのかと思って」
「確かにビックリしたよね」
明るく笑いながら彼女がそう答える。
どうやら、驚きはしたが、それによって心に傷を負うような事はなかったようだ。
「そう言えば、西條君、途中からいなくなったけど、どこに行ってたの?」
まさか、あの赤い全身タイツの変質者は俺です、などと言えるわけがない。
「えっと、ちょっと急用があったから……ごめんね、まさかあんな変質者が現れるとは思わなかったから」
心の中で血の涙を流しつつ、そう答える。
「そっか、そうだよね」
とりあえず、話題を自分の事から逸らさなければ。
「あの赤い恰好の男のことは?」
正直言って、この話題を出すのはかなり危険だったが、聞かずにはいられなかった。
なにせ、明るく優しい南條 由利亜が、あれほど怒っていたのだから。
「あの人ね……」
そう言うと、少し考え込み、
「確かに、ちょっと怖かったし、なにより、あんなふざけた格好で事故現場に来るなんて、不謹慎だと思ったよ」
どうやら、彼女はスペーススーツ姿の亘を、ネット配信するために、他人の迷惑を考えない目立ちたがり屋だと考えていたようだ。
「でもね」
そう言うと、彼女の表情が穏やかになる。
「でも、私はこう思ったの。こんな事でしか自分を表現できないなんて、可哀想な人だなって」
「か、可哀想?」
「そう。だから今度どこかで会ったら、厳しい事を言ってごめんなさいって謝ろうと思って」
ああ、優しいなぁ……でも、なぜだろう、涙が溢れそうだ。
4月15日 0800
亘が宇宙警察からスペーススーツを託されて初めての週末。
今となっては、平穏なのは夢の中だけとばかりに、亘は布団の中で幸せそうな寝息を立てていた。
時々、目を覚ますが、
「今日は昼まで寝る……」
と、再び目を閉じる。
そんなささやかな幸せは、突然終わりを迎えた。
タンタンタンと、軽快な足音が2階に上がって来ると、そのままの勢いで、
バタンッ!!
とドアが開く。
「おはようございます、亘さん!!」
そして、その聞き慣れた元気な声に、亘が飛び起きた。
「う、うわぁっ!!! な、何で、マゼラがここに?!」
宇宙警察の制服でも学校のブレザーでもなく、ジャージ姿の彼女が部屋の中に入って来る。
「もちろん、トレーニングをするためですよ」
「……そう。頑張ってね」
そう言うと、亘が布団を頭から被って横になる。
「何を言っているのですか。トレーニングをするのは亘さんですよ!!」
「絶対に嫌だ」
「スペーススーツがどれほど高性能でも、それを使う亘さんが貧弱では、お話になりません」
「今日は休みだぞ!! 休日ぐらい休ませろよ!!」
主に肉体よりも精神が疲弊をしている。
布団の中で丸くなり、徹底抗戦の構えを見せる亘。
「そんな事で地球の平和が守れると思っているのですか?」
「言っておくけど、俺は町内の治安を乱す事以外、何もしていないからな!!」
その時、一階から亘の母親の声が聞こえて来た。
「亘~っ、早く起きなさい。あと、マゼラちゃんも朝ごはん食べていくでしょう?」
「はぁ~い、いただきまぁ~す!」
そう返事をするマゼラ。
「へっ?」
驚いた亘が布団から頭を出すと、
マゼラがニッコリと笑って、
「とても優しくて良いお母様ですね」
と言った。
亘の母親は、一昨日の警察による家宅捜索で、かなり精神的ダメージを受けていたが、無事に立ち直ったようでなによりだ。
亘がパジャマを脱いでジャージに着替えると、1階へと降りて行った。
すると、食卓では父親が新聞を読みながらマゼラと談笑している。
「いやぁ、マゼラちゃんは礼儀正しいし、本当にいい子だね」
「ありがとうございます!」
そして、食卓の上に彼女の分の朝食を並べつつ、
「ごめんなさいね、こんな可愛い女の子が来てくれると知っていたら、もっとご馳走を作っていたのに」
「いいえ、私こそいきなり押し掛けてすいませんでした。わぁ~、とっても美味しそうです」
ニコニコと笑いながら、明るくそう答えるマゼラ。
こ、こいつ、とんでもなく外面は良いよな……。
確かに金髪美少女が、流暢な日本語で明るく受け答えをするのだから、それだけで新婚旅行以外で海外旅行経験皆無の亘の両親からすれば、この子はとても良い子、という事になる。
亘が椅子を引いて食卓に着くと、マゼラが彼の前にご飯やお茶を並べてくれた。
「マゼラちゃんみたいな可愛い子なら、いつでも大歓迎よね」
「ああっ、まったくだ」
駄目だ、両親はこの金髪ポニテの小悪魔に篭絡されてしまった。
今更、亘が何を言っても無駄だろう。
「なあ、地球の食材を使った料理なんか食べて大丈夫なのか?」
ふと気になったので、小声で隣に座るマゼラにそう聞くと、彼女は笑顔のまま納豆を箸でかき混ぜつつ、
「大丈夫ですよ。普段からよくスーパーやコンビニでお弁当とか買って食べていますし」
と、答えた。
「そうなのか」
「私、和食って大好きです」
こいつ、本当に宇宙人か?
「それより、食事が終わったらトレーニングしましょうね」
「ええ~っ、嫌だよ」
亘がそう答えると、父親が新聞を畳みつつ、
「亘、マゼラちゃんがわざわざ迎えに来てくれたんだぞ。男なら黙って付き合え」
と、いかにも厳しい男親みたいな事を言っているが、普段は母親の尻に敷かれ、とても腰が低い。
「そうよ、亘。女の子に恥をかかせたら駄目よ」
両親にそう言われ、苦虫を噛み潰したような表情になっている彼を見て、マゼラがニヤニヤと笑っている。
こ、こいつ……。
「マゼラちゃん、たくさんおかわりしてね」
「はい、ありがとうございます!!」
もしかして宇宙警察の怪しげな洗脳装置とか使ったんじゃないだろうな、コイツ。
真剣にそう疑ってしまった。




